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第四十四話 パズル

 第四十四話    パズル



 この日、洞口が『てのひら』にやってきた。 前回は思うように話せず、順番もバラバラになってしまった男の子だ。



 「こんにちは、洞口君。 顔を見れて良かった」 撫子は笑顔で迎える。

 「こんにちは……あの、書いて紙に……」 洞口は早速、撫子に紙を渡す。


 「ありがとう♪ まず、落ち着いて座ってね」 撫子は笑顔でお茶を淹れる。



 「じゃ、カウンセリングを始めます。 よろしくお願いいたします」

 撫子が頭を下げると、遅れて洞口が頭を下げる。


 (緊張なのかな?) 最初は撫子も、その程度に考えていた。



 撫子は洞口が書いてきた紙を広げ、相談内容を読むと


 (言葉と一緒……バラバラだ……)

 これには撫子も驚いてしまう。


 言葉が定まらず、バラバラに発してしまう人は珍しくない。 しかし、紙に書くと落ち着いている分、伝わるようになるものだが


 しかし、洞口の書いたものは言葉と同じようになっている。

 (それも、何度も消して書き直している……)



 撫子が紙を読んでいると、あることが浮んでくる。


  “発話抑制……”

 これは脳のメカニズムで『言いたいことを言えない』『本音を飲み込んでしまう』などの症状が出てしまう。


 よく『気の弱い人』が言い出せなかったりする人が多いイメージだが、もともと脳には『危険を避けるために言葉を抑える仕組み(発話抑制)』が備わっている。


 洞口のように、言いたい事を言えないのは『自身を守ろうとしているサイン』でもあるのだ。


 撫子は大学院時代に学んだことを思い出している。



 しかし何故、洞口のように発話抑制までしてしまったのかが謎である。

 (こうまでなるには何があったんだろう……)


 「洞口君……手を前に出せる?」 撫子が聞くと、洞口は手を前に出す。

 (指示は通るのね。 あとは意思か……)


 撫子が指示を出したのは、意味がある。 洞口のように自身を抑制するタイプは自身を守ることが精一杯になる。 これにより相手の指示を受け入れなくなってしまうことがあるからだ。



 戦国時代などでも、上官から「いけーっ!」と言われても真っ先に突進していくにも躊躇しただろう。 誰でも『死にたくない』という防御システムが脳にはある。


 自分より強そうな相手とは戦いたくないものだ。


 だが、洞口は簡単に手を前に出している。

 (私への警戒心がないからかな……) 撫子は、少し安心して進められると思った。



 脳では、会話をするときに3つの働きがある。


 1 言いたいことを思いつく(前頭前野)


 2 内容を言葉に変換する(言語野)


 3 言っても大丈夫かチェックする(扁桃体へんとうたい帯状皮質たいじょうひしつ


 このチェック機能が強く働きすぎると、『言いたいことが喉まで来ているのに話せない状態』となっていく。


 これが “発話抑制 ”となるものである。

 撫子は過去の勉強を思い出し、慎重に洞口と向かいあっていく。



 「洞口くん……学校には、どれくらい通ってないの?」

 「1年です」 

 洞口は簡単な言葉は返せるようだ。


 撫子は立ち上がり、「今、飲み物を持ってくるね」 洞口に笑顔を向けると


 「いえ、そんな……」 洞口が断ろうとすると

 「大丈夫。 飲まなくてもいいから」 撫子が笑顔になる。



  “コトッ ” 撫子は、寒い季節なのに冷たい麦茶を持ってきた。

  (さぁ、言える? 冷たい物より、温かい物が良いって……)


 洞口は、黙って麦茶を見ている。

 すると 「先生、ありがとうございます……」 洞口は微笑んだ。


 「いいえ…… 飲んで少し待っててね」 撫子が言うと、紙に書いてあった文字のパズルを必死に解読をしていく。



 (まず、単語を探そう。 鍵があるはず……)


 そこには言葉の順列などを無視した感情や、伝わりにくい接続詞が書いてある。 (単語……これか?) 撫子が、ひとつの単語から探っていく。


 「洞口くん、これから質問するけど答えにくかったら『はい』『いいえ』で答えてくれる?」


 撫子が話すと、洞口は頷く。

 「以前に、友達と思っていた人と『友達じゃなかった』と言っていたわね。 これは本心?」


 撫子の問いに、洞口は下を向いている。 

 (未練があるわよね)


 しかし、数秒が経つと洞口は頷いた。

 (まさか、そんな簡単に関係を打ち切ろうとするの?) 撫子の読みは外れた。



 (防衛システムが強すぎる……) 撫子は、次の単語を探し出す。


 撫子は洞口を見て、次のことを考えていた。


 (過去のトラウマかな? そこまで強く?)



 大体の疾患は、大きく二つに分けられる。

 ひとつは先天性である。 発達障害のように生まれ持ってのものがあったりする。

 ADHDやASDなどの発達障害や、宗孝のHSPも先天性であろう。



 それと、後天的なものであるトラウマなどの後遺症と呼ばれるものに分けられる。


 (洞口くんのようなタイプは、どっちなんだろう……)

 撫子は、見極めるのに苦戦していた。 これは入り口を間違えると、深く心をえぐってしまいかねない。 慎重にならざるをえなかった。



 ここで撫子は大きく息を吸い、思い出している。


 1 【過去に否定をされたことがある】 ・上司に意見をしたら一蹴された。 ・親に『そんなのしたらダメ』と言われた。 ・反論したら関係が悪化した。 などが挙げられる。


 すると扁桃体が「また同じ目にあうかも知れない」と反応して過剰に警戒をして発言を止めてしまう。



 2 【周囲の機嫌に敏感な人】 相手の表情・声色・気分を読み過ぎると、脳は「相手を怒らせないように」を最優先していく。 その結果、「言うと空気が悪くなるかも」「反応を予測すると怖い」となり、本音を封印してしまう。


 これは先天性の人に多いと言われている。



 3 【完璧主義で、正しく話さないと】と思ってしまう。 言葉を発するたびに ・失敗したくない ・間違えたくない ・完璧に話したい と言うチェックが激しくなっていくと、話す前に『脳が過剰な修正作業』を行う。


 結果として、「発言のタイミングを逃す」から「言えない自分に落ち込む」ようになっていく。



 4 【慣れない人間関係や緊張環境にいる】 新しい職場や学校、会議や初対面など、社会的リスクが高い場では発話抑制が働きやすい。 脳は「沈黙=安全」と判断される為、言いたいことが出なくなったりする。



 (なんか、全てが該当しそう……) 撫子にも感染うつったかのように、言葉が出なくなってしまった。



 「あのね、洞口くん……もう時間が近くなってきたのだけど、今度はお母さんと一緒に来れるかしら?」 撫子は、ここでの解決を諦めてしまった。



 「……」 洞口は黙って考えていると、無言のまま頷く。

 (よかった…… でも、言葉を聞き取ることには何の支障もないのね)



 言葉を上手に発ない人は、しっかりと聞き取ることも困難だったりする。

 「怒っているんじゃないか」「間違った返答をしたら不快にさせてしまうんじゃないか」などと考えて脳が萎縮して、正しい解釈が出来なかったりしてしまう。



 そして日曜。 洞口は母親と一緒に『てのひら』にやってきた。

 「すみません。 洞口くんの過去から見たくて、お越し頂きました」 撫子が丁寧に頭を下げると


 「いいんですよ。 私も困っていましたから……」 洞口の母親は笑顔だった。


 「それで、洞口くんは発話抑制というものがありまして……」 撫子が説明をすると、


 「まさか、障害ですか?」 母親は驚いている。


 「断定は医師がするものですが、過去を知れば何かが見えるのではないかと思いまして来て頂いた次第です」


 そして、母親は洞口の過去の様子などを話していると

 「それでは、子供の頃には普通に話せていたのですね?」 撫子は聞きながらメモをしていく。



 「えぇ、そうです。 昔は活発でしたので……」 母親の言葉に、撫子は

 (後天性…… ならば!)


 「お母様、今後の為にトレーニングをされてはどうでしょう?」 撫子が言い出すと


 「トレーニングですか? そんなのがあるのですか?」 母親は驚いている。



「はい。 これは発話抑制が強く働いてしまっているだけですので、トレーニングでは改善や緩和が見られると思いますが。 いかがでしょう?」


 これは長期に渡るかもしれない。 そうなると、金額もそれなりになってしまう…… 撫子は心配になり、母親に話すことを選択したのだ。



 「でも、改善されなかったら……?」 母親が心配そうに言うと、


 「その気持ち、分かります。 誰でも心配になると、前向きにはなれませんよね? 洞口くんも同じだと思います。 だから、言葉を選んでいるうちに言えなくなってしまったのだと思います……」 撫子は、チラッと洞口を見る。


 「そうね……」 母親は下を向いて考えていると


「これは悩んでも仕方ないと思います。 自分たちでは見られない脳の構造を言われても信じがたいですよね…… ゆっくり考えて頂きたいと思います」


 撫子は、話しを打ち切るようにしていく。 これ以上に勧めていくと、『怪しげな占い師』のようになってしまうからだ。



 「これが、洞口くんの相談でした」 撫子は、洞口に出した宿題の紙を母親に見せると


 「これって……」


 「はい。 初めてカウンセリングに来た時、話せなくて時間が過ぎてしまいました。 これではお金も勿体ないので、紙に書いてくるように宿題をだしたのですが……」


 これには母親も驚くしかなかった。 実際、紙に書いても順番もバラバラであり、何が言いたいかが伝わらなかったからだ。


 「そのトレーニングで何とかなりますか?」

 「出来るだけやってみます」 撫子が力強い言葉で返事をすると、



 「よろしくお願いいたします」 母親が頭を下げた。


 「これから、トレーニングの方法を伝えますね」

 撫子は、一つひとつ丁寧にスケジュールを説明していくのであった。



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