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第五十五話 みたらし

 第五十五話   みたらし



 「それか!」 撫子が大声をあげると

 「わっ― ビックリ! 何よ?」 当然ながら小坂は驚く。



 「由奈、これは試す価値があるかも……」 撫子が意気込んでいると、

 「すみません…… こっちの思考が枯渇状態なんですけど……」 小坂は困ってしまった。



 「苦いのがダメなら甘いのにすればいい……」 撫子がブツブツ言いながらパソコンを叩く。 これには小坂も首を傾げるしかなかった。



 翌日、朝の早い時間に早苗がやってくる。 この日は土曜日で、吉野がアシスタントを務めている。


 早苗が席に着くと撫子が合図をする。 吉野は頷き照明を明るくした。

 (これなら……) 撫子が世間話から始める。これまではセオリー通りだ。



 早苗は食欲が戻っておらず、相変わらず一食生活だと言う。

 「普段はどんな物を食べますか?」 撫子は箸で食べる仕草をすると、

 「白米と漬物が多いですね……」 早苗は、答えると目つきが変わっていくのを撫子が確認する。



「そうなのですね…… 私は甘い物が好きだったりしますので」 

 撫子は、話しながらも早苗の表情を伺っている。



 そして、無言の時間が流れる。 実際には数秒なのだが、二人には長い時間が流れたように感じていた。



 (まだ、引き出せる……) 


 この時間、吉野は学びの為に聞き耳を立てているが

 (まったく空気が読めない…… 二人はどうなっているの?) そんな駆け引きにも似た空気に息を飲んでいた。



 しばらくすると、早苗は表情を戻し

 「本当にすみません……」 表情を落とし謝ってきた。



 「いいえ、いいんですよ……」 撫子も笑顔を見せる。

 (衝動というのは一瞬で火がつく。 見極めろ……)


 チラッと撫子が吉野を見る。 (合図だ)


 「早苗さん、先ほど買ってきたのですが……」 撫子は、みたらし団子のバックをテーブルに上に置く。 「よかったらどうぞ」 そう言って、席を立った。


 その瞬間、吉野が照明を徐々に落としていく。


 (ここでは来ないはず……) 撫子が裏手より聞き耳を立てている。 団子が入っているパックは手にするとパチパチと音がする。 撫子は確かめていたのだ。


 照明も少し暗くし、気分を持っていこうとするが早苗は盗らなかった。



 そして撫子が戻ってくると、早苗は下を向いていた。

 「早苗さん、召し上がらなかったのですか?」 撫子はキョトンとした顔を見せると


 「いいえ、私はお腹が空いていませんので……」



 これは、盗もうとした結果が空振りした訳ではない。


 「よかったらどうぞ」という言葉が早苗の病気を抑えてしまったのだ。

 「どうぞ」 と言う言葉が与えられる言葉であり、心の枯渇状態を和らげてしまったからなのだ。



 撫子は皿に団子を乗せ、早苗の前に出す。

 「甘いのは苦手ですか?」 撫子が微笑むと、「いいえ……」 早苗は首を振る。 


 それは、早苗が盗んでいたのが甘い菓子類が多かったからだ。 撫子は事前に盗んでいた物を把握していた。 これがあって、撫子は『みたらし団子』を選んでいたのだ。



 撫子がニコニコすると、「すみません、いただきます……」 早苗は団子を口にする。


 「甘くて美味しいです」 早苗は笑顔になっていく。



 そして、カウンセリングの終盤。

 「今日の夕飯は何にします?」 撫子が訊くと、 「まだ決めてなくて……」 早苗は笑って答える。



 「家に帰ってから材料と相談ですかね?」 

 「そうしましょうかね……」 

 この会話に吉野は混乱している。 (どんな意味があるのかしら……?)



 「そう! 思い出しました……」 撫子が立ち上がり、裏に入っていくと

 「これ、買いすぎたので買ってくれませんか?」 撫子が団子のパックを二つ持ってくる。



 「いえ、さっき頂いたので……」 早苗が柔らかく拒んでいると


 「そうですか…… 早苗さんの事を考えていて選んだつもりだったのですが……」 撫子はショボンとした姿を見せる。



 「すみません、買わせて頂きます」 早苗は財布を取り出す。

 「これは百五十円で宜しいですか?」 


 「いえ、百円で結構ですよ。 私が勝手に買っただけですので……」

 撫子はニコニコする。



 早苗が支払うと、 「すみません。 強引に買わせてしまって……」撫子が頭を下げる。


 「いいえ、さっきも美味しかったですから」 早苗も笑顔を出す。


 「良かったです。 早苗さん、払えましたね」 撫子が拍手をすると


 「えっ? どういう事でしょうか?」 早苗は気が動転している。



 これは撫子が考えたトレーニングである。 カウンセリングと称して、金を支払うことを練習させていたのだ。



 「よかったです。 躊躇せずにお金を払って頂いたので安心しました」

 撫子は説明するが、早苗はキョトンとするだけだ。



 「早苗さんは、盗らないようにしていたので買わせる事を決断させたかったのです……」 撫子が説明すると、早苗は唇を噛みしめる。



 これは撫子がイメージしたトレーニングだった。


 ・買い物のイメージをさせ、決断させる。 早苗は心の枯渇状態があるからこそ窃盗をしてしまう。 甘い物を食べさせて心を潤し、窃盗意欲が軽減した状態で購買を意識させる。



 ・盗らないイメージで自分を縛っている。 病的窃盗を行う人は、『盗ってはいけない』や『捕まらないように』などを考えるのだが『レジでちゃんとお金を払う』とか『どうやったら、ちゃんと買えるか』などの思考にはならない。 レジでお金を払うイメージが出来ていなかったりする。



 ・その根本は『盗りたいから盗る』ではなく『買うことが怖くて盗ってしまう』というのが思考になっている。 クレプトマニアは盗る病気ではあるが、言い換えると『買えない病気』とも言えてしまう。  『支払ったら、お金が減ってしまう』『お金が無くなるのが怖い』などの恐怖から『枯渇恐怖』となり、窃盗に走ってしまうことである。



 撫子は理解し、早苗の思考を真っ直ぐにしようとしたのである。

 (早苗さん、これからです……) 



 「今後は「盗らない……」という発想は捨てて「買える」ようになっていきましょう」 撫子は真っ直ぐに早苗を見つめる。



 「すみません…… これから、盗らないようにしていきますので……」 早苗が頭を下げると、


 (まだ時間が掛かるかな……) 撫子は長期間の覚悟をする。



 早苗が帰っていくと、後ろから家族が見守っている。

 (しっかり! 早苗さん……) 撫子は帰りを見守っている。



 すると、小坂が 「撫子…… なんで気づいたの?」 そう言って近づくと


 「甘い物は脳内に満腹感を与えるのよ。 そうすると飢餓状態が薄れて窃盗意欲が軽減されると思ったのと、パックだから音が鳴りやすいから気づくと思ってね~」



 (やっぱり凄い……) 吉野は驚きでいっぱいになっていた。


 「それに、わざと買わせるようにしたのもね~」 小坂は笑うしかなかった。

 理屈では分かるのだが、実践で同じ展開にさせる撫子の表現も素晴らしかったのだ。



 「これからのトレーニングなんだけど……」 撫子が紙に書き出す。



 ・実際にお金を払う練習をする。 クレプトマニアは、お金を払う事に抵抗がある。 それには普通の理論は通用しないのだ。 「普通に買って……」の概念が無い為、盗りたい気持ちを我慢してお金を払う練習が必要となる。


 そうして堂々と店を出ることが出来、「誰かが捕まえにくるかもしれない」と言った怯えや後ろめたさを感じずに済むようにしなくてはいけない。



 清々しいというか健全な達成感を覚えさせ、満足感や店を出るときの安心感を覚えさせることを目標にしていく。



 ・同伴者に買う事を教えてもらう。 これは家族の協力も必要となる。 「盗らないように見張る」というより、「一緒に買い物をする」のイメージを持った方がいいだろう。 家族も「見張る」という概念を捨てて、買い物を楽しむようにしていくのが良い。


 家族も「盗りたい気持ちを我慢することは解らないけど、ちゃんと買う方法なら教えてあげる」というスタンスが必要になってくる。 これは「盗った者が悪い」で叱るより、ちゃんと買うことが出来るようにするホスピタリティーの精神が必要となる。



 ・ちゃんと買えたら誉めてあげる。 「ちゃんと買うのが普通」では心が萎縮してしまい、お金を払うイメージが出来なくなってしまう。


 これにより、買えたら誉めてあげる事が必要になってくる。 買い方を教え、買わせてみせる。 そして買い物が済んだら家族も誉めてあげる。



 これが「みたらし」 心の『満たらし』 と、なっていくと撫子は考えていた。



 「とりあえず、これからよね……」 これには吉野が尊敬の眼差しを送っていると、


 「ナデシコ…… とりあえず、みたらし団子は用済みよね?」

 小坂が皿を三枚持ってくる。



 「私、お茶の用意をします」 吉野は裏口に向かっていく。



 「いただきま~す♪」 三人で、みたらし団子を頬張っていくのであった。



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