表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/57

第四十九話 飛躍

 第四十九話    飛躍



 撫子の運営する『てのひら』が雑誌に紹介され、見学や利用する人たちが増えていくと


 「撫子…… もうパンパンよ! 予約が3ヶ月先まで埋まっているわ」

 小坂がホームページの予約を見せると、

 「まさか、こんなことになるとは……」 撫子も困った顔になっている。



 雑誌に載ってから予約が増えて、営業時間を遅くまでしたが……

 (これは流石に……)



 そして営業時間、 “ピンポーン” 早くもチャイムが鳴る。

 「もう時間か…… はーい」 撫子が玄関に向かうと


 「吉野さん! お元気でしたか?」 撫子が笑顔になる。


 吉野 留美子。 更年期障害で憂鬱になって『てのひら』に相談しに来た女性だ。


 「はい。 病院で薬を貰い、久坂先生に相談をしてもらってから楽になりました」


 「良かったです。 それでも体調が悪くて予約を……?」 撫子は吉野の表情を確認する。


 「いいえ…… むしろ、良くなって元気です。 そこで相談なのですが……」

 吉野が笑顔でバッグから書類を取り出す。


 「??」 撫子が首を傾けながら吉野を見つめていると、


 「これです。 履歴書を持ってきました。 仕事が落ち着いてきたので、前に興味を持ってから心理カウンセラーの本を読み漁りました。 そして、これを……」 吉野は、恥ずかしそうにしながらクリアファイルに入った資格者証を見せる。


 「吉野さん、取ったのですか?」 撫子が驚くと、

 「先生みたいに凄い資格じゃないですけど……」


 心理カウンセラーなどで使う資格は、公認心理士が国家資格である。 そして大学院などで学び、民間の資格ではあるが臨床心理士がある。


 求人などで募集しているのが、この2資格が多い。 しかし、吉野のように勉強して民間の資格から起業するカウンセラーも増えてきている。



 「それで……」 吉野が恥ずかしそうにモジモジする。

 「はい、どうしました?」 撫子が言葉を待っていると、


 「ここで学ばせてもらえませんか? 受付から教えてもらえないでしょうか?」 吉野が真剣な表情で撫子を見つめる。



 「でも、吉野さんは お仕事されていますよね?」 

 「はい。 土日や有給を取った時に限定されますが可能ですか?」


 「それは構いませんが、あまり給料も高い訳じゃ……」 撫子が下を向いてしまう。


 「私は勉強をさせて頂きたく来ています。 お給料が欲しいわけじゃありませんから……」 そう言って、吉野がクスクスと笑う。



 「では、よろしくお願いいたします」 撫子が頭を下げると、吉野はホッとした表情になる。


 隣のブースでは、小坂がカウンセリングをしている。

 撫子たちは、裏の休憩スペースで小坂のカウンセリングを聞いている。


 「こうやって、時間が空いている時は聞いて勉強をしています」 撫子が説明をする。 すっかり新入社員のオリエンテーションのようになっていた。



 てのひらの裏の休憩スペースにはテーブルと椅子。 そしてホワイトボードがある。 第一(小坂) 第二(久坂) と書かれたボードがあり、これがカウンセリングのブースとなっている。



 「どちらかが休みの時は名前を消しています。 まぁ、二人しかいないので これは放置していますが」 撫子が事務所の案内をしていると


  “ピピッ ピピッ……” と、音が鳴る。 今の時間、吉野のカウンセリングの時間だった。


 「すみません― カウンセリングの時間でしたよね」 撫子が申し訳なさげな顔をすると、


 「いいんですよ。 なんかドキドキしました。 いい緊張感です」

 吉野は上品に笑う。 



 「ありがとうございました……」 小坂が客を見送る。 そして裏の休憩室に入ってくると、頭を下げている女性を見る。


 「あれ? 確か、撫子が担当している吉野さんですよね? どうしてここに?」 小坂がキョトンとすると、


 「今度から勉強させて頂く、吉野です。 よろしくお願いいたします」

 吉野が笑顔で挨拶をする。


 小坂は毎日のスケジュール管理をしている。 当然、この時間が吉野のカウンセリングだと知っていた。


 「まさか、来てくれるなんて……」



 そして、この日から吉野が裏方で頑張る事になる。

 小坂や撫子は、クライアントに見えないように指で合図をすることが多い。 照明の加減だったり、お茶やコーヒーなどの注文もある。 しかし、飲み物などは基本的に出さないので慣れているクライアントだけとなっている。



 早速、吉野がメモを取り出す。

 (優秀だな…… キャリアウーマンなだけある)


 そして、次の予約までの間に小坂はコーヒーを飲みながらファイルの打ち込みをすると


 「さすが人気店ですね……」 吉野は唾を飲み込む。

 「由奈はエリートですから、時間がなくて……」 撫子は吉野の分は記入していないので時間があった。


 時間がある撫子は、次の予約の確認をする。 「朝イチで由奈が予約表を出していますので、手の空いている方が次のクライアントのファイルを用意します」

 撫子が説明すると、書庫から次のクライアントのファイルを取り出す。

 そして、無言で小坂の横にファイルを置く。


 小坂は終わったカウンセリングのファイルの整理をしているので声掛けは厳禁である。 そっと横に置いておくのが基本なのだ。


 「ありがとう。 撫子……」 小坂が声を出したら用事などを話せる合図となっている。



 「よし、終わった~」 小坂が両手をあげて肩をリラックスさせる。

 「お疲れさまです。 小坂先生」 吉野が頭を下げると、


 「せっかくなので、ここでは下呼びにしましょうよ」 小坂が微笑むと、

 「ありがとうございます。 でも、私は留美子ですが……」


 「はい。 留美さんで」 小坂と撫子がニコッとする。 こうして『てのひら』には非常勤が入ってくれるようになった。

 吉野は生き生きとして休日に『てのひら』にやってくる。


 吉野が三回目の時に、小坂が手で合図をする。 吉野は黙って窓のブラインドを下げると


 (留美さん、凄い……) これには小坂も驚くばかりだ。



 雑誌に出てから撫子と小坂には休みが無い。 

 「もう、何連勤だっけ……」 小坂が呟くと

 「由奈、休んでもいいのよ。 時間調整しなさいね」 撫子が労う。



 そこに一本の電話が入る。

 「もしもし、てのひらですが……」 撫子が電話に出ると、


 「えッ?」 思わず声をあげてしまった。



 「どうしたの?」 小坂が訊くと、


 「なんだか、役所の秘書さんから連絡が来て……」 撫子は困った顔をする。

 「どうしたの? 役所から何?」 小坂が先を待っていると、


 「役所から仕事の依頼だって……」 


 「まじっ?」 小坂が目を丸くする。



 それから撫子が平日のスケジュールを調整する。 ようやく空けた時間に撫子が役所に向かう。


 入り口の受付に行くと、

 「今日のアポイントで来ている久坂ですが……」 

 「少々、お待ちください」 


 そして数分が経つと、「お待たせしました。 観光課に回ってください」 受付の人が説明をする。 撫子は三階にある観光課に向かった。



  “コンコン……” 「失礼します」 撫子が頭を下げて事務所に入ると


 「お待ちしておりました。 久坂先生……」

 そこに待っていたのは吉野だった。


 「留美さん……?」 撫子は目を丸くする。



 「この観光課の課長をしています、吉野 留美子と申します」

 吉野は役所の課長だった。


 (やっぱり偉い人だった……) 撫子は複雑な表情になっていく。



 撫子は、吉野からパンフレットを渡されると

 「この町の観光ですか……」 


 「はい。 そこで久坂さんと小坂さんにアドバイスを頂きたく思います。 ここでの観光大使とかを用意しています」 吉野が笑顔で説明すると、



 「これって、完全な職権乱用じゃないですかっ―」 撫子がパニックになると、


 「いいえ、正しい選択をしたと思います。 会議でも提案させて頂き、今回のオファーに繋がりましたので…… それに、私の一存ではないんです。 ここ出身の芸能人がいる訳でもないし、誰にしようか悩んでいたところに雑誌を見てしまったのです…… お世話になったし、こんな人選があるとはね~」


 吉野が説明をすると、


 「あはっ あはっ……」 撫子は苦笑いするしかなかった。



 日曜日、吉野が九時前に出勤する。

 「おはようございます♪」 来る度に吉野は笑顔になっていく。


 (良い笑顔…… 眩しいくらい)

 撫子は以前の吉野を知っているだけに、身近で違いを感じ取っていた。



 「あの…… ここの予約なのですが、町で予約を入れる形でよろしいでしょうか?」 吉野がパソコンの予約表で確認をしている。



 「はい。 先の方なら大丈夫ですよ」 撫子が受けると、吉野がパソコンを操作して予約を入れていく。


 「留美さん……?」 小坂が驚くと、

「ここは町で押さえさせていただきますね。 よろしくお願いいたします♪」

 吉野が笑顔で予約をすると、


 (これを職権乱用と言う……) 二人は思ってしまった。 しかし、正規の予約なので文句も言えないまま了承してしまう。



 そしてイベントがやってくる。


 「この町のアピール大使。 カウンセリング事務所『てのひら』の久坂代表と、小坂カウンセラーだす!」


 この少し噛んだ紹介により、撫子と小坂がコケる。

 (なんで、この場で「だす!」なのよ…… よくあるけど)



 こうして照れながら人前に顔を出す二人。 大きな拍手の前でアピールをする訳だが……


 「あ……の……」 撫子が小刻みに震えている。

 (うわ~ 凄く緊張してるわ~) 小坂は呆れてしまう。



 「代われ」 小さい声で小坂が言うと、撫子は小坂にマイクを渡す。



 「これからの町を作るには思考と意欲が必要になります。 その為に、精一杯サポートをさせていただきます」


 小坂がアピールをすると、大きな拍手が二人に降り注いだ。

 「由奈、すまん……」 撫子は恐縮してしまう。



 そして『てのひら』が更に飛躍していくのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ