第三十八話 言葉が生む作用
第三十八話 言葉が生む作用
「先日は大変だったね……」 職場に着いて、小坂が二つのコーヒーを淹れる。
「ありがとう、由奈」 ブースの裏側にあたる場所にはテーブルがあり、クライアントが来ていない時間はコーヒーを飲んだり出来るスペースがある。
ノートパソコンを開き、予約の確認などをしながら効率良く仕事が出来るようになった。
小坂がホームページを開き、予約を確認してホワイトボードに記入する。
「だいぶ、オフィスっぽくなったわよね……」 撫子は『てのひら』に成長を喜んでいると、
「そうね。 心理カウンセリングから占いまで……」 そう言って小坂がクスクスと笑う。
「あれはビックリだったわよ……」 そんな会話で過ごしていると、
“ピンポーン” 玄関まで小坂が向かう。
「本日の予約できました、林と申します……」
「よく来てくださいました。 こちらへどうぞ」 小坂が手前のブースに案内する。
「では、問診票をご記入お願いいたします。 それからカウンセリングになりますので」 小坂が丁寧に説明すると、林は頭を下げて記入する。
(占いじゃありませんよーに) これは二人の願いだった。
「書けました。よろしくお願いいたします」 林が頭を下げると、
「はい。カウンセリングをします小坂です。 よろしくお願いいたします」
こうしてカウンセリングが始まった。
林 小百合 43歳の女性だ。
「それでは林さん、記入通りの『解決をしたい』で、宜しいでしょうか?」
小坂は新規とあって、慎重に進めていく。
「私は昔、離婚をしているのですが……付き合っている人と結婚も視野に入れていて……」 林が話していく。
林は、以前に離婚をしているバツイチである。 中学生の息子が一人いる。
そして、林に彼氏が出来て結婚も考えるようになったとのこと。
「そうですか~ 結婚も視野に入れているのですね」 小坂が明るいトーンで返事をする。
「はい。 ですが、ここ最近は、彼氏から嫌がられるようになりまして……」
林の表情が曇る。
「最近、嫌がるようになったのですね? 何故か理由を話してくれましたか?」
「私、余計な一言が多いようなんです……」 林が言うと、小坂は黙ってしまう。
この話は、小坂が大学病院で働いていた頃に多い案件だった。
「もしかして、殴られていたりしますか?」 小坂は林の身体を見回すが、服の上からでは確認できない。 顔にはアザなどはなかった。
「それは大丈夫なのですが、嫌がる素振りが多くなってしまいまして……どういうのが正解なのかを聞きにきました」
林は困っていた。 しかし、何が悪いのかが本人は気づかないままである。
撫子は裏のスペースから聞いていたが、少し分かるような……程度の感覚だった。
それはカウンセラーには沈黙が普通だったからだ。 聞く方が多いため、無用な会話が出てこない。 むしろ、話が足りないくらいが丁度良いくらいだからだ。
立派な職業病である。
しかし、小坂は理解できていた。 大学病院で勤めていた頃、同じ相談が多くきていた。 中にはDVまで発展したケースもある。
女性がポロッと話す言葉に、彼氏を頭に来て殴ってしまったケースだ。
これは他人事として流すケースは少なくない。
しかし、案外とトラブルに発展するのだ。
「例えばで構わないのですが、教えていただけませんか?」
小坂が訊くと、
「○○さんはいい男……私はタイプじゃないけど」 と、言うと
「何故、「いい男」だけで止められないんだ?」と言われました」
(確かに、いるわね……そういう人) 小坂は苦笑いになる。
「すみません……私からも訊きたいのですが、何故に最後の感想まで話しました?」
「それは……」 ここで林が悩んでしまうと
「これは無意識だった感じですかね?」 小坂は黙って林を見る。
これは社会全般でトラブルを引き起こす事になっている。 それは無意識に喋ってしまう事である。 感情に任せて話したり、聞こえる範囲でも悪口を言ったりして喧嘩になったりする。
しかし、本人が喋った自覚が無く『文句を言われた』と錯覚をしてしまうのだ。
これは先に言われた者からしたら、たまったものじゃない。
「仮にですが、もし同じような方が林さんのように言っていたらどうでしょう?」 小坂が訊くと、林は黙ってしまう。
「私は林さんを責めるつまりはありませんが、このままだと辛いですよね……」 林は黙って頷いた。
これは心理で言えば『自己顕示欲の強い人』に多い。 会話の中で、自分が優位に立ちたいと思う人である。
その為に、相手が求めていない情報や、場の雰囲気にそぐわない個人的な感情を発してしまう。 これらは、本人が意識しているかどかに関わらず、他人の評価を得るための行動だったりする。
また、極度に自信のないことの裏返しで饒舌になることも否定できない。
話が途切れる事を怖くなり、話の質よりも話し続けることが目的になって発言が散漫になりやすくなる。
その為に本題から逸れて、余計な事まで話してしまうのだ。
世間では、こういう人を『天然さん』と呼んだりしている。
天然が可愛いと言われるのはテレビの中や、特に若い人だったりするが……
(30過ぎても天然ってね~) 撫子は渋い表情をする。
世間とは冷たいものである。
「心理で出てくるのは、こんなものが出てきますが……」 小坂は伺いながらの話をしていく。 それは、無自覚だからだ。
林は黙って聞いているが、どうにも反応が出来ない状態である。
小坂も林の反応の変化を待っている。
「じゃ、私がいけないのですね……」 ようやく発した言葉がコレである。
余計な言葉は無意識に出てしまう。 こうして小坂が説明しても端的に捉え、その場の空気に押されて 『私が悪い』と解釈してしまう。
こういう人も少なくない。 これはアスペルガー症候群(現在は、自閉症スペクトラム症)ASDとも言われる人もいる。
アスペルガー症候群の人は相手の感情や、その場の雰囲気、文脈を感じ取るのが苦手である。 その為に会話の流れから逸れてしまい、相手の傷つく事も平気で言ってしまったりする。
そうは言っても、アスペルガー症候群の人の中では『真実』や『論理的に正しい』と思い、相手への配慮というフィルターを通さずに話してしまう。
余計な一言が多いだけで全てがアスペルガー症候群とは限らず、脳の機能性が違うこともある。 一概に決めつけてはいけない事でもある。
「ざっと、説明しましたが……どうですか?」 小坂が林を見ると
「それはどうも……反省します」 林の言った言葉が全てを物語ってしまう。
「あっ……はい……」 小坂は言葉が出てこなくなった。
(居直ったわ……) 撫子は思ってしまう。
「もういいですよね。 失礼します」 林は料金を払い、帰ってしまった。
「ナデシコ~」 小坂が涙ぐんでいる。 これには撫子も苦笑いをする。
(何しに来たんだろう……?) カウンセラー泣かせな林であった。
「ごめん……続かなかった」 小坂が謝ると、
「いや、さすがにアレでは……」
この場合のおさらいをする。
余計な言葉を発する人については、自分に意思では変えられないものである。
・余計な事をいうのは癖ではなく、性格や心理的背景がある。
・自己顕示欲が強く、会話で優位に立ちたい欲求から不要な発言をしてしまう。
・高い承認欲求や自己顕示欲が強く、会話を自分中心に引き寄せる傾向がある。
・アスペルガー症候群などを含め、場の空気を読むのが苦手。
これらの傾向を知っておくと、自身の解決になるはずなのだが……
(まったく自分を客観視しないとなるとな……) 撫子たちは難しい顔になる。
しかし、良いこともあるのだ。
不意に『好きだ』と言われた時、構えていなかっただけあり 心に響いたりしてしまう。
これは場の空気を読めなかった者勝ちだろう。
プロポーズも同様だ。 構えられると感動や興奮も1割くらいは下がってしまうのではないだろうか……
撫子と小坂が『おさらい』をしていると、玄関が開いた。
「林さん、どうしました? 忘れ物ですか?」 小坂がキョトンとして聞くと、
「さっきのですが、私は病気じゃないです。 こんな性格ですから、嫌われるんですよね―」
林は語気が荒く、言いたいことだけを言って帰っていった。
(だから余計なんだって……)
「由奈、コーヒー飲む?」
「飲む……」
早くも疲れた様子で、次のクライアントを待つ二人であった。




