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第四十三話 海辺に消ゆ(下)

 第四十三話    海辺に消ゆ(下)



 それから数回に渡って、石橋はカウンセリングを受けていた。

 時間が開くと引き籠もってしまう性質もあり、小坂は石橋の予約を優先させている。


 その間、小坂の予約は撫子が受け持っている。

 「すみません。 小坂の予約が多く、久坂が受け持たせて頂きます……」


 カウンセラーとの相性もある為、代打は難しいのだが

 「いいのよ……小坂先生、人気のカウンセラーでしょ。 いつも聞いて頂いているので、箸休めかしらね……」


 そんな冗談まで言えるくらい、心が回復しているようだが……

 (箸休めなんて……) 納得できない撫子は苦笑いになる。



 小坂は石橋に集中している。 言葉ひとつのサインを見落とさないようにしていた。



 「もう来て頂いてから二週間が経ちましたが、様子はいかがですか?」

 小坂が軽く状態を探る。


 「はい。 ここへも来られるようになりました。 最初はカウンセリングなんて必要ないと想っていましたが、親も心配になって後押しをしてくれましたので……」


 当初は否認や怒りが入り交じっていた状態であった。

 「そうですね。 少しながら顔にも変化が出てきたと思います」


 小坂が石橋の顔色の状態を話し、表情や心を前向きにさせている。

 これには『グリーフには時間がかかる』ことを説明し、健康的な悲嘆ひたんのプロセスをサポートしていくことになる。

 悲嘆……悲しみ、嘆くこと



 そして、次の週には

 「最近、誰かと会ったりしていますか? または、電話とかで話されたりしていますか?」 


 小坂が積極的に語りかけを行っている。 最初は聞く側だったのだが、徐々に小坂からリードをしていく。



 これは『孤独感や孤立感の緩和』である。

 石橋が一生懸命になって話しても、思い出話しや感情を話すのが精一杯である。 これを小坂から話すことによって、『感情を対等』に持っていこうとしていく高等技術である。



 友人などに話すと、つい聞き役になってしまう。

 それは「話、聞くよ」から入るからである。 もちろん、それが悪い訳ではない。



 しかし、話して済むことや済まないこともある。 重い話を延々と聞かされると、友人であっても返す言葉を探すのに必死になってしまう。 


 また、的外れや強引なやり方で失敗すると友情にヒビが入って問題になってしまうからだ。


 真似では難しいのだが、ここで対等の会話に持っていく小坂の技術が光る。



 すると、石橋に変化が現れてくる。

 翌週、石橋がやってくると 「髪、切ったんですね」 小坂が見惚れている。



 「この髪型、何を参考にしたのですか?」 小坂は髪を誉め出す。

 これには意味があった。 ただ、髪型が素敵だからではない。


 (よく、美容院に行くまで決心してくれました……)

 これを一番に誉めていたことなのだ。


 ここで、喪失の軽減と、孤立感や孤独感の軽減が達成されたことになる。

 こうして対等に言葉や心を通わせることが出来ていく。



 最初の同情や哀れみを含んだ会話からも脱却していくことになっていく。



 (なんとか、ここまで来たか…… 最後の段階だ。 ミスは許されない……)

 小坂に気合いが入るが、焦りは禁物である。



 この段階に入ると、急に焦りだすカウンセラーは多い。 ここからは特に慎重にいかなくてはならない。


 それは、『回復の希望と、前向きな生活』が待っているからだ。

 焦って前向きにさせようとすると、心が自立できていない段階で悲しい現実に直面することにより絶望感が襲ってくると耐えきれなくなってしまうからだ。



 田中のように無下に引っ張る必要はないが、見極めも大事である。

 小坂は会話の一つひとつを丁寧に記録している。



 ここ数週間、小坂は熱心にファイルを見返していた。

 そして、小坂が数週間に渡って募っていた援軍がやってくる。



 “ピンポーン” チャイムが鳴ると、撫子が玄関に向かう。

 「すみません、小坂先生に誘われた者ですが……」


 やってきた人たちは三人だった。


 「すみません……よく、いらしてくれました……」

 小坂は笑顔で迎える。 撫子は子供スペースに、小さなテーブルを置く。



 三人の来客は腰を下ろし、笑顔になっている。


 「石橋さん、ご一緒にどうです?」 小坂が笑顔で声を掛けると、石橋はキョトンとする。


 よく分からず、流されるまま石橋は真ん中の子供スペースの中に入っていく。


 「ここに集まってくださった皆様は、愛する人を亡くされた方々です…… 幸せだった事や、今だから言える事を話してみませんか?」


 小坂が言うと、撫子が全員分のコーヒーを持ってくる。

 そこから年配の女性が話しだす。



 苦労だったこと、そこから少しの幸せを見つけたことなどを話していく。

 石橋は全員の言葉に耳を傾ける。



 そして石橋の番が回ってくると、

 「私は彼氏が亡くなって二ヶ月が経とうとしています……それは受け入れられない現実でした……」


 こうして石橋の話が続き、

 「こうして、皆さんと同じ悲しみを持った人たちに会えて良かったです」

 涙を流していく。 これには撫子も小坂も涙を流す。



 そこで、小坂が提案する。


 「来週の日曜日……よかったら、海に行きませんか? そこで、思い出の品を一品、海に流しませんか? 良かった事や、辛かったこと…… そして感謝を持ちつつ、皆さんとの出会いを兼ねて……」


 そんな提案から、翌週……


 「みんな、来てくれるかな?」 撫子がドキドキしていると、

 “ピンポーン” チャイムが鳴る。 小坂が集めた三人である。


 「よく来てくれました……」 小坂は満面の笑みになる。


 「そういえば、石橋さんは?」 三人のうちの一人が聞くと、

 「まだ、来ていないんです……」 小坂の表情が落ちる。



 「まだ整理がつかなかったかな……」



 そんな会話をして、空気が重くなった時

 「すみません。お待たせしました」 石橋が息を切らして『てのひら』に入ってくる。


 全員がホッとした瞬間だった。


 「すみません……思い出の品で一番、思い出深かった物にしようか迷ってしまいまして、悩んで時間が掛かってしまいました……」



 すると、一番の年配の人から

 「そんな、一番大事な物は流しちゃダメよ! もったいない!」


 この言葉に全員が笑ってしまう。 


 「そうですよね。 スマホに入っていた写真と、安物ですが嬉しかったネックレスを持ってきました」 石橋は照れたように笑う。



 (いい笑顔…… 素敵よ、石橋さん)

 小坂は、石橋の笑顔から目が離せなくなっていた。


 「いいですね♪ では、行きましょうか!」 撫子が合図をすると、全員で海辺までやってきた。


 『てのひら』から歩いて10分の場所である。


 「大丈夫かな?」 撫子がキョロキョロする。

 「ナデシコ? 何してるの?」 小坂が覗きこむと


 「ローソク♪ こんな素敵な夕方にピッタリだと思って……」


 火を点け、夕方の海に揺れる炎が笑顔を照らす。


 そして年配の女性が、海に写真を流す。

 「みんな、ありがとうね…… また、頑張っていくからね……」



 そして次々に流していくと、最後は石橋となる。


 「ばかやろうーっ! 置いていくなー! お前の分まで、しっかり生きてやるからなーっ!」


 これを聞いた全員は涙を流し、海に向かって手を合わせた。


 そして、翌週になると石橋がやってきた。


 小坂は笑顔で迎える。

 「先生、これを見てください。 この服、彼とお揃いの買ったヤツです。 この指輪も買って貰ったヤツ……」


 石橋は、プレゼントに貰ったもので身を包んで来たのだ。

 「忘れるなんて無理な話なんです。 だって、素敵な時間を忘れるなんて出来ないですよね♪」


 そう言って、石橋が笑顔を見せる。


 「もちろんです♪」 小坂も笑顔になる。



 そして、カウンセリングが最後の時を迎える。

 「まず、私から…… 私は石橋さんのカウンセリングを担当できたことを誇りに思います。 卒業おめでとうございます♪ 困ったら、また来てくださいね」


 小坂が言葉を締めると、


 「小坂先生……本当にありがとうございました。 小坂先生がいなかったら、私は立ち直れませんでした。 本当に感謝しています……」



 こう話すと、二人は抱き合って泣いた。 


 撫子は、二人に最大の拍手を送っている。



 そして夜、

 「さあ、由奈…… どうぞ!」


 小坂は石橋のファイルに『完了』のスタンプを押した。


 「お疲れ様、由奈……」

 「ありがとう♪ ナデシコ」


 抱き合った二人、同時に腹の虫が鳴く……

 ぐうぅぅぅ……



 「お お祝いしましょうか」

 「へい♪」


 この後、二人は近所の居酒屋で祝杯をあげたのであった。


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