第六話 運命
第六話 運命
翌朝、撫子は緑のお見舞いに向かうための用意をしていた。
「お母さん、出掛けてきます」 撫子が言うと、
「送っていくわよ。 市民病院まで距離があるから」 母の藤子が運転をしてくれることになった。
「そういえばさ…… 私が心理士になること賛成だった?」 撫子が聞くと
「賛成って訳じゃなかったわよ…… 心理士って、よく知らなかったし……」
藤子は当時の事を話しだす。
「知らなかったから反対しなかったの?」 撫子は驚いたように聞くと
「それもある……けど、貴女の行きたい道を潰すなんて真似はしたくなかったのよ。 そりゃ、普通に会社の勤めて 普通に生活をしてくらたら お母さんは安心できると思うの。 でもね、子の将来の邪魔だけはしたくなかったのよ……」 藤子は淡々と話していく。
「そっか……」 撫子の顔が穏やかになる。
「今回の緑ちゃんの件も、本当なら余所の家の事に首を突っ込むなんて本当なら嫌なのよ。 貴女は気晴らしの為に帰省してきたんでしょ? なのに、休まらないなんて私だって嫌なのよ」
そんな話をしているうちに病院に到着した。
「ありがとう、お母さん」 撫子が手を振り、病院の中に入っていく。
(我、娘ながら立派になって……) 藤子は微笑んで車を走らせた。
「緑―っ」 撫子が病室のドアを開ける。
そこには重苦しい空気の中、緑は眠っていた。
「あの……心理士で、久坂と申します」 撫子が頭を下げる。
これは緑の父と、看護師に向けて挨拶をしていた。
看護師は無言ながらも頭を下げ、緑の父は呆然としていた。
そして看護師が 「あの……面会の予約ですか? この状態ですので、面会はちょっと……」 困惑気味に話すと、
「大変、失礼いたしました。 あの……容態はどうでしょうか?」 撫子が聞くと
「ご家族様ですか?」
「いえ、友人です」 撫子が言うと、 「これはご家族様にしか話せませんので……」 看護師が言うと、無言の圧で部屋から出される撫子であった。
落ち込んだ撫子は、緑の父親が部屋から出てくるのを待っていた。
そして一時間ほど待っていると、緑の父親が部屋から出てきた。
「あの……」 撫子が話しかけると
「あぁ、ナデシコさんだね。 今回はすまない…… 陽子から聞いたよ」
緑の父親は、憔悴した顔で撫子に頭を下げた。
「今回のって……」 撫子が聞こうとするが、父親の携帯電話が鳴った。
緑の父親が頭を下げ、遠くに行ってしまう。
撫子は肩を落とし、家に帰った。
「ただいま~」 撫子が家に着くと、藤子が玄関まで来る。
「なによ、電話くれれば迎えに行ったのに~」
そんな藤子の言葉が撫子に刺さった。
(私は幸せだ……) そんなことまで思うようになった。
「夕飯……」 藤子の たった一言、こんな ぶっきらぼうな言い方でも優しさが伝わる。
「いただきます」 藤子が撫子の夕飯をテーブルにならべると、ゆっくり食べだした。
すると藤子が 「緑ちゃん、どうだった?」 と、聞いてくる
「眠ってた……」 撫子は、それしか言えなかった。
その後、撫子は藤子と どんな話をしたかも覚えていなかった。
それくらい、緑の事で頭がいっぱいになっていたのだ。
翌朝、陽子から電話が掛かってくる。
「……今から向かいます」 撫子は電話を切り、緑の家に向かった。
「すみません、何度も……」 陽子も憔悴した顔で撫子に頭を下げている。
「それで、緑は……?」 撫子が聞くと、
「まだ、目を覚まさなくて……」
「それで、今日は何か?」 撫子が聞くと、緑の部屋に案内された。
「これを……」 陽子が出してきたのは緑の日記であった。
「読んでも……?」 撫子が聞くと、陽子は頷いた。
そして、日記を読みはじめると
「これは……?」 撫子が目を疑うような内容だった。
そこには、『奴隷』『人形』『無月』という言葉が多く書かれていた。
「おばさん、この意味って……」 撫子が陽子を見る。
「ごめんなさい。 きっと、そういう風に思っていたのね……」
そう言って陽子は泣き出した。
「今後、しっかりと治療をしてもらって、緑が良くなることを願っています」
撫子が言うと、そっと緑の部屋を出た。
(とりあえず緑の事は解決したかな……あとは病院に任せよう)
撫子は実家に戻り、コーヒーを飲む。
そして、緑の日記の事を思い出していた。
(奴隷や人形の意味は解る。 これは、親が反対して言いなりにさせようとした率直な思いだろう……でも、『無月』って どんな意味なんだろう……)
そんな事を考えていた。
そして夜、撫子はベランダから空を眺めていた。
この日、空には大きな満月が出ていた。
(確かに月が無かったら夜は暗くなる。 月明りとは夜でも影が映しださせるほどの明るさだ……これに何の意味が……)
撫子は、部屋に残っていた学生時代のノートを開いて見る。
「うわっ……落書きばかり……」 学生の頃のノートは落書きが多く、ヒントを探すようなものは出てこなかった。
「月ねぇ……」 しばらく考えていたが、答えなど簡単に出てくるはずもなく
「横になるか……」 ベッドで横になった。
翌日、撫子のスマホに着信が鳴る。
「もしもし……」 電話の相手は陽子であった。
「わかりました……」 撫子は電話を切る。
この日は撫子が帰る日。 朝から荷物の整理をしていた。
すると、「ナデシコ~ ご飯よ~」 下から藤子の声が聞こえる。
荷物の整理を済ませた撫子は、下のリビングに顔を出すと
「なんか豪華じゃない?」 朝十時の朝食。 撫子が好きな物が並んでいた。
「もう帰るから、貴女の好きな物を作っておいたの。 そしたら作り過ぎちゃった……」 藤子が小さく舌をだす。
「ありがと♪」 撫子は、遅めの朝食を楽しんだ。
「そういえば、緑ちゃんはどう? 連絡あった?」 藤子が聞くと、
「んっ……目を覚ましたみたい」
「寄ってく?」
「ううん……最近の病院は面会とか厳しいのよ。 あんな状態だし、家族しか面会できないはずだから……」 撫子が食事をしながら説明する。
「無事に帰れるといいんだけどね~」 藤子は、言いながら撫子の食事を横から食べる。
「あっ、減った……」 撫子が言葉を漏らすと、
「いいじゃない。 貴女、小食だし残るでしょ」 呆れ顔の藤子が言う。
(これが家族だよな……) 撫子は、自分の家を微笑ましく思えた。
そして帰る時間、
「お母さん、ありがとね~」 撫子が言うと、
「うん、また帰っておいで」 そう言う藤子は少し寂しい表情を見せた。
撫子は駅に向かい、山口の空を見つめた。
(緑……)
千葉に戻ると、撫子は職場のポストを覗く。
「うわっ! こんなに?」 慌てて集め、紙を読む。
ゴールデンウィーク中は郵便が少ない。 ほとんどはクライアントからのメモであった。
「こんなに予約が~」 帰省から戻り、余韻に浸ることもなくスケジュールを整理していく撫子であった。
そして数日後、テレビを観ていると坂本 龍馬が出ているドラマが流れた。
そして、龍馬の台詞が聞こえる。
「久坂―、考え直せ!」 と、いう台詞だった。
撫子が反応してテレビを見入る。
そしてテレビを観ていた撫子は、
(先祖も、この時代じゃ大変だったろうな~ 藩の意思が絶対の時代、自分の意思で動くことの出来ないんだもん……) 撫子は先祖を憐れんでいた。
そして (きっと緑も、こんな感じだったんだろう……)
時代は変われど、変わらない事もあったりする。
(運命なのかな……) そんな言葉で片づけてはいけないのだが、それ以外に自分を納得させる言葉が見つからなかった。
それから数日後、陽子から電話が掛かってくる。
それは、緑が精神病棟へ入院をする知らせだった。
緑の両親は、緑の精神状態に疑問を持っている。 あくまでも両親の非を認めないことだった。
「こりゃ、しんどいわ~」 撫子は、この現状から逃れられない緑に同情をした。
やはり、逃れられない運命……
どうしても着地点は『運命』に結び付けたかったようだ。
そして予約時間。
「こんにちは~。 お休み、申し訳ありませんでした~」 そんな挨拶から始まり、
「桜井さん、札をお願いしますね~」 と、声を掛ける。
ここにも生きていく過程で、自分を押さえて苦しんでる人がいる。
ある意味、運命なのかもしれない。
それは、“人として生きていく運命だ。”
人は考え、悩む。 喜びや悲しみを知り成長していく。
そこに手を差し伸べる人が必要となる。
その てのひらは温かく、優しさで包まなくてはいけない。
そんな撫子の仕事も “運命 ” と、呼べるものかもしれない。