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第五十六話 圧縮された思考

 第五十六話   圧縮された思考



 早苗のカウンセリングが続き、撫子は神経をすり減らしていく。

 「少し、休んだら?」 小坂が心配そうに声を掛けると

 「ありがとう。 まだ大丈夫よ」 撫子はニコッと笑う。



 働いている人は勿論のこと、カウンセラーにも休息は必要である。

 『てのひら』では、月に一回は店ごと閉める日を作った。



 「この日は休日で……」 小坂はパソコンを操作し、予約を入れられないようにしていく。


 しかし、撫子は経営者である。 売り上げが心配にもなり、落ち着かない様子だった。



 「ナデシコ~ 気持ちは解かるけど、社長に何かあったらどうすんのよ?」

 小坂がため息をつくと



 「そうだよね……」 撫子は返事をすると、下を向いてしまう。


 「まさか……」 小坂は焦った。 撫子の様子を見て、気づいてしまった。



 慌てて小坂はパソコンを叩き、予約のセーブに入る。 これは撫子の予約をセーブすることだ。


 心理カウンセラーが内面の不調を訴える例は少なくない。 毎日の様に精神という見えない病に向き合っていると、徐々に自分の精神にも影響しかねないものだ。



 (仁科さんの件でも病院で泣いていたと八田先生が言っていた…… 無理矢理にでも休ませようとしても地元で動きまくっているし、休むという概念もなさそうだ……)


 小坂は黙って撫子の様子を観察している。


 撫子は、『自分が観察をされている』とは思わずに黙々と仕事をしていた。



 すると、数日が経つと撫子の予約が途絶えてしまった。

 「由奈~ 私のクライアントさんの予約が入らなくなってさ……」


 「そうなの? 何かあったのかしら……」 小坂は知らないフリをして誤魔化す。



 「ヤバいわね…… 新規、貰うね」 撫子が意気込んでしまった為、

 「ごめん、ナデシコ……」 小坂が謝る。



 「……?」 謝罪の内容を聞いた撫子は、言葉を失う。


 カウンセラーにとって休養は、今後のカウンセラー人生に大きな影響を与える。


 ・他者のネガティブの感情を受け続けること。


 ・他者の人生に大きく関わり、常に影響を与える責任感。



 これは心理士にとって、光栄な事だが病みやすいリスクがあるのだ。 撫子も心理士ではあるが、肩書きを外せば一人の人間である。 心理士は無敵な職業ではない。


 また、二十八歳という年齢で人の人生に大きく関わることで重圧も凄かった。



 「ちょっと由奈……」 撫子が声をあげる。 小坂は怒られると思い、肩をすくめると



 「ごめんね…… 気を使わせちゃったね……」 撫子が謝る。

 「えっ…… あの、勝手な事をしてゴメン」 小坂も困った表情で謝る。



 「おかしいと思ったのよ。 定期的に来てた方が来なくなって、ファイルを見たらカウンセリングをしてあったんだもの……」



 「ごめん…… 勝手なことをして」


 こうして小坂は撫子に理由を話し、解決したのだが……

 『チラッ―』 小坂は撫子を目で追っていく。 やはり小坂は心配だったのだ。



 心理士という職業は、心の闇と向き合うこともある。

 ・死にたい ・嫌いな人の話など……


 こういう感情を抱いた人と向き合うのが仕事であり、

 心理士が聞きたくないからと言って「その話はやめましょう」なんて事は言えない。 黙って受けていくことなのだ。


 また、その怒りが心理士に向けられることもある。 いわゆる『逆ギレ』というような形で心理士に牙を向く事例だってあるのだ。



 クライアントの価値観を変えうる可能性や、問題行動を助長させかねないこともあるのだ。これはカウンセラーにとってもプレッシャーで潰れかねない。



 雑誌に載り、有名になってしまった『有名税』とでもいうのか、二人にプレッシャーがのしかかっていたのは間違いない。



 「ナデシコ……一緒に行ってみない?」 小坂は、ある提案をする。

 「一緒にって、どこに?」 撫子がキョトンとすると……



 二日後、『てのひら』は定休日になる。

 小坂は、撫子を連れて大学病院にやってきた。



 「久坂さ~ん、小坂さ~ん」 看護師の呼ぶ声が聞こえる。 撫子たちが診察室に入ると


 「いらっしゃい♪」 八田はニコニコしていた。



 「先生、よろしくお願いいたします……」 小坂が頭を下げると、

 「由奈、先生の所にわざわざ……」 撫子は恐縮している。



 「いいんですよ。 久坂さん、今が休む時なんだよ」 八田が説明をする。


 「あ いえ、あの……」 困った顔をする撫子に、

 「そういう顔になることも予想していたよ。 経営やクライアントの事などを脳が圧縮しているからね。 疲労状態なんだよ」



 八田は撫子に処方箋を出す。 これには撫子が困惑すると、

 「精神薬じゃないから安心して。 軽い眠剤だよ」 八田はニコッとして見せる。


 撫子は渡された処方箋を確認し、間違いがないかを見ていた。

 (本当に眠剤だけだ……)


 職業柄、八田が嘘をついても撫子には通用しない。 『しっかり眠れるように』と、八田のサインでもあった。 



 それから撫子は眠る前に眠剤を服用する。 深い眠りに朝の目覚めが悪かった。


 (まだクラクラするような……) 

 疲労も重なり、撫子の頭は目覚めない感覚だった。



 なんとか仕事になれば切り替えることもでき、集中していく。


 「ナデシコ、先に帰ってて……」 小坂は、撫子を追い出すように早く帰すと

 「う うん…… ごめんね、由奈……」


 撫子は先に帰り、早めの就寝を心掛けた。



 一週間が過ぎた頃、撫子に笑顔が戻っていく。 熟睡したおかげで疲労も回復してきたのだ。



 「一週間、ありがとう…… もう大丈夫よ」 撫子がお礼を言うと、

 「良かった。 また頑張れるね」 小坂がニコッと笑う。



 小坂はカウンセリングが多くても、定期的に休みを取っている。 そして、大学病院では『患者』として接していた為か、重圧の受け方が上手だった。




 ある日、予約には同業者が来ていた。


 堀内ほりうち 真由まゆ。 五十三歳の心理カウンセラーだ。

 これには小坂が対応する。



 「すみません…… ちょっと頑張って予約を入れていたら変になってしまって…… せっかくだから有名なカウンセラーにと」


 堀内は素直に撫子たちを認め、カウンセリングを受けにきていた。


 これを “スーパービジョン ” と言う。



 専門職が質の高い支援を行う為に、経験豊富な指導者スーパーバイザーから助言・指導・サポートを受ける継続的な学習、成長を受けることを言う。



 年上で、経験が長くても撫子たちを信じてやってきたのだ。


 「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」 小坂が頭を下げると

 「いいえ、こんな機会は そうありません。 よろしくお願いいたします」

 堀内は満面の笑みだった。



 「……ということでして」 堀内が話していく。


 堀内も撫子と同様に、一人で開業していた。 なかなか集客に困った時期や、能力以上の依頼を受けてきたことなどを話していく。


 (みんな経営者は同じか……)


 「そうですよね…… ウチの代表も「お人好し」なので従業員も苦労するんですよ……」 小坂が呆れたように話すと


 「ちょっと由奈……」 隣のブースで聞いていた撫子が声を出す。



 すると「クスクス……」 堀内が笑みを出す。

 「仲が良いんですね」 


 「えぇ、同じ大学院からの付き合いですから」 小坂が説明すると、

 「久坂先生が代表でしょ? なかなか大変じゃありませんか?」 堀内は撫子のブースに向かって話すと、裏から撫子が顔を出す。



 「まぁ、大変な事は多くありますが由奈が来てからは助けられる事が多くて感謝しています」


 撫子が真っ直ぐに思いを話すと


 「そうなんです。 こんな代表ですから、私が見ないと……って思いまして。 実は、私も代表に救われた一人なのです……」


 小坂は、以前にバーンアウトなった事を話す。 堀内は真剣な表情で聞いていた。



 「バーンアウトは脳が拒絶しますよね。 私は脳の中に多くの物を入れすぎちゃって……」 堀内が話すと


 「それでウチの代表の久坂を病院に連れて行ったんです。 軽い眠剤で済みましたが、これ以上の脳の圧縮はカウンセラーでも限界がありますから……」


 小坂が説明する。



 これは性格や気質とも呼べるかもしれないが、発散を忘れて思考を圧縮するタイプの人も多く存在する。


 そこに集中するあまり、最終的には自身の心が疲弊していくのである。

 『お人好し』『いい自分を見せたい』『お節介さん』と言われる人がそうだろう。


 その多くの人は、知らず知らずに『自己犠牲』をしてしまっているのだ。



 撫子は典型的である。 カウンセラーという肩書きを外したら、ただの『田舎娘』の一人に過ぎない。 しかし、カウンセラーという肩書きを持ち親身に話を聞いていくことにより多くの人が集まってきたのだ。


 それは全て人徳なのであろう。 その撫子は気遣いや言葉選びで人を幸せへと導いていく。 これは小坂も経験していて、だからこそ撫子と働けていることに満足しているのだ。



 圧縮された思考…… 良いことでもあるが、それも限界がある。

 そこで発散することを知っておくべきと…… 三人は肝に銘じたのであった。




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