第四十話 恫喝
第四十話 恫喝
橋本がカウンセリングでの出来事を話し始め、小坂がメモをしながら聞いている。
「それは辛かったですよね……」
後ろで撫子も聞いているが、その表情は重く困ったようにも見える。
「カウンセリングでの苦労、色んな方からの話を聞きます。 ゆっくりと前に進めていきましょう」
こうしてカウンセリングが終わり、橋本が帰っていく。
「ふう……」 小坂がため息をつくと、
「由奈、コーヒーでいい?」 撫子が声を掛ける。
小坂がファイルの整理をすると 「コトッ」 コーヒーの入ったマグカップを置く。
「ありがとう」 小坂は笑顔だが、
「由奈……分かっていると思うけど、これは感覚の話だからね……」
「わかってる」
撫子の言葉に、小坂は笑顔で頷く。 これには理由がある。
病院やクリニック、そして撫子のようなカウンセリングを行っている場所は数多くある。 また、そこに通っているクライアントも数万人いると言われている。
当然ながら通わなくなった者もいる。
身体が思うように動かない。 一回試したが合わない。 気が乗らなくなっていく…… など、理由は様々である。
ただ、そうだからと言っても何もしなければ変わらない現状もある。
クライアントが毎日のように苦しい思いをしなければならないからだ。
そこで、「どんなカウンセラーなんだろ?」 小坂は橋本が通っていたカウンセラーの場所を検索してみる。
“カタカタ……”
「あった。 ふむふむ……」 小坂が見ていると、撫子が興味深く画面に顔を近づける。
「何も悪くなさそうだけど……」 撫子が言ったのは、カウンセリング事務所の外観である。
「外観とカウンセリングは違うでしょ!」 当然ながら小坂がツッコミを入れる。
「問題は口コミよ」 小坂が口コミの部分をクリックすると、
「何コレ……?」 二人は唖然とする。
そこにはカウンセラーの名前が書かれ、数多くの悪口が書かれていた。
しかも、カウンセラーの名前が 田中 健斗と書いてあった。
「えーーッ? 田中君??」 これには二人も驚きである。
田中とは二人の大学院時代の同級生であり、以前に秋葉原で飲み会をしたメンバーだった。
そこで撫子は思い出す。
(確か、お父さんのクリニックで働いていて……そこから卒業させないで引っ張る……)
「撫子、やっぱり田中君は変わらないんだろうね……」
「それにしても、どうして千葉に?」 撫子は不思議に思った。
田中が働いていたクリニックは東京である。
「まあ、いいわ…… 橋本さんの件、お願いね」 撫子は次の予約の為の準備を始める。
そして撫子が担当するクライアントがやってくる。
「寒くなってきましたね。 奥のブースへどうぞ」
クライアントが奥のブースへ入ってくる。
倉敷 まどか 24歳のフリーターである。
倉敷は短大卒業して就職。 事務員として働いていたが精神を壊して退社をしている。 そこからは単発バイトをしているとのこと。
「倉敷さん、最後は去年でしたよね。 いかがお過ごしでしたか?」
撫子が笑顔で話すと、倉敷は苦笑いをする。 一年近く、カウンセリングに通わなかったからだ。
「すみません……困った時に来てしまって……」 倉敷が気まずそうにすると、
「いいんですよ。 それより、ここに来てくれるだけで嬉しいです」
これは撫子の本心だ。
心の不調からカウンセリングに来ていて、それからアルバイトが出来るようになっただけで安心していた。
「倉敷さん、前回のカウンセリングから時間が経ってしまったので問診票をお願いできますか?」 撫子が問診票を倉敷の前に置くと、
「以前のは使えませんか?」 倉敷が素朴な疑問を話す。
「まったく同じでしたら構いませんよ。 ただ、時間も経っていて倉敷さんにも変化があったでしょうし……」
撫子が言うと、倉敷は涙ぐむ。
「確かに、色々とありました……」
「はい。 全てを聞きたいと思います」
それから倉敷は、問診票を書いていく。 撫子は呼吸を合わせるように書いている姿を見ている。
そして5分が経つと
「それではカウンセリングを始めます。 よろしくお願いいたします」
お互いに頭を下げる。
すると、倉敷から相談が始まる。
「以前に久坂先生のカウンセリングを受けて、その後も色んなカウンセラーの方ともあったのですが……どうもピンと来ずに転々としてしまいまして……」
倉敷は、合うカウンセラーを求めて転々としていたようだ。
「はい。それは良いことだと思います」 撫子が微笑むと、
「なんか裏切ったようで申し訳ないです……」 倉敷が反省をしたような表情になる。
「どうしてです? 倉敷さんは間違っていないですよ。 今や、病院でもセカンドオピニオンという言葉もあります。 これは倉敷さんが満足の為にあるものですから……」
「そうですね……」 倉敷がホッとした表情をすると、
「ただ、倉敷さんが何を求めているのかを知りたいのです」
撫子が単刀直入に聞いていく。
これには意味があった。
「今まで倉敷さんは何を求めてカウンセリングに向かったのでしょうか? それには満足が出来るカウンセラーに会えなかったことを指しますが、何を求めていますでしょう?」
「それは……私にも分からないのです……」
倉敷は困った表情を見せる。
撫子は口には出さないが、仮定として浮んでいることがある。
・解離性障害 ・統合失調症などである。
他にも話せない障害は存在するが、ほとんどが該当しない。
そして……
「もしかして、倉敷さんはカウンセラーにアドバイスを求めていませんか?」
撫子の質問に、倉敷はドキッとする。
「あの……それも困ってしまいまして」 倉敷の声が小さくなると、
「倉敷さん、基本的にカウンセラーからアドバイスをすることは滅多にありません。 どうしてもと求められたら、アドバイスというよりヒントだと思っていただけたらと思います」 撫子は毅然とした姿で言い切る。
「でも、カウンセリングって相談じゃないですか?」
「その通りです。 それは目標や目的に沿っての相談を受けています。 ただ、倉敷さんの目的が分からないのが現状なのです」
会話だけ捉えると、撫子が怒っているかのように思えてしまう。
小坂が聞き耳を立てていると
「倉敷さん、求めている事を紙に書けますか?」 撫子が提案すると、
倉敷がペンを持つ。
撫子は、倉敷の姿を見つめる。 しかし、倉敷は書けなかった。
「ただ、漠然とアドバイスが欲しかったのですかね?」
撫子は言葉を小さめ、そして囁くように話すと
「そうなのかもしれません……」
「わかります…… 何かが不安で、何かに救いを求めているようでした……」
「はい。 ここに来て、その不安が分かった気がしました……」
倉敷は涙ながらに見えない不安を話す。
(以前に八田先生が言っていた、『全般性不安障害』かな?)
撫子は作家などに起こる障害などを思い出す。
これは見えない不安や恐怖が襲ってきてしまう病気である。
芥川龍之介も死ぬ間際に『見えない不安が襲ってくる』と漏らしていたらしい。
撫子は注意深く倉敷を見つめる。
「倉敷さん、些細な不安でも構いません。 順序など気にせずに話してもらえますか?」 撫子がペンを持って構えると、
「以前、カウンセラーに心配や不安を話すとアドバイスを頂きました。 でも、そこから自分が怖くなってしまいまして……」
倉敷が涙ながらに話し出すと、
「そのカウンセラー、名前は覚えていますか?」
「これです……」 「―っ?」
倉敷が出した名刺には『田中 健斗』と書かれていた。
「この名刺、コピーして構いませんか?」 撫子の表情が厳しくなる。
「はい……」
そしてコピーをすると、ファイルの中に挟む。
「それで倉敷さん…… 不安は貴女のせいじゃないような気がします。 もっと別に原因がありそうです」
撫子の言葉に倉敷は驚きの表情を見せる。
「どうしてですか?」
「今、私と話していて不安がありますか?」
「そういえば……」
「このように楽に話してくださいね。 これも個性ですから……」
「個性なのですか?」 倉敷が驚いていると、
「はい、個性です…… 一人ひとり顔が違うように、心も違いますよ」
撫子はニコッとする。
「先生、すみません……」
「いいえ、いいんです…… 心理カウンセリングとは、見えない事ばかりですから、色んな場所で聞いた方が安心だったと思います」
撫子は理解を示しながら、倉敷を慰めていた。
「そろそろお時間になるようです。 何か言い足りなかった事や、話したいことはありますか?」
「先生、次の予約は誘わないんですか?」 撫子の言葉に反応する倉敷だが、
「次の予約は、倉敷さんが前向きになって『てのひら』に行こうと思った時が良いと思いますよ。 次の予約を入れると、自分を縛ってしまい不安になってしまいますからね……」
そうして倉敷は帰っていく。
その後、撫子は田中の事務所に連絡を入れる、
「留守電か…… 由奈、この後の予約は?」
「今日は無い。 外来待ちだけど……」
これで撫子は決心する。
「行くよ、由奈」 「わかった!」
二人は電車に乗り、田中のカウンセリング事務所までやってきた。
「久しぶりね、田中君……」 撫子と小坂が事務所で挨拶をすると、
「どうして……」 田中が驚きの表情を見せる。
「どうして個人事務所を?」
「親父から追い出されたんだ…… でも、こうして気楽に仕事が出来ているよ」
田中が笑みを出すと、撫子は ギュッと拳を握る。
「いつまでクライアントを食い物にする気?」
「なんで? そんな事はしていないよ……」 田中が笑顔で説明すると、
「ふざけんな!」 撫子は田中を怒鳴った。




