第三十六話 扉を探せ(下)
第三十六話 扉を探せ(下)
撫子は佐々木が話し終えるのを待っている。
(でも、どこかにヒントが出てくるかもしれない……)
撫子は急いでメモを取っていく。
そして考えられるのが外部環境である。
【人間関係のトラブル】
・虐待やイジメなど、長期に渡って与えられると不信感が募り「この人も私を痛み付ける」「周囲も同じようにするのではないか」など常に警戒心が強くなって被害妄想を助長させていくこともある。
【環境の変化】
・引っ越しや進級などで環境が変わると、強い緊張感やストレスが現れる。
「大丈夫だろうか?」「周囲からは、どう見られているだろうか?」など不安が出てしまう。そうなると、時には被害妄想を生み「よそ者扱いをされている」「陰で悪口を言われている」などの妄想を抱いたりする。
【睡眠不足や体調不良】
・睡眠不足や体調不良は精神に異常をきたしやすい。 感情のコントロールが難しくなり、ネガティブは感情を引き起こしやすくなっていく。
風邪などが長引くと、「このまま死んでしまうのかな?」なんて思ったりも出てきてしまうのもあることだろう。
こうしてみると、いくつもの要素が入り交じっている、
そこから一つだけでなく、複数あるかもしれない絡み合った思考を解きほぐしていかなくてはならない。
撫子は話を聞き、そこから可能性のあるものに印を付けていっている。
(可能性が多ければ、助かる。あとは精査していくだけだ……)
撫子の速記が早くなっていく。
すると、佐々木が話していく中で撫子と小坂が疑問に思っていくことが浮かんでくる。
(この人、被害を訴えているが加害者が存在しないのよね……)
これにピンときた撫子は、作戦を考える。
そして撫子が提案したのが、
「ここだけ……この事務所だけの範囲になりますが、『被害届』を書いてみませんか?」 撫子が提案すると、
「ここだけ? 警察にではなく?」 佐々木の目が厳しくなる。
「はい。 それからでも遅くはないです。 しっかり佐々木さんの為に協力しますので」 撫子は白紙のコピー用紙を用意する。
「覚えている限りで結構ですので」 撫子は、先端の丸くなった鉛筆を渡す。
先端が尖っていると凶器や自傷行為にも繋がっているからだ。 最初からクライアント用に用意している。
佐々木は被害届けを書き出すのだが、
「いつだったかな……」 などとブツブツと言いながら書いている。
待つこと20分。 「だいたい書けました」 佐々木の鼻息は荒く、少し興奮している。
(かなり興奮しているな……そんなに思い詰めていたのか……)
「由奈、お茶を二つ」 撫子が言うと、
「かしこまりました」 小坂が返事をする。
「どうぞ……」 小坂がお茶を置くと、
「それ、毒とか薬が入っているんじゃないでしょうね?」 佐々木が言い出すと
(きたか……) 撫子と小坂は『想定の範囲内』と言うような顔になる。
「では、これにどうぞ」 撫子が真っ白なコピー用紙を差し出す。
「これは?」 佐々木がキョトンとする。
「これに毒を盛られている……と、書きましょう」 撫子がニコッとする。
佐々木は小さな文字で書いていく。
「はい。 書きましたね」 撫子がお茶を二つ、自分の前に置く。
「実際、どんなものでしょうか?」 お茶を二つとも飲み干す。
そして、疑いの目を持った佐々木が撫子を見つめている。
「ぷは~っ 美味しい♡ 喉が渇いていたんですよ~」 撫子が微笑むと、佐々木はポカンとしている。
「由奈、湯飲みを一つ。 それとお茶のおかわり。 急須ごと」
「わかりました」 小坂もピンときたようだ。
新しい湯飲みと急須に入ったお茶を持ってくる。
「どうぞ」
撫子は湯飲みを見せ、中に毒が入ってないかを見せる。 そしてお茶を注いだ。
「どうぞ」 撫子がお茶を差し出すと、佐々木が頭を下げる。
そして、急須から入れたお茶を撫子がおかわりをする」
「これは私が時間を取ったので、五分延長しますから……」 撫子がニコッとすると、
「はぁ……」 佐々木の声が小さくなる。
「もう、この紙はよろしいですか?」 撫子は佐々木の書いた用紙を見せると、
「確かに毒は入っていなかったようですね」
「さぁ、これまでの被害を見ていきましょう」
二人は向き合っていく。
被害者意識が高い人には、このように具体化させると良い。
それは『物事を客観的に見る練習をさせる』
自身の思い込みが、本当に現実に基づいているかを知ることから始める。
【証拠集め】 いつ? どこで? 誰に後を付けられているかを明確にしていくことから、詳細を記録する。 そして、第三者が見ても納得できるような証拠が出来ているかを冷静に評価する。
【記録を付ける】 先ほどの証拠と一緒であり、日にちや時間などを記録することにより『どの周期で被害妄想が出やすい』か、感情的になるかの特定できるようになっていく。 そして、妄想が非現実的であるかを気づくキッカケになっていく。
【思考の歪みに気づく】 これらを繰り返し、自分の思考が偏っていて歪んでいることを理解していくこととする。 何日も掛けて冷静に判断していくのだが難しいものである。
それは感情が勝ってしまうからである。
感情的になると、記録どころではないからだ。
撫子が、先ほどの佐々木が書いた『被害届』を見る。
そこには日付や時間などは一切書かれてはおらず、語尾には「~だろう」「~のようだ」と、書いてあった。
まさに被害妄想である。 こうして書いていく事により、感情が抱くものが冷静になると冷めてしまい現実と妄想の世界が浮き彫りになっていく。
その為にお茶を用意して、目の前で違うことを証明したのである。
(後は扉か……) これから問題である。
ここには佐々木の情報がない。 精神科に通っていれば何かしらの情報が入る。 しかし、飛び込みできた佐々木に聞く事も出来ない。
(聞いたら「この人が私を異常者扱いしている」 と、言われかねないからな~)
撫子は、先の展開に進みたいが困っていた。
すると “ピピッ”と音がする。 これは90分のアラームである。
「佐々木さん、今回のお時間が来てしまいました。 何かお話足りないことはありますか?」 撫子が聞くと、
「いえ、何もありません……」 そう呟く佐々木の顔が悔しそうだった。
「佐々木さん、よかったら使ってください」 撫子は佐々木に真っ白なコピー用紙を渡す。
「これは?」
「はい。まだ被害届が完成していませんので、細かく書いてみてください」
撫子が渡すと、小さく微笑む。
佐々木は頭を下げて事務所を後にする。
「凄いよ、撫子~」 小坂がワクワクしていた。
「まだ、明確に扉が見つかってないから……」 撫子が謙遜すると、
「こんにちは~」 事務所の入り口で声がする。
「はい~」 小坂が入り口に向かうと
「八田先生……」
「さっきの佐々木さんじゃない?」 八田が外を指さす。
「えぇ、そうですが……知り合いですか?」 小坂が目を丸くすると、
「うん♪ ウチの患者さん……」 八田がニコニコしている。
後に、八田の説明で分かったことがある。
佐々木は統合失調症で通院中だったとのこと。
「まさか、見事に被っているとは……」 撫子も苦笑いをするしかなかった。
「でも、仕事はしたんだしね~」 小坂がニコニコして言う。
思わぬ扉の場所で、ホッとしている撫子たちであった。
数日後、『てのひら』に たくさんの電話が鳴る。
「はい。てのひらです……予約ですね。 かしこまりました……」
「由奈……ホームページって、そんなに効果あるの?」 撫子は、今までの3倍以上の予約で困った顔をしていると
“ピンポーン” 新しいインターホンが鳴る。
玄関に向かうと、安井 宗孝が立っていた。
「宗孝さん」 撫子は微笑み、ブースとブースの間のキッズルームに案内する。
宗孝の場合は、個人と向き合うより大部屋での会話が好ましい。
他に予約がなければ宗孝と小坂、撫子の三人で雑談をして帰っていく。
これも宗孝が所望したことだ。
「今日は、報告がありまして……」 宗孝が切り出すと、
「……」 小坂と撫子が息を飲んだ。




