14話「街角で見せた、あの子の素顔」
熊本城を後にした俺たちは熊本市内へ向かうことになった。
市電を降りると、通りには観光客や地元の人たちが行き交い、活気に満ちていた。軒を連ねる土産物屋からは香ばしい匂いが漂い、どこからともなく太鼓の音まで聞こえてくる。
「わぁ……にぎやか」
月猫が小さく呟いた。その声音は普段のクールな調子ではなく、どこか浮き立つような響きを帯びている。俺は思わず横目で彼女を見てしまった。目を細めて辺りを見渡す仕草が、やけに無防備だったからだ。
まず立ち寄ったのは、馬刺しコロッケの屋台。揚げたての香りに誘われて、俺たちは並んで買うことになった。
「熱っ……!」
一口かじった月猫が、目を見開いて声を上げる。
「猫舌かよ」
思わず笑ってしまうと、彼女はむっと唇を尖らせた。
「わ、笑わないで……」
頬をほんのり赤らめながらこちらを睨む姿は、学校で氷のように冷たい視線を向ける彼女と同一人物とは思えない。
もう一口コロッケを頬張った。
次に立ち寄ったのは、和菓子屋。いきなり団子を蒸かした湯気が通りに漂っていた。
「ひとつください」
月猫は迷わず注文し、包みを両手で抱え込む。
「半分こしようか?」
「べ、別に……」
そう言いつつも、彼女は団子を割って俺に差し出してきた。
「……あーん」
「いや、普通に手で受け取るから!」
慌てて受け取ると、月猫は肩を震わせて笑った。
「冗談。でも、白狼って反応わかりやすい」
「うるさい」
口にしたいきなり団子はほんのり甘くて、やけに温かく感じられた。
その後も土産物屋をひやかしながら歩く。ストラップやキーホルダーが並ぶ棚を眺めていると、月猫が小さな招き猫の根付を手に取った。
「これ、可愛い」
「買えばいいじゃん」
「……でも、一つだけだと寂しい」
そう呟くと、別の色違いを手に取って見せてきた。
「家族でお揃いにしたらどうかな」
不意の提案に、俺は少し驚いた。
「へぇ、お前にしては気が利くな」
「なにそれ。私だって……考えてるんだから」
むくれた顔をする月猫に、俺はつい笑ってしまう。結局、四色の根付を購入し、それぞれが鞄につけることになった。千鶴さんも「いい記念になるわね」と嬉しそうに微笑んでいた。
歩き疲れた頃、細い石畳の路地へ足を踏み入れる。観光客は少なく、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「ふぅ……人混みから抜けると静かだな」
「そうだね」
月猫が俺の隣に並ぶ。歩幅が合って、肩と肩がほんの少し触れ合った。
「……」
気づいた瞬間、心臓が跳ねた。だが彼女は特に気にする様子もなく、涼しい顔で石畳を見つめている。
(いや……絶対気づいてるだろ。けど、離れるのも変だし……)
自然を装いながら歩き続ける。その距離感が妙に意識され、やけに息苦しい。
やがて小さな甘味処を見つけ、休憩することになった。店先のベンチに腰を下ろし、かき氷を分け合う。
「白狼、ほら」
「またあーんかよ」
「……違うよ。ただ、スプーン多かったから」
慌てて弁解する彼女に、俺は笑いを噛み殺す。けれどほんの一瞬、彼女の瞳がこちらを覗き込むように揺れ、心臓がまた跳ね上がった。
帰り道、父さんと千鶴さんは先を歩き、自然と俺と月猫だけが取り残される形になった。
「今日は楽しかった?」
「……うん」
月猫は小さく頷いた。夕暮れのオレンジ色の光が横顔を照らし、いつもの冷たい表情がすっかり和らいでいる。
「学校の月猫とは、やっぱり別人だよな」
「……どっちも私だよ。ただ、白狼の前だと――少し甘えたくなるだけ」
恥ずかしそうに目を逸らす仕草に、思わず息を呑む。
二人の肩は、もう自然に触れ合っていた。
その温もりを確かめるように、俺は視線を前へ向ける。
街の雑踏から離れ、家族の笑い声が聞こえる。けれど胸の奥に残ったのは、月猫の小さな言葉と、肩越しの距離の近さだった。
――やっぱり、俺だけが知っている。家で、そしてこんな街角で見せる、花咲月猫の素顔を。




