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第七話 拒絶

第七話    拒絶きょぜつ



人は、時として人を拒絶することがあるだろうか?


それは多々、見かける光景である。

離婚や別れ。 友人との絶縁など、普通の暮らしの中でも存在している。



しかし、それらを『許せない』と思う人も居るのも事実である。



『ピンポーン』 と、てのひらの玄関のインターホンが鳴ると撫子が玄関のドアを開ける。


そして、「お待ちしておりました。 それでは玄関の札をひっくり返してください」 そうお願いをする。



カウンセリング室に入り、「よろしくお願いします」 そう言うのが、今回のクライアントである。



仁科にしな 智治ともはる 三十歳である。



仁科は四年前にストーカー規制法で在宅起訴された人物である。


以前に恋人との些細な喧嘩から別れ話に発展して、その後に元彼女に付きまとい行為を繰り返していた。



これも、一種の依存なのだろう。


その後、病院での治療が始まりカウンセリングを受けていた。



そして、病院でのカウンセリングでは『完了』となった訳だが……



「すみません……以前にカウンセリングで話せなかったことがありまして……」


仁科が言い出すと、

「はい。 話せなかったことがあるんですね……」 撫子がオウム返しをする。



仁科が話し出す。 それを撫子が相槌を打ちながら聞いていく。


そして二十分が過ぎた頃、


「わかりました……」 撫子が頷く。



仁科の言い分は、

『別れには理解している。 ただ復縁とかではなく、偶然にでも会ったら挨拶や会話くらいはして欲しいとの事だった。 拒絶をされるから追いかけてしまった』 と、言いたかったようだ。



確かに仁科の言い分としては、撫子も理解を示すが…… 



「仁科さん…… この考えは……」 撫子が声を詰まらせる。


仁科は次の言葉を待っている。



撫子は言葉を探す。

(しかし、どの言葉も仁科さんを否定してしまうことになる……どの言葉が適切かな……) そう悩んでいた。



そして、出した言葉は

「仁科さん、その言葉を……もう一度、大学病院で話しませんか? 私も一緒に行きますので……」


撫子は、仁科が在宅起訴をされてから通っていた大学病院に差し戻しをするという判断をする。



「今回の仁科さんが言った言葉は、記録して大学病院に差し戻します。 そしてカウンセリング終了の案件の見直しを図りましょう」


撫子の言葉に仁科が不本意そうな顔をする。



そして、 「貴女も僕を拒絶するんですね……」 仁科が言った。


(しまった― これだったのか……) 撫子は言葉の間違いを理解した。



本来であれば自分の思考の間違いを正す為に、素直に自分を見つめることから始まる。


ただ、始まりの事が歪んでしまっている為に正常に受け止める事が困難になっている。

むしろ、この仁科自身が正常と思っているからだ。



「これは拒絶ではありません。 私は最後までお付き合いしますから……」

撫子は、仁科を包みこむように話した。



納得したか否かは不明だが、翌日に待ち合わせをして仁科と撫子は大学病院に向かった。



「緊張しないで……仁科さんの味方になってくれる人は居ますよ」

撫子は仁科の緊張をほぐすように話す。



そして大学病院。


「すみません。 仁科 智治様のカウンセリングの再診のお願いで来ました」

受付で撫子が説明をする。



待つこと一時間、

「仁科さん……順番がきました。 行きましょう」 撫子と仁科は、カウンセリング室ではなく診察室に案内される。



「診察ですか?」 仁科は不安そうにしていると、

「はい。 カウンセリングに入る前は診察が必要になります。 カウンセリングも方向を間違えると大変ですから……」



そう言って診察室に入る。


「久しぶりですね。 久坂さん……」 仁科の主治医が撫子に挨拶をする。


この主治医とは、八田はった 洋司ようじである。



「ご無沙汰しております」 撫子が頭を下げる。


「この再診に関してですが……久坂さんの提案ですか?」 八田が言うと、撫子が頷く。



「仁科さんも希望ですか?」 八田は仁科を見ると、少しハッキリしない表情を浮かべる。



「……」 八田は数分待った。


「……」 撫子も同じである。



「……」 仁科は答えられなかった。


「わかりました。 久坂さん、先程のカウンセリング記録を読ませてもらいましたよ。 さすがです……」 八田が言うと、撫子は胸を撫でおろす。



「仁科さん、前回までの診療と、久坂さんの記録を使って再診しましょう。 貴方は一人じゃないですよ」 八田は、仁科に笑顔を見せた。



仁科は小さくだが笑顔を見せる。



そして診察が終わり、仁科と撫子は廊下に出ると


「どうして今日、カウンセリングをしなかったのです?」 仁科が驚いたように聞くと、


「うん……今じゃないかな……って」 撫子が返事をする。



「だいたい診察の後にカウンセリングなんじゃ……」 


「そうよ。 でも、仁科さんのはカウンセリングじゃないのよ……」 



仁科は、撫子の言葉が理解できなかった。



数日後、仁科の再診が始まる。 この日は撫子も同席している。



八田と仁科で話しをすると、撫子がメモを取る。


まずは仁科の主張を聞き取ることから始める。 これには、以前のファイルと相違がないかのチェックである。


これで主張が変わってくるようであれば、別の障害を疑っていくからだ。


確かにコロコロと気分のままに話す人はいる。 世間一般で言えば『気分屋』と呼ばれるだろう。


これらが強く出て、自身に害をなすものがある。 これは障害と分類される。



『躁状態』『双極性障害』『統合失調症』『境界性パーソナリティ障害』などがあげられる。


これらの可能性も排除できないので、過去のファイルと照らし合わせる事が必要なのだ。



この時間が、重要な時間となる。


医師の記録、撫子の記録が鍵となっていくのだ。



そして、診察の時間が終わる。

「おつかれさま」 撫子が仁科に声を掛ける。



廊下に出た仁科は、

「すみません……何回も付き合ってくれて……」 撫子に礼を言う。



「いいえ……これも仕事ですし、最初に言ったじゃないですか。 「拒絶はしない。 最後まで付き合うって」」 そう言って笑顔を見せた。



仁科は、ホッとした様子で

「もし、これで問題があったとしたら……」 仁科が言いかけたところで、言葉が止まる。



「あったとしたら?」 撫子は、仁科の顔を覗き込む。


「……いえ、何も……」 仁科は言葉をにごしてしまった。



そして会計を済ませ、撫子は事務所に帰っていく。



事務所に戻り、仁科の診察の状況をファイルに写す。

意外にも時間の掛かる作業である。



このファイルに記載することは、主に会話を写すのだが……


声のトーンや変化、どのような時に主張が強くなるかなど細かく記載する。

今後の方針に役立つようにしていくのだ。


ただ、主観ではなく客観視した言葉からの微妙な感情変化などを拾っていく。



病院で話したことを記録する際、言葉を書いて横に感情や変化を暗号化しておくのも大事だった。



このようにしてファイルにしておくと、予約前に見直したり、思い出してカウンセリングに入るのである。


そして、ファイルが完成すると『継続』のスタンプを押す。



「ふぅ……」 撫子が息を漏らすと、立ち上がる。



『コポコポ……』と、音がする。 大好きなコーヒーを淹れる音である。



「あちっ―」 この瞬間が大好きな撫子。

ホッとする瞬間であった。




後日、撫子のスマホに着信が鳴る。

「もしもし……」


「すみません、夜分に……」 電話の相手は、大学病院の八田だ。



「いいえ、どうかされました?」 撫子が言うと、


「今回の再診、ありがとうございました。 前回、私の診察に見落としがありました…… これも、久坂さんが再診を申し出てくれたおかげです」


八田は、撫子に感謝を伝えに電話をくれたそうだ。



「いいえ、八田先生だから再診をお願いできたのですよ。 他の先生だったら躊躇ちゅうちょしちゃいますよ~」 撫子は笑って話す。



撫子が大学院の時代に、臨床心理士の研修として大学病院に来ていた。

その時に授業や指導をしていたのが八田である。



つまり、知り合ってから十年弱の間柄であった。


撫子は、仁科の診療カルテやカウンセリングの記録を見ていたのだ。

これは個人情報保護法に基づいており、事件などの記録があれば関係者として共有できる。



この仁科の案件は、警察や病院、家族からの同意を得て情報を入手している。



もちろん、仁科本人からの同意も得ている。


そして、この先のカウンセリングも撫子が受け持つことになっているのだ。



八田と撫子の関係は学生の時だけではなく、これからの時代を救う為に強い絆で結ばれていた。



「それでは、今後のカルテも見に行きますので……」 そう言って、電話を切った。



そして、帰宅すると……


「あ~ 今朝に出した物が全て……」 出しっぱなしの部屋を見て、ウンザリしていく。



撫子の部屋は『綺麗な部屋』からは拒絶されているようであった。




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