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第五十三話 万引き(上)

 第五十三話    万引き(上)



 とあるスーパーでのこと。

 撫子と小坂が買い物をしていると、店の中が騒がしくなっている。



 二人が見ると、中年の女性が男性に囲まれて困った様子だった。


 「由奈、何の騒ぎ?」 撫子が察知する。 特に大声を出している訳でもなく、静かなものであったがカウンセラーの二人には異様な空気が騒がしく感じたのだろう。



 そこに周りの買い物客から話し声が聞こえてくる。

 「万引きだって……」


 そんな声が聞こえてくると、二人は様子を伺いながら買い物を続けていく。



 買い物が終わり、事務所に戻ってくると小坂が話し出す。

 「さっきの買い物の…… あれ、常習者かな……?」


 「どうだろう? こればっかりはね……」



 近年、万引きなどの検挙数が増加傾向にあると言われている。

 窃盗、強盗など他人の物を奪っていく犯罪がニュースでも連日のように放送されていた。



 「こんにちは」 物音もせずに入り口から声がする。

 「は はい―」 驚いた撫子が玄関まで向かうと


 「八田先生……」 二人は驚いている。

 「どうも…… 久坂さんが買ったものかな? と、思いながらもお土産です」


 八田は山口の駅で撫子と会っていた。 その山口の学会の帰りのようだ。


 「先生、ありがとうございます」 撫子が受け取り、小坂がコーヒーを淹れにいく。



 三人が裏でコーヒーを飲んでいると、八田は書庫のファイルを眺める。

 「久坂さん、随分と新規が増えていない?」 驚いたように言うと、


 「おかげさまで…… 由奈も居ますし、幅を増やしています」 撫子が照れながら返事をする。



 「う~ん…… 悩むな……」 八田は顔を下に向ける。


 「どうかされたのですか?」 撫子がキョトンとして訊くと、

 「ちょっと病院でのカウンセリングが難しくなっているんだ。 増えすぎて、思うようなタイミングで予約が取れなくなってきているんだ。 そこで『てのひら』を紹介しようと思ったんだけど……」 八田が息を漏らす。



 「いえ全然。 まだまだ働けますよ」 撫子がニコニコしていると


 「そう言ってもらえると安心だ。 じゃ、よろしくね♪」 八田はCDでのファイルを渡す。



 小坂がパソコンにCDを入れて再生をすると、個人のデータが出てくる。

 これはカルテである。



 撫子と小坂がカルテを見ると

 脇坂わきさか 早苗さなえ  六十歳。 と、書いてある。


 病名は『クレプトマニア』 撫子と小坂は息を飲む。 つい先ほどの買い物でも万引きを見たからだ。


 「一応、事件からなので医療処置になるからね。 お願いするよ」 八田はコーヒーに口を付けて説明する。



 二人は黙ってカルテを読み込んでいくと


 「依頼主は警察になるのです?」 「いえ、家裁から判決が出ているから家族が依頼主だよ」


 こうして、新しいクライアントが舞い込んでくることになった。



 数日後、家族と一緒にクライアントが『てのひら』にやってくる。

 「担当します、久坂撫子と申します。 早速ですが、ご家族様で結構ですので問診票をお書きください」 撫子が紙とペンを渡す。



 八田の依頼通り、脇坂が家族とカウンセリングに入る。 撫子は家族が問診票を書いている時間に早苗を目で追っていた。


 早苗は黙ってテーブルの上の一点を見つめている。 どこか憔悴したような顔をしていた。



 (よほど家で怒られたのかな?)

 表情を見ながら憶測を立てていく。



 「では、よろしくお願いいたします……」 撫子は静かな入りをみせる。 同行している家族は 脇坂 祐介ゆうすけ 三十七歳の長男と書いてあった。



 「まず、家裁から判決が出たということで…… 保護観察という年齢からしたら珍しいですね」 撫子が切り出す。


 実際、保護観察処分という例は未成年が多いイメージだが、早苗のような高齢でも適応されている。


 「はい。病院の診断もあり、保護観察処分という寛大の目で見て頂きました」

 祐介の額には汗が滲んでいた。


 (困っているんだな…… 確かにそうだ)


 「わかりました。 それで、祐介様の依頼で改善という事で宜しいでしょうか?」 撫子は、細かく確認を取っていく。


 これには意味があった。 事件から裁判。 立派な犯罪を扱うにおいて、加害者にでも人権がある。 しっかりと同意を得てからのカウンセリングとなるからだ。


 「はい。 二度とないようにしてください……」 祐介が頭を下げるが、

 「それは本人様の意思によりますが、これは病気として扱われています…… 必ずとのお約束が出来ないのですが、全力でやらせて頂きます」 撫子が微笑む。


 しかし、祐介の顔が強ばる。


 「それは改善が難しいということでしょうか?」

 「はい。 これは病気です。 症状の緩和と思ってください」 撫子は強気にも見える態度で答えると


 「それなら来なくても一緒ということですか?」 祐介は、どことなく焦っているようだ。



 「それとも違いますが…… 祐介さんは風邪をひく時がありますよね? 薬を飲んで緩和します。 もう二度と風邪をひきませんか?」 撫子が真顔で祐介を見ると


 「それは出来ませんが……」 

 すると撫子がニコッとして、「その問題を深掘りして未然に防げたらと思ってください。 投薬などもありますが、自然なままでの解決が一番だと思って医師が紹介をしたはずです」


 撫子は毅然とした態度で祐介を見る。 祐介は数秒ほど考え、「よろしくお願いいたします」と、頭を下げた。



 そして下を向いている早苗に話しかける、

 「母さん、しっかりな……」 祐介は椅子を後ろに置いて、二人のカウンセリングの邪魔をしないようにする。


 「では、始めます。 カウンセラーの久坂と申します」 撫子が資格者証を見せると、早苗は憔悴した表情で頭を下げた。



 「まず、今の気持ちを聞かせてもらえますか?」 撫子は、早苗の心のチェックから入る。 カウンセリングを始めるにあたり、聞いた事が素直に受け止められているかの確認をする。


 それから早苗が徐々に答えていく。


 早苗が窃盗で捕まったのは二度目。 持ち家もあり、それなりの家庭であること。 決して「今日の食べ物がない」という家庭ではなかった。



 逮捕された時、現金も所持していて払えない訳でもないが盗んでしまったと言う。 近年、物価高で年金では生活が厳しい状態の高齢者も出てきている。


 早苗は旦那と息子の三人で暮らしており、決して暮らしていけない生活をしている訳でもないのに盗みをしてしまったのかと言うことだ。



 「それが分からないんです……」 


 早苗は唇を噛みしめる。 撫子もミラーリングを始め、同じように唇を噛みしめた。


 「それは、無意識にやったと?」 「はい……」 

 これにより、撫子はカルテを思い出していく。



 (クレプトマニアだな……) 撫子は確信したように早苗を見る。


 クレプトマニアとは、「窃盗症」や「病的窃盗」と言われる精神疾患で依存症のひとつである。 万引き、スリ、置き引きなどがやめられない状態をさす。


 その中でも万引きが圧倒的に多い傾向にあるが、『常習窃盗』の全てがクレプトマニアではない。



 窃盗の中でも種類がある。


 【職業的窃盗】 経済的利益を目的として高額商品や金銭を盗む。 犯行は計画的で、複数の人数などで行動することが多い。



 【貧困による窃盗】 経済的余裕がなく、食料や生活品などを盗んでいく。



 【病的窃盗】 お金があるのに盗んだり、必要ないものまで盗んでしまう。 窃盗をする事が目的となってしまうことがある。つまり、窃盗のための窃盗をしてしまうことである。



 早苗の場合は病的窃盗になっている。



 アメリカの精神医学会の判断基準では、「窃盗症」と記載されている精神疾患であり、医療機関では先のような診断基準が設けられている。


 ・個人的に用いられるためではなく、金銭的価値でもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。



 ・窃盗に及ぶ前の緊張の高まり。



 ・窃盗に及ぶ時の快感、満足、または開放感。



 ・その盗みは 怒りまたは報復を表現する訳ではなく、妄想や幻覚でもない。



 ・その盗みは素行性、躁病エピソード、または反社会性のパーソナリティでは、うまく説明できない。


 この5つが当てはまると『窃盗症』とされている。


 しかし、撫子は考えこんでしまう。

 (これを全部が当てはまる?)


 実際、個人的に用いるためじゃなく、金銭的な価値でもない……という人は少ない。


 (昔の石川五右衛門じゃあるまいし……)



 大体の万引き常習犯は『食料』や『生活必需品』が多い。 早苗もスーパーで万引きをしている。


 (これは、「盗む」ということが目的になっているから解釈のズレが出るんだろう…… これは盗みにおいての行動抑制の障害だ。 許容範囲を広げれば、職業窃盗や貧困による窃盗と区別する為の基準なんだろう……)



 こうして撫子は早苗の心理を覗いていくことになっていく。



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