第四十一話 心理カウンセリング
第四十一話 心理カウンセリング
「ふざけんな!」 撫子は田中の事務所で怒鳴った。
「撫子……」 これには小坂も驚いている。
「ちょっと待てよ、久坂……」 田中は動揺していると、
「田中君、もう少しマシなカウンセラーだと思っていたけど……」
撫子は手を震わせている。
「スッキリした。 もう帰ろう、由奈」 撫子が田中から背を向けると、
「久坂、いきなり来て怒鳴って終わりかよ?」
「えぇ、そうよ! 文句なら口コミで沢山、書いてあるもの」
撫子が言うと、田中はキョトンとしている。
「口コミって、何だよ?」
「田中君、そんなのも見ないで営業していたのね……自分を知らないでカウンセラーをしているなんて、裸の王様よね」
これには堪らず小坂まで言ってしまう。
「どういう事だよ?」
田中が言うと、小坂はスマホで口コミのページを見せる。
「えっ?」 田中が愕然とすると
「これがクライアントさんからの評価よ」
そこに書いてあったのは、『偉そう』『解決してくれない』『時間の無駄』などが書かれていたものだった。
「以前の飲み会でも話していたよね…… 通わせてるだけで、稼ぎを優先させるような事を…… 田中君にカウンセラーは無理よ」 撫子が哀れんだように話すと
「お前たちも親父のように馬鹿にするんだな……」
田中は非を認めないようだ。
「そういう考えだから撫子は怒鳴って終わりにしたのよ。 貴方のお父さんがクリニックから追い出したのも頷ける……」
そう言って小坂も背を向けると、
「お前たちに何が分かるって言うんだよ。 商売だろ?」
「そうかもしれないけど、田中君のような商売をしたくないのよ…… 私、撫子から救われたの! だから諦めずにカウンセラーを続けられるようになったのよ。 貴方と撫子は違うの!」
そう言って、二人は帰っていった。
帰りの電車、
「ごめんね、由奈……」 急に撫子が謝る。
「どうしてよ? 何を謝るのよ?」
「だって、こんな無駄な時間を使わせてさ…… 外来だって来たかもしれない訳だし……」
撫子が申し訳ない顔をすると、
「これはこれで勉強になったわよ。 よく体育の先生が失敗すると『今のは悪い見本だ!』って言ってたじゃない」
「ぷっ!」 思わず撫子が笑いだす。
「確かに悪い見本だったわね」 撫子たちのカウンセラーの姿勢こそが正しいと自信を持って言えるようだった。
しかし、カウンセラーにはタイプがある。 もちろん田中のようなタイプは珍しいが、それぞれ得意な分野がある。
不得手な分野でも勉強する姿勢や、クライアントに寄り沿う姿勢がなければ務まらない。
また、その姿勢をクライアントは見ているということだ。
今回の田中が教えてくれたことになる。
「今回、口コミを初めて見たよね……田中君」
撫子は恫喝した後、少しの後悔を覚えた。
「そうだろうね……」 これは二人に対しての戒めでもある。
撫子の後悔とは、仁科の事であった。
(もう救えないカウンセラーにはならない。 でも最初から田中君のスタイルだったら、あんな悲しみを受けなくても良かったのかも…… クライアントも十人十色。 それはカウンセラーも一緒だ…… 田中君に怒鳴って悪かったな)
撫子たちを乗せた電車は、ゆっくりと房総に向けて走っていく。
小坂が『てのひら』のホームページを開くと、
「うげっ― 田中の所で時間を潰しているんじゃなかった―」
「どうしたの?」 撫子がキョトンとする。
「予約……外来で来たみたい。 それから予約を入れてくれたみたいだけど」
「よかった…… 確かに田中君に時間を取っている場合じゃなかったね」
そう言って、二人は房総に帰っていく。
翌日、朝から二人のブースにはクライアントが座っていた。
近年、カウンセリングが社会に浸透するようになった。
学校だけでなく民間でも資格取得できるだけあって、開業も進んでいき誰しもが耳にするようになっている。
それと同時に、人の心も複雑になっていく。
昔では無かったような事が、現代では数多くの障害や病気となっている。
そして、カウンセラー泣かせなクライアントも出てきた。
「……」 撫子は向かい合うクライアントに苦戦している。
それは、カウンセラーと相性が良くないと言われる人である。
田中の悪い口コミで何人かのクライアントがやってきた。 しかし、『クライアント不信』を持っている人も居るのだ。
そういう人は、カウンセラーとしても難しいものである。
ここで説明するのは、カウンセラーが困るクライアントである。
・すぐに結果を求める カウンセリングとは長期で行い、繰り返しながら進んでいくので早期の結果を求める人には向いていない。 カウンセリングは薬でも魔法でもないのだ。
・カウンセラーを信用していない カウンセリングとは、話し手と聞き手の信頼関係が重要である。 信用していないクライアントは、悩みや考えを素直に話してくれない。 そうなると、カウンセラーの力も発揮できなくなってしまうのだ。
・過去にカウンセラーで失敗した カウンセラーと相性が悪かったり、悩みが解決できなかったりすると「今回もうまくいかない」などと思ってしまう。 実際、そのカウンセラーと合わなかっただけで、きっと相性が良いカウンセラーも居る事を知ってもらいたいものだ。
また、カウンセリングが必要な人も存在する。
・まわりに頼るのが苦手な人
・自分で悩みを解決しようとする人
・薬物療法だけでは改善されない
このような方は責任感が強く、周囲に弱みを見せようとはしない。 自分だけでは解決できないこともあるので、思い切ってカウンセラーに相談するのも良い。
精神疾患の方は薬物療法と平行してカウンセリングを行うこともある。
カウンセリングの中で、自分の性格を見つめ直すことで効果が期待されている。
こういう方の為に『てのひら』は懸命に頑張っている。
「……」 しかし、今回のクライアントは難しかった。
撫子も『待つ』というより、言葉を詰まらせている。
これは、カウンセリングに来た目的である。
(何を求めて来たのだろう……)
撫子は会話の突破口を探しているが、まったく見つからない。
洞口 等弥 19歳である。
洞口は問診表には書いてある『悩みを解決したい』の所に記しをつけていた。
しかし、「あの…… あっ、やっぱいいです」 この繰り返しだった。
(何かを言いたい……けど、何に詰まっているんだろ?)
撫子はキッカケを探していた。
何かを言いたいが、止めてしまう。 それだけでは
ヒントにもならない。
「何か取っかかりになるものはありますか?」 撫子が話し出す。
普段は『待つ』ことが当たり前なのだが、時間で来ているので仕方なく話しかける。
「あの……話があるんですけど、上手く言えなくて」
ようやく洞口が言い出すと、
「うん。 言って……」 撫子は優しい口調で答える。 しかも、お姉さん口調で敬語を取り除く。
すると、「学校に行けなくて……」 洞口から話しが出てきた。
(この方が聞きやすいか……)
これも撫子のテクニックである。 時間は掛かったが、ようやく洞口とタイミングが合ってきた。
これも『少し年上の優しいお姉さん』を演出して引き出したのだ。
「うん。学校に行けなくなったんだね。 辛いね……」 撫子はオウム返しをしながら次の言葉を待つと、
「学校に……でも、仲良くしてて……友達と思って……」
このように、言いたい事があっても定まらずに順番がバラバラになってしまうこともある。 これを撫子が紙に書き、順番を整理していく。
まさに言葉のパズルである。
「学校に行けなくなったのは、友達と思って仲良くしていたと思ったら違ったのかな?」 撫子が聞くと、洞口が小さく頷く。
(ふぅ……合ってて良かった) これもカウンセラーがホッとする瞬間でもある。
そこから撫子が理解した事を話していくと、洞口は頷いていく。
これも『始まり』である。 ここからがカウンセリングなのだが、
“ピピッ ピピッ ” 時間を知らせるアラームが鳴る。
「ごめんなさいね。 ようやく話せてきたんだけど時間が来ちゃった」
撫子が謝ると、洞口は下を向く。
(そんなに悩んでたのか……)
「次はスムーズに進むように、お姉さんも頑張るからね」
撫子が言うと、
「いいんですか?」 洞口が驚いた表情を見せる。
「もちろん♪ でも、宿題を与えていい?」
「はい……」 「話したいことを紙に書いてきて。 そうすると、いっぱい話せるからね」
そう伝えると、洞口は数枚のコピー用紙を受け取った。
「またおいで」 撫子が手を振ると、洞口は頭を下げて帰っていった。
(これからスタートだよ。 がんばれ洞口くん)
撫子はカウンセリングが好きだ。
心理カウンセラーとして、新たな挑戦を決意していく。
「ナデシコ~ 寒いよ! 早くドア閉めて~」




