表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

第八話 ノープラン

第八話    ノープラン



初夏、ここ数年は初夏と言うより夏、真っ盛りのような暑さである。


ここ撫子が運営する『てのひら』の部屋も異常な暑さになっていく。



「うげっ― 朝の九時で三十度??」 

慌ててエアコンをつける。



この日の予約は無いが、以前に『完了』としてカウンセリングを終了している杉本 健太のアフターケアとして出向くことになっていた。



「そろそろかな……」



「ごめんください」 撫子は健太の家に来た。



「はーい」 母親の明美が玄関を開けると

「お待ちしておりました~」 笑顔で迎える。



明美の表情が明るい。 なんとか落ち着いた毎日を送れているようである。


撫子は、健太の部屋には向かわずに明美から様子を聞く。


「最近の健太君の様子はいかがですか?」


「えぇ、落ち着いていますが……その、学校へは、たまにしか行かなくて……」


「わかりました。 健太君の部屋に行ってもいいですか?」 

そう言って、撫子が二階へ向かう。



『コンコン』 ノックをして健太がドアを開けるのを待つ。

これは、面談を嫌がらないかを確認する為だ。



すると、健太がドアを開けると

「こんにちは。 久しぶり」 こんな簡単な挨拶から入る。


「どうも……」 健太は軽く会釈えしゃくをする。



「部屋、入っていい?」

「どうぞ」


撫子が健太の部屋に入ると、そこは散乱した部屋になっていた。

(前に来た時は綺麗に整頓されていたのに……) 撫子は部屋を見渡し、健太を見る。


「これは?」 撫子が聞くと、

「別に……」 健太の返事は簡単なものだった。



「ここ最近の調子はどう? 学校とか行けてる?」 


「まぁ、たまに……」 何故か健太の返事は淡泊たんぱくで、素っ気なくも感じる。



(ちょっと想定してなかったな……)


撫子は、すっかり回復した健太を想像していた為、この様子には面食らってしまった。



頭の中で、突破口を探す。



(ここは、ノープランだったが……)


「健太君、服や本が散乱しているけど……」 


「うん……なんか、ヤル気なくて……」


「そっかぁ、私と掃除しない?」 

「いや、いい……」 素っ気ない返事だった。



「そう……」 撫子が気落ちしたように部屋を見渡していると

「なんで? カウンセリングは終わったじゃん」 と、健太が言う。


「そうなんだけど、アフターサービスみたいなやつよ」 撫子は笑顔を見せる。


そこから重い空気が流れる。



「健太君、なんか表情が変わったね……」

撫子が話すのだが、健太は無表情である。



(やっちまったか……)


これは、撫子のミスである。 “表情が変わった ” と、言ってしまったのがミスである。


これは悪くなったと言っているのと同義どうぎだ。

否定的に聞こえかねない言葉に撫子は反省している。



慌てて話しを変え、友人との事を聞いてみると


「それ、久坂さんにとって何の意味が……?」 健太は撫子を見る。


「う~ん……もちろん最初のカウンセリングも、ここから入ったでしょ? そこの結果を知りたくて……」 撫子は、ノープランの会話に手こずっている。



その後、健太との会話はかみ合わず、時間だけが過ぎていく。


そして、下の階へ行き明美と話す。

「すみません……なんか、イマイチな反応でした……」 撫子が息を落とすと、


「それが健太なんだと思います……元々、活発ではないんですよ……あの子」


「そ、そうなんですか?」 撫子は目をパチクリさせる。



「えぇ、昔から あんな感じなんです。 それが急に部屋を綺麗にしたり、音楽を掛けたり……前は、そんなんじゃなかったものですから……」


明美の言葉で救われた気になる撫子であった。



「先生のおかげです。 ありがとうございました」


撫子は、杉本の家を後にする。


(元がアレなのか……まぁ、私も人の事を言えたものじゃないが……)

撫子の部屋も健太と同じようなものであり、ハッキリ言って同類のようであった。



反省した撫子は家の整理をする。


(健太君の部屋が汚れているなんて、私がよく言えたもんだ……)


この日、洗濯が二回戦。 床も掃除機とモップを掛けていく。


「あ~ 綺麗になった♪」 撫子は感無量だった。



翌日、寝過ごした撫子は、慌てて家を出る。


そして職場のアパートに来ると……

(うわっ! こんなに……) ポストには予約の紙がたくさん入っていた。



仕事の開始時刻、紙を整理していると


『ピンポーン』 チャイムが鳴る。


予約の紙を整理している途中、この時間が予約だったようだ。

(全部に目を通してなかった……)



慌てて玄関に向かうと、


「おはようございます」 玄関に居たのは八田だった。


「八田先生。 あれ、どうされたんです?」 撫子が驚いている。

「仁科さんの件で、話そうと思って……」


「そうですか……えと、予約の整理がありまして……」 申し訳なさげに言うと、


「この時間の予約を入れている八田です……」 八田はニコッとする。



「すみません……」


「いいえ、予約の整理をしながら話しましょう」 八田は優しかった。



撫子が二つ分のコーヒーを淹れる。


「いただきます…… あっ、ブルーマウンテンですね。 私も好きですよ」



「八田先生は、いつも優しいですね。 相手に合わせるのが上手で……」

そんな会話から核心に入っていく。



「それで、仁科さんの事なんだけど…… 不思議なことに、やっぱり『完了』になっちゃうんだ…… 思考自体は普通なのかもしれないね~」



カウンセリングにおいて『完了』になること。

これは、自分の意思表示がしっかり出来ていることを指す。


事件などの精神鑑定とは違い、行動の問題の有無は関係ないのだ。


「では、拒絶に過敏なだけなのですね……」 撫子が言うと、


「そうなるね…… 幼少期とかを探れば何か見つかるかな……?」

八田の言葉で、撫子は考える。



「先生、ここはノープランでの事になりますが…… 私が掘り起こしてみましょうか?」


「そうだね。 頼めるかな?」 

「わかりました」


これにより撫子は、八田の勤務する病院でカウンセリングに入ることになった。 当然だが非常勤で、仁科だけのカウンセリングに入る。




数日後

「こんにちは、仁科さん」 撫子が挨拶をすると、


「あれ? 久坂先生。 病院で勤務ですか?」 仁科が驚いている。


「はい。 最後までお付き合いするって言ったじゃないですか」

撫子が微笑むと、仁科は頭を下げる。



「カウンセリングって、ある程度の決まりってあるの。 聞くことや話すことって、マニュアルみたいのがあって私たちは沿っていくんだけど……今回、いや仁科さんには それを外していきたいと思うんだけど良ろしいでしょうか?」



思いがけない言葉に仁科が驚く。


「それはもちろん……」 仁科が承諾する。


撫子はニコッとして、

「もちろん仁科さんに害になるような事は言いません。 安心してくださいね」 そう言って、紙とペンを用意する。



「では、仁科さん。 この絵を見てください」


撫子は一枚の紙を仁科に見せる。


この絵は、玄関のようなドアがあり、少し開いている。 そしてドアに男性の絵が描いてある。



「この絵の男性は、ドアから入ってきていますか? それとも出ていくように見えますか?」 


「……」 仁科は絵を見ている。



そして、「これは出ていくと思います……」 仁科が答えると


「どうして、そのように思いますか?」 撫子が説明をする。



「これは、出て行く姿に見えます。 この男性は後ろ姿ですから……」

仁科は答えた。




「はい。 ありがとうございました」 撫子は、紙を机の下にしまう。



「それで、何を?」


「少し、仁科さんを知りたかったのです」 撫子が微笑む。


「これで分かるのでしょうか?」 仁科が少し動揺する。



「先程の絵……男性の絵に影があったのですが覚えていますか?」



「描いてありました?」  「……」 撫子は返事をしない。



「覚えていないですね……ただ、男性が出ていくように見えましたので……」



「はい。 それでいいんですよ」 撫子が微笑むと

「??」 仁科は困った顔をする。



「この絵は、仁科さんの深層しんそう心理しんりの問いかけたのです」


「はぁ……」 仁科には初めての事で戸惑っている。



「仁科さんって、人が去っていくことに過敏なようですが、子供の頃の話しをしてもらえますか? 世間話程度で構いませんよ」 撫子はリラックスをうながすように紙コップに水を入れ、仁科に渡す。



仁科は水を口に含み、飲み込むと話しだした。


「ウチには両親がいますが、父は再婚した人なんです。 つまり、本当の父ではなくて……」 仁科が話し出すと、撫子は静かにメモを取る。



そしてカウンセリングが終了する。


「お疲れ様でした。 いい話しを聴けて良かった」 撫子はニコニコしている。



「こんな話が良かったんですか?」 仁科は困惑した表情で撫子を見る。



「うん♪ 言ったでしょ。 しっかり付き合っていくからって……」


その言葉に、仁科は安心したようだ。



「私、まだ病院で仕事があるから。 また会いましょ♪」 撫子が微笑むと、仁科は静かに病院を後にする。



「お見事!」 八田が撫子にコーヒーを渡す。


「ありがとうございます」 



「それで? 仁科さんはどうだった?」 八田が聞くと


「トラウマでしょうね。 お父さんっ子だった仁科さんは、離婚でお父さんが去っていくのを見たのでしょう……そこから人が去っていくのが過敏に反応してしまったのだと思います。 これは憶測なのですが……」



そう言って撫子はコーヒーを口に入れる。



『トラウマ』 これは古代ギリシャ語で「傷」や「怪我」を表す「trauma」に由来している。


 元々は身体的な傷を指していたが、後に精神的な傷、つまり精神的な外傷として使われるようになった。



 「仁科さんには、安心を与えるのが一番なのかな……」 撫子が言うと


 「見事なノープラン作戦だったね~」 八田はニコニコしていた。


こうして撫子の病院勤務が終わった。



そして『てのひら』の事務所に戻ると、


「あ~ 予約のスケジュール整理、してなかった~」 慌てて予約表を整理する撫子であった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ