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第五十二話 葛藤のある依頼

 第五十二話    葛藤のある依頼



 撫子は実家に帰り、家族と食事をしている。 

 「ナデシコ、いきなり帰ってきて大変だったわね……」 母親の藤子は労りながら食事を出すと、



 「なんで呼ばれたかのだか分からないわよ……」 撫子が不機嫌な表情になる。

 「それも、お前が頑張っているからじゃないのか? 嬉しいけどな」 父親の大志はニコッとしてビールに口をつける。



 「住んでいる房総も、ここ山口でも同じ依頼なのよね…… 移住者にアピールする為の……」 撫子が話すと、


 「移住者ね…… ここは昔ながらの家が多いから、ピンと来ないわよね……」

 藤子が話すと、撫子は黙ってしまう。 昔ながら住んでいる人にとっては『迷惑な話』なのだが、行政にとっては人口が減るのは大変な事だろう。 少子高齢化が進み、田舎と呼ばれる所は人口減少が著しい。 少ない税収で町を維持していかなければならない。



 江戸時代末期。 江戸と呼ばれる地域は、世界で最初に人口が百万人を越えた場所だ。 当時の日本でも総人口が四千万人とか言われていた。


 それでも江戸という町は大きくなり、人口が増えていったのは事実である。


 (この問題、心理カウンセラーが何の関係があるんだろう……?) 撫子は悩んでいたが、結果は出なかった。




 翌日、撫子は役所に向かい相談を受けていた。


 「どうやったら若者にアピールできるかを教えてもらえますか?」 役所の人は、撫子に聞いてくるのだが……


 「あの…… 心理カウンセラーの仕事とは異なりますが」 撫子は、困った様子で職員に言ってしまうと


 「すみません。 確かに個人さん向けでの仕事ですもんね…… こんな大がかりな仕事は無理ですよね……」 


 職員が残念そうな表情を見せると


 『カチン―』 撫子が不機嫌そうな顔をする。

 (やっぱり、ここの連中は……) 


 どうしても他の人を見下したり、差別化を図ろうとする性質らしい。


 「まず、そこからじゃないですかね」 撫子は勢い任せの物言いをすると、

 「はい? どこでしょうか?」 職員は驚いた表情を見せる。



 「あの、すみませんが…… さっきから差別的な物言いに聞こえるのですが……」 


 「そうですか? そんな意味ではありませんが……」

 職員がムッとした表情を見せると


 「はい。 凄く不快になりました。 帰らせていただきます」 撫子は、勢い任せに頭を下げ、足早に役所を出て言った。



 「もしもし、お母さん……」 撫子が実家に電話をし、藤子は車を走らせた。


 「何があったのよ?」 藤子が焦った様子で役所に来ると、

「なんか、新鮮な景色が見たい……」 撫子は滅多に言わない事を言い出した。



 そこから車を走らせ、着いたのは


 「うわ~ 久しぶり~」 撫子が来たのは観光でも有名な錦帯橋である。

 レトロな橋が架かり、絵になる場所だ。


 少し離れた場所では写真を撮っていたり、絵を描いている人がいる。



 (こういう雰囲気で、誰でも受け入れる雰囲気なんだよな……)

 これは、外国でも同じであろう。 移民を受け入れる国もある。 時として問題も発生してしまうが、その姿勢こそが国のあり方を物語ってしまう。



 それは、移住者だけという問題ではない。 カウンセラーという仕事は、基本的に誰の言葉でも耳を傾ける。


 傾聴というのが基本だからだ。


 しかし、頭の固い人には理解できない。 むしろ理解しようとしないのだ。


 (そう考えると、役所の人と一般の人。 日本人と外国人。 大人と子供、男と女…… 何かと壁があるのよね……)


 撫子は、今回の帰省で人との壁を知ってしまう。 意外にも個人を相手にしていると気づかない事があったのだ。



 そのまま帰宅して、撫子は職場に電話を掛ける。


 「もしもし、由奈? そっちはどう?」

 「それなりに出来ているわよ。 撫子はどう?」


 こんな会話をしていると、遠くに来てしまったと感じてしまう。


 (ここじゃないな…… 私は房総の人になったんだ) そう思うようになっていた。


 翌日、撫子が役所に向かうと

 「なんだか分かったような気がしました。 町というのは個人の感情の集まりなんだと思います。 これは専門家が頭を捻っても解決しないと思いました。 今回は辞退させて頂きたいと思います」


 撫子が頭を下げ、役所を出ようとすると


 「待ってください! 何かありましたか?」

 役所の職員が止めにくる。 この職員は昨日、撫子と話していた職員だ。



 「はい? 何がでしょうか?」 

 「急に辞退だなんて…… 私たちが何かしましたでしょうか?」

 職員が焦った表情になっていると


 「貴方が、大がかりな仕事は無理と言ったじゃありませんか」

 「いや、そういう意味じゃ……」 



 「それで決心がつきましたので……」 撫子が職員を睨む。


 職員は言葉を失ってしまった。



 「私は、頼ってくる人を助けたいのです。 それを待っている人の為に神経を使っていきたいので、失礼します」

 撫子は役所を出ていく。 職員は言葉を失い、黙って見送るしか出来なかった。



 その後、撫子の実家に職員と上司がやってきて謝罪をする。

 「この度は失礼をしました……」 上司と職員が頭を下げるが、撫子は黙って見ていた。 特に笑顔を見せることもなく、無表情で謝罪を受けている。



 「ナデシコ……」 困った藤子は、撫子を見る。

 撫子は黙って、職員を見つめていた。


 「では、何の為に私にオファーをしたのでしょうか?」

 撫子が重い口を開くと、


 「ここの出身で、有名な方に……となったからです」 上司が答える。



 「では、見る目が無かったのですね。 私は心を癒やすのが仕事です。 アピールなら、もっと有名な方をお勧めします」 撫子はかたくなに拒否をする。


 役所の者は、黙って帰っていくしかなかった。



 「どうして、あんな上からの物言いで困ったら形式の謝罪だけで済ますのやら……」


 これは日本の文化なのだろう。 『頭を下げる』ことは悪くない。 立派な事だが、形式的なやり方は相手に伝わってしまうものだ。


 そこには『誠意』というものが欠けていたのだ。 心理カウンセラーの撫子には、雰囲気で伝わってしまったのだ。



 「役所の仕事は無駄な時間だったけど、実家に帰ってこれたのは良かった」 撫子が微笑む。 これには藤子も笑顔になっていく。



 そして翌日、またもや役所の人が謝罪にやってくる。

 撫子は唖然として (役所ってのは暇なのか?) と、さえ思ってしまう。



 「申し訳ありませんが、私は帰らなくてはいけないので……」 

 撫子が言うと、


 「大変、申し訳ありませんでした」 職員たちは戻っていった。


 後日、撫子の実家には依頼料を持った職員がやってきたと言う。



 「んっ?」 撫子は房総に戻ろうと駅にやってくると、見知った男の人がキョロキョロしている。



 「八田先生……」 撫子が声を掛けると、

 「久坂さん? どうしてここに?」 八田は目を丸くしている。


 「こっちの台詞ですよ。 どうして山口に?」

 「学会で来たんだよ。 それと、知り合いが居て挨拶に……」


 そんな久しぶりの会話に、八田の知り合いがやってくる。

 「それじゃ、先生……」 撫子は笑みを浮かべ、駅の中に入っていった。



 「久しぶりだな、八田……」 「そうだな、佐竹……仕事はどうだい?」


 「いや~ 町のアピールで四苦八苦だよ。 アドバイザーを呼んだら、不機嫌にされちゃって……」


 撫子は駅の中である。 八田の知り合いとは、撫子を怒らせた役所の人だった。




 その頃、『てのひら』では、小坂が頑張っていた。

 「矢野さん、よくいらっしゃいました。 いかがお過ごしでしたか?」


 矢野やの 誠二せいじ 27歳の会社員だ。


 矢野は会社を病気療養で休職している。 パニック障害から、うつ病になってしまった。


 「なかなかカウンセリングにも来られなかったですもんね……」 小坂は話しながら、矢野の全体を見回している。 身体のチェックだ。


 まずは痩せたか、太ったのかを見る。 精神薬は太りやすくなる性質を持っている。 これは喉が渇きやすく、大量に水を飲んでしまい浮腫みやすくなってしまう。



 「カウンセリングに向かおうとすると、身体が動かなくなってしまって……」



 「いいんんですよ。 私も此処に来させようと無理をさせてしまったようで……」 小坂が労るような言い方をするのには理由がある。 それはカウンセリングに来られた事を誉める時に使う言葉だ。



 精神が疲弊してくると、思いのほか身体に影響してくるものだ。

 そうすると、義務のようにカウンセリングに行こうとする。 また、そういう生真面目な人こそ精神をすり減らしていくのだ。


 それに対し、小坂は労りの言葉を掛けるのだ。 撫子は、お人好しな部分があるので「無理なら休んでいいんですよ……」 などと言ったりする。


 それでも頼って『てのひら』に来てくれる人を大切にする。 

 小坂は笑みを見せ、クライアントに向き合っていくのだが……


 やはり、病院やカウンセリングになるとクライアントには辛いものである。


 そんな心境を小坂は理解している。 身体が動かなくなる理由は


 ・話せる準備が整っていない。 「何を話せばいいんだろう……」 辛いことを話すのには体力や気力を消耗してしまったりする。


 ・カウンセラーの聞き方・関わり方が合わない。 これも相性ではあるが、クライアントは繊細な心である。 しっかり受け止めてあげないと、余計に傷ついてしまうものだ。


 ・きちんと話さないといけないと思ってしまう。 無理して完璧に話さなくてもいいのです。ありのままを話してくれればいいのです。 


 ・どう思われるか?気になってしまう。 カウンセラーは気にしません。 全てが個性と思っているので、気にしなくても大丈夫。


 ・迷惑を掛かけたくない。 カウンセラーは相談を受けるのが仕事であり、それを喜びとして仕事をしている。 気にしないで話してほしい。



 このように、たくさんの気苦労の中で生活をしている人が多い。 カウンセラーでも葛藤の中で生きている。


 「矢野さん、よく頑張って来てくれましたね。 また来られそうな時に予約してくださいね」 小坂はニコッとする。



 「すみません…… 自分勝手な予約をしてしまいまして」 矢野が目を伏せると、

 「全然……! また顔を見せてくださいね」 小坂が笑顔で応える、



 「顔を見せてください」 という言い方も、テクニックのひとつなのだ。


 本来なら「また予約をしてくださいね」 「また来てください」という言い方になるが、撫子が使っている「顔を見せてください」には縛りが感じられないからだ。



 気軽に寄れるような雰囲気を出している撫子のテクニックを小坂も使っている。


 「はい。 また……」 矢野は安心して出て行く。


 「さて、看板を消してファイルするか……」 小坂が外の看板を消すと、

 「ただいま~」 撫子が帰ってくる。


 「おかえり。 今、終わったとこ」 

 「コーヒー淹れるね」 撫子は久しぶりの事務所で笑顔になっていた。



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