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第三十五話 扉を探せ(上)

 第三十五話    扉を探せ(上)



 佐々木のカウンセリングが終わってから1本の電話が入る。


 「もしもし……」 電話は小坂だった。

 「引っ越し、決まったから報告ね」 明るい声に撫子も電話を受けて笑顔になっていく。


 夜、撫子のアパートに戻ってくると小坂が料理を作って待っていた。


 「おかえり~♪」

 「ただいま。 あれ? 良い匂い~」 撫子はご機嫌になっていく。


 「どうだった?」 小坂が訊くと

 「一件、ホームページを見たって人が来たのよ。 ありがとう、由奈~♪」


 これには小坂も満足そうな顔をする。


 「それで? どんな案件だった?」 小坂がワクワクして訊くと、

 「同調圧力……に苦しんでるようだった」 撫子が端的に話す。



 「もしかして、同調圧力に苦しんでいてゴチャゴチャになるケースじゃない?」


 「由奈……わかるの?」 撫子は、小坂が予言者のように思えていく。



 「そんな凄い事じゃないわよ。 最近多いんだ……」

 そう言って、味噌汁の鍋をかき回す。


 (凄いな~) 


 「ナデシコ、先にシャワーしておいで。 あと、服はカゴの中に入れなさいね」

 小坂が言うと、撫子がピンとくる。


 「それかっ!」  大声を出すと、


  “ビクッ―” 撫子の声に反応した小坂が肩をすくめる。

 「何?」 


 「あっ! ゴメン……」 撫子は慌ててシャワーに向かう。



 「おっ先でした~」 撫子がサッパリした顔でシャワーから上がると


 「お疲れ~」 缶ビールで乾杯する。

 「それで、何を叫んだのよ?」 小坂が訊くと、


 「同調圧力のこと。 これって悪い言葉じゃないんだな~って」

 「何それ?」 小坂がキョトンとする。


 「さっきさ……由奈が『洗濯物はカゴの中に』って言った時に、私は置きっぱなしにするじゃない……でも、由奈がいるから荒らさないようにしてるんだな~って……これも同調圧力なのであろうなって思ったのよ」


 「ふむふむ……」 小坂はビールを飲みながら聞いている。


 「だから、同調圧力って悪いことじゃないって……」 撫子が自信たっぷりに言うと、


 「ナデシコ……それは同調圧力じゃなく、気配りです」

 小坂の言葉に二人の会話が途切れてしまった。



 翌日、二人が出勤すると

 「佐々木さん……」 撫子がボソッと言うと、佐々木が新事務所の前に立っていた。


 (これが昨日の同調圧力の人か……) 小坂の勘が働く。


 撫子が笑顔で対応し、事務所に佐々木を通す。


 小坂は急いでファイルの鍵付き書庫を開け、佐々木のファイルをコピーする。


 原本のファイルは撫子のカウンセリングで相談室の持って行くため、慌ててコピーをして小坂は奥の給湯室で確認を始めたのだ。



 「佐々木さん、本日もよろしくお願いします」 撫子と佐々木は頭を下げる。

 「あの…… 昨日、話したことなのですが……」 佐々木が切り出すと、涙ぐんでいた。


 (相当、悩んでいたのね……)


 それから佐々木の話を撫子がメモをしていく。

 「それで、私ばかりが嫌な羽目に……」


 佐々木の言葉で、撫子と小坂が “ハッ”とする。


 (コレだったのか……)


 ブースの裏で聞いていた小坂も同じ事を考えていた。


 これは被害者意識が高く、どの場面でも自分が責められていると思ってしまう心理である。


 その中で多いのが『迫害妄想』である。

 迫害妄想とは、『常に自分が悪者と思われている』や『自分だけが不幸になっている』などの自分自身を迫害したかのような妄想を抱くことである。



 その中には『自分を殺そうとしている』などの妄想を持ってしまう人もいる。

 外食に行った時、食事を見て『この料理に毒を盛られている』などの妄想を抱く者もいる。



 そこで大騒ぎをし、店とモメてしまうこともあるのだ。

 この被害者意識は、社会問題にもなったりする。



 パワハラなどでも被害者として訴えたりすれば上司には厳罰が下るだろう。

 それは『受けた側の心の問題』として扱ってしまうからだ。


 セクハラも同じであろう。 例えば、髪型を変えた女性がいて

 「髪を切ったの? 似合ってるよ」と言ったとしよう。


 それに解釈を違えた女性が、

 「この人は、私の事を年中見ていて気持ち悪い」となってしまう。



 何気ない会話でも、相手が被害者意識を持ってしまえば成立してしまうものである。

 これで話す側としたら、たまったものじゃないと思ってしまう。


 そうすると距離を取り、会話も出来なくなってしまう。

 その先には「私の事を無視する……」などの悪循環になってしまうのだ。



 最初の話を聞く限りでは、同調圧力を気にしていた撫子だが

 (これは一筋縄じゃいかなそうだ……)

 注意深く聞いていくことにする。



 それから佐々木は、今までに受けた被害などを話していく。

 裏で聞いていた小坂も、

 (そんな毎日の被害なら、私なら生きていけないわ……) と、苦笑いになる。



 当然ながら『思い込み』というものであるだろうが、本人としては真面目に話している。

 これも心の闇を感じるものである。



 この被害者意識というものにも理由があったりする。

 これを『被害妄想』と呼ぶ事が多い。



 『迫害妄想』 最も一般的な被害妄想であり、「後をつけられている」「監視されている」「誰かが私を陥れようとしている」 などがあげられる。



 『関係妄想』 これはテレビのどのニュースなどで事件などを報道していると、自分へのメッセージなどと思ってしまう。また、ネットなどの口コミをみて「自分が笑いものにされている」などと思ったりするものである。



 『毒害妄想』 「誰かに毒を盛られている」「放射線や電磁波などが送られている」などと思い込み、近所トラブルになったりもする。


 これらの妄想は、人間関係を壊すだけでなく社会秩序さえも脅かすものとなっている。


 それらは病気として扱われるのだが、本人が認めなければ治療もできない。 

 また、そういう人は「人の話を聞かない・信用しない」のが特徴である。



 今回、撫子も直面しているクライアントもそうだろう。

 ただ、本人が困っているのも確かである。 これは本人が苦しい毎日を送っているからだ。


 撫子は突破口を探るべく、佐々木の話を注意深く聞く事にする。

 「それで、佐々木さん……一番困っていることは何でしょうか?」


 撫子が話の腰を折るように言う。 これもテクニックのひとつである。

 佐々木のように被害者経験を沢山並べると、本人も言った事を忘れたりするからである。


 一つひとつを解決し、落ち着いたら次に進む手段を取る。


 (病院に行くにしても、治療への突破口を見つけてから紹介したい。 じゃないと解決の糸口さえも見つけられずに紹介状を書きたくないわ……)


 それは撫子のプロ根性だった。



 しかし、佐々木の苦労話が止まらない。 ずっと被害者の経験を話している。

 小坂も撫子の援軍に入ろうと思ったが、


 「なんで聞いていたの?」 「盗み聞きをしていた」 などと言われる可能性がある為、小坂は出ることを諦めた。


 (すまん、ナデシコ……)


 それから撫子は黙って機会を伺っている。

 そこから疑うのは疾患である。


 まず、『統合失調症』だ。 突飛した内容が多い事から最初に考えられる。


 その他『妄想性障害』『うつ病』『躁うつ病』 中には『認知症』もあったりするが、作話の種類が違う為に佐々木には当てはまらない。


 こう言った病気の路線も捨てきれないのである。



 (そこに行くまでには何があったのだろう……)

 撫子は、佐々木が話し終わるタイミングを待っている。


 被害妄想にしても、疾患にしても扉を探さなくてはならない。

 それは、過去である。



 過去に開けてしまった扉があり、それが何処で、どのタイミングかを知りたかった。



 大体のケースの場合だと、大きく分けて2つの要素があり

 心理的要因と外部環境にある。


 【心理的要因】 

 ・『過去のトラウマや経験』 幼少期の虐待やイジメ。裏切りなどがあれば「社会とは危険な場所」と認知され、「人はいつか私を傷つける」 などと言ったネガティブな事と認知されてしまう。 それにより些細な事でも被害的に妄想してしまうことがある。



 【強いストレスや不安】

 ・慢性的または突発的な強いストレスは、精神状態を不安定にする。 極度のプレッシャーや長期に渡る困難な状況など、解決が見えないものが続いたりすると心を追い詰め「なんで私だけが大変なんだろう」と歪んだ思考になっていくこともある。



 【自己肯定感の低さ】

 ・自己肯定感の低い人は「自分には価値がない」「自分は誰からも大切にされない」などと自己否定なイメージを持っている。そこから「自分の事を悪く言っている」など、悲観的に捉えやすくなっていく。



 【孤独感や孤立感】

 ・社会との繋がりが乏しく、孤独を感じて居る人は他者とのコミュニケーションも少なくなっていく。 そうなると「誰も私を見てくれない」などと被害妄想を増幅させ、偏った思考になっていく。



 これらが心理的要因となっていく。


 これを裏で聞いていた小坂は


 (さすがナデシコ……しっかり向き合っていくのね)

 撫子が扉を探している姿勢に、小坂は聞き惚れていた。


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