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第五十話 見る目

 第五十話    見る目



 「こんにちは……」 この日、予約していたのは石橋だった。

 「こんにちは、石橋さん。 如何お過ごしでしたか?」 


 石橋は彼氏を亡くしてから落ち込んでいて、それを小坂が献身的に支えて立ち直った女性だ。



 「はい。普通に生活が出来ています。 仕事にも戻れるようになりました……」

 石橋は笑顔で答えると、


 (しっかり受容が出来た。 安心だけど、どうして来たのだろう……)

 小坂の頭の中で、あらゆる想定が巡っていく。


 フラッシュバックのように寂しさや悲嘆に襲われることや、何かの出来事で思い出してしまうなどのことも考えられる。


 「いえ…… ただ、ふと寂しい時はありますが…… 今は有名人を追いかけたいと思いまして」


 「有名人?」 小坂が首を傾げると、

 「これです♪」 石橋がバッグから雑誌を取り出す。


 それは撫子と小坂が記事になった物だった。


 「うぐっ―」 小坂の息が詰まる。



 「石橋さん、見てしまったのですね……」

 「はい。 それで、会いたくなって来てしまいました」 


 石橋の笑顔は素敵で輝いている。 小坂は見ると、安心した表情になった。


 「こんにちは~」 石橋のカウンセリング中に、数人の声がすると

 (誰? 予約?) 小坂が慌てて入り口に向かい

 「すみません。 ただいまカウンセリング中でして…… あっ!」


 『てのひら』に入ってきたのは、石橋と一緒に海に行った三人だった。

 「みなさん……」 小坂が驚いていると



 「雑誌に出たと言うから、石橋さんと話して来てみたのよ」

 年配の女性が言う。 グリーフをしてからも交流が続いていたようだ。


 (よかった…… こうしていれば、安心だわ) 小坂に笑みがこぼれる。



 「それで久坂先生は?」

 「今、観光課で打ち合わせをしていますよ。 もうすぐ帰ってくると思いますが」


 小坂が答えると、静かに玄関が開く音が聞こえる。


 「戻りました~」 小さい声で撫子が言うと、

 「おかえりなさ~い」 石橋やグリーフのメンバーが笑顔で声を掛ける。



 「みなさん……」 みんなの笑顔に撫子の笑顔も溢れていく。



 「それで、観光大使になった感想は?」 グリーフのメンバーが聞いてくると、

 「観光大使というか、そのアドバイザーという役目なんですよ」

 撫子が説明をすると、この話でも盛り上がる。



 そんな時 “ピンポーン” チャイムが鳴ると

 「外来かな? 行ってくる」 撫子が玄関に向かい、ドアを開ける。


 そこには頭を下げた一人の中年男性が立っていた。



 「こんにちは。 ご予約でしょうか?」 撫子が聞くと、

 「いえ、予約はしていませんがアドバイスが欲しくて……」 男性は沈んだ表情で頭を下げる。



 「こちらにどうぞ」 撫子が自身のブースに案内をする。 小坂は石橋のカウンセリングの時間だったからだ。



 「こちらが問診票になります。 これを書いてからが、カウンセリングになりますので……」 撫子は問診票と鉛筆を置いて席を外す。


 小坂のブースに集まった石橋たちは声を押し殺す。 騒いでいたら他のクライアントに迷惑になるからだ。



 それから数分後

 「すみません。 書けました」 男性が声を掛けると

 「では、よろしくお願いします。 カウンセラーの久坂です」 撫子は資格者証を見せて頭を下げる。



 撫子が問診票を目で追っていく。 

 (眠れない、アドバイスが欲しい……経営者かな?) 


 男性の名前は 奥村おくむら 忠夫ただお 五十九歳。


 「私、会社を経営していまして……」

 奥村は、自身が経営する商店のことで悩んでいた。


 当然ながら赤字など、経営者なら深刻な問題を多く抱えている。



 「そうですね。 悩んでいらっしゃるのですね。 奥村さんは、どんな会社なのでしょうか?」 撫子が詳しく聞いていく。


 そこには大きな問題となっていることがあった。


 ひとつは人材不足。 そして業績悪化で会社が立ちゆかなくなったとのことだ。



 「そこは経営コンサルタントなど、いかがでしょう?」 撫子が提案するのだが……


 「そうなると、莫大な費用が掛かるじゃないですか? せっかくなので観光大使に聞いてみようかと思いまして……」 奥村は両手を膝の上に乗せて拳を握っている。



 「すみませんが、経営の相談になると私どもでは難しいかと……」

 撫子も必死で傷つけまいと断っている。


 そこで陥る先々を考えてしまう。


 不眠、うつ病や適応障害。 あらゆる精神疾患と呼べるものを引き起こしてしまう。


 撫子は考え、言葉を選びながら探っていく。



 「まず、奥村さん自覚症状はありますか?」 撫子は身体の不調から探っていくことにするが、


 「それより会社が……」 奥村は会社の売り上げが頭いっぱいで、自身の管理などが遠くに行っていしまっているようだ。



 (これでは川越さんと正反対だな……)


 川越は会社を良くするためにカウンセリングに通っている。 不調などはないが、正常を維持するためにカウンセリングを受けていた。


 その為か、一度は曲がってしまった心のズレを見直すことが出来たのだ。



 (奥村さん、このままじゃ……)

 撫子がCBTの用意をする。 行動認知療法だ。


 「奥村さん、ここに集中してください。 ここで会社の事を考えていても、答えは出ませんから……」 撫子は、少し強めの口調になる。



 隣では、 「大丈夫かい? なんか様子が変だったよ……」

 小声でグリーフのメンバーが話していると


 「何かあるから来る場所でしょ?」 小坂がニコッとする。

 「行ってあげなよ」 年配のメンバーが言うと 「ありがとうございます。 今はナデシコがやっているから……」 小坂は安心した表情を見せる。



 奥村は、撫子の質問に答えていく。 しかし、撫子には納得できないことがあった。


 「奥村さん…… 少し読み取りをしているのですが、本当に困っています?」

 撫子がCBTの手を止めてしまう。



 「どうしてですか?」 奥村が驚いた表情を見せると

 「すみません…… 人には度合いがあると思うのですが、この感じだと見えないんですよね……」


 「何が見えないのですか?」


 「はい…… 無理に困っているようにしか見えなくて……」 撫子はCBTの用紙を見ながら首を傾げる。



「どういうことでしょうか?」


「説明いたします…… まずここです……」

 撫子が用紙を奥村に見せ、説明を始める。



 ここにあるのは、『認知』『行動』『感情』『身体』 この四つのバランスを確認している。 その中からズレを生じるものがあると、全体の歯車が噛み合わなくなってしまう。 


 CBTとは、そこからのズレを探し出して緩和させていくものである。

 しかし、 (どこも異常がない……)



 「奥村さんは、全てにおいて正常とも言える回答なのですが……」

 撫子は奥村の目を見ると


 「すみません…… 自信がないんです」 奥村が突然、テーブルに突っ伏してしまう。


 「奥村さん! 大丈夫ですか?」 撫子が声を掛けると、奥村は弱気な顔になっていた。



 (まさか…… かまってちゃん……?) 撫子の額に汗が流れる。


 (撫子、地雷を踏んだか……) 同時に小坂が感づいて、裏の通路から撫子のブースに顔を出す。


 そして、手で合図をする。 その指は人差し指で円を描き、自身の胸に人差し指を置く。


 これは周囲の意識を集めて、自身の胸に置いていく姿。

 つまり『かまってちゃん』の合図だ。



 これは撫子と小坂だけのサインであり、他のカウンセラーと統一している訳ではない。



 『てのひら』が人気となり、多くのクライアントが押し寄せる中には話のネタに来ている者もいた。


 そして、このクライアントも同様なのだが……


 (最近、多いのよね…… 男の人のかまってちゃん) 撫子は奥村を黙って見つめている。



 『かまってちゃん』とは周囲の意識を集めたがっている人のこと。 つい女の人っぽく名前が付いているが、結構 男の人も多いのだ。


 その特徴として、 ・承認欲求が強い。 ・一人でいるのが苦手。 ・SNSの更新が早い。 こんな人が多いと言われている。


 どうしても男女ともに嫌われる性質なのだろう。


 【依存が激しい】 承認欲求が強く、寂しがりでもある為に自己肯定感が低い。 それにより、誰かに依存して必要とされたいと思ってしまう。



 【自分勝手に人を振り回す】 自分が注目を浴びたい時、一人になりたくない時には電話をしたりとお構いなくやってくる。



 【関心を集めたりするのに嘘をつく】 関心を持たれる為に、根も葉もない事を言って、関心を持たれようと嘘をついてしまう事がある。



 【彼女(彼氏)がいても浮気をする】 好きな異性に不安が生じると、関心を引く為か他の異性と関係を持ってしまうことも…… それで嫉妬の目を向かせようとする人もいる。



 (甘えん坊みたいのは可愛いと思ったりするけど、浮気はね……)

 奥村は何も話していないのだが、勝手に想像をして苦笑いをする撫子であった。



 「それで、どうでしょう……? 私はどうやったら……」 奥村が聞いてくると、


 「治したいということですか?」 撫子の冷たい目が奥村を刺す。


 「えっ?」 奥村の目が点になる。


 「ここはカウンセリングの場です。 奥村さんの問診表には「話を聞いてほしい」にマルがしてあります。 それで、後は何がありますか?」 撫子が凄むと、奥村は料金を払い、トボトボと帰っていく。


 すると、グリーフのメンバーが心配をして撫子のブースにやってくる。

 「久坂先生……」 石橋が声を掛けると、


 「ナンパですね……」 撫子が不機嫌そうな顔をする。



 「たまにはいいじゃない♪ 撫子、ナンパなんかされないんだから……」

 小坂が笑顔で言うと、


 「由奈…… しばらく新規、あげない」 

 「えーーっ?」 


 クライアントと共に笑いあえる、今日も楽しい『てのひら』であった。


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