第三十話 就労支援
第三十話 就労支援
「ナデシコ~ 一回、帰っておいで」 小坂が突然に言い出すと
「はい? そんな事出来ないよ……」 撫子は驚いている。
「今回の件もあったし、私がやっておくからさ……」
小坂の気遣いにより、撫子は
「ごめんね……甘える」 こうして支度を済ませ、アパートを出発した。
(平日だから大丈夫かな?)
新幹線に駆け込み、山口に帰省した撫子は久しぶりにリラックスをしている。
電車を乗り継ぎ七時間、萩に着いた撫子が手を振る。
「おかえり、撫子……」 母の藤子が駅まで迎えに来ていた。
「ありがとう お母さん」 撫子は笑顔になった。
こういう時は故郷の空気と家族の顔が癒やされるものである。
「ただいま~♪」 撫子は久しぶりに実家に戻ってきた。
「お父さんも、もうじき帰ってくるからね」 藤子は慌てて夕飯の準備を始めると、撫子が台所で藤子と一緒に支度を始めた。
「あら、珍しい…… 食べる専門じゃなくなったの?」 藤子が目を丸くすると
「もう、いい歳ですから……」
こうした時間は、誰もがリラックスした時間だろう。 撫子の笑顔が増えていく。
そこに父の大志が戻ってきた。
「ただいま~ 誰か来てるのか?」 大志がキッチンまで来ると、
「ナデシコか~ こりゃ驚いた……」
「お父さん、おかえり。 もうすぐ出来るからお風呂に入っておいで~」
そうして夕飯の時間になり、撫子が帰省の理由を話す。
「それで自分のせいだと思ったのか……」 大志は難しい表情になる。
「それで、友人がカバーしてくれたのよ」
そんな話をしていると、
「アンタ、立派になったわね……そこまで背負わなくていいのに」
藤子は暗い表情になる。
「みんな仕事は責任があるのよ……」
翌日、撫子は緑の家にやってきた。
「こんにちは……緑はいますか?」
「あら、ナデシコちゃん……緑は就労支援て言うところに行っているわよ」
緑の母、陽子が笑顔で話してくれた。
「そうだ、おばさん…… あの、病院には行かれましたか?」 撫子は、前に緑と一緒に千葉に来た時の話をする。
「行ったわ……ありがとう。 やっぱりナデシコちゃんが言った通りだったわ」
撫子が言った通り……それは依存性パーソナリティ障害だった。
これはDPDと呼ばれ、Dependent Personality Disorderの略。
他者からの世話や承認を常に求め、自分一人では意思決定や行動が困難となるパターンを特徴とする精神疾患である。
自立心が低く、他者に過度に依存することで心の安全を保とうとするが、これが原因で人間関係や生活に様々な困難を生じさせてしまう。
普通なら低い姿勢で人に寄っていく性質があるが、陽子の場合は娘ということもあり、依存というよりも支配に近いものであったりする。
少し性質は異なるが、れっきとしたパーソナリティ障害である。
(だから緑を傍に置いておきたかったんだろうな……)
「それで、どんな治療をされていますか?」 撫子が聞くと、
「カウンセリング? って言うのかしら……それで話をしに行っているわ」
陽子は笑顔だった。
「そうですか。 それで、カウンセリングはどうですか?」
「それが親身になって聞いてくれるのよ……私の気持ちが楽になっていくのよ……」
陽子は、カウンセラーと話している時が晴れやかになるようで
(うん、立派に依存性パーソナリティ障害だわ……) と、撫子は思ってしまう。
他者が寄り沿ってくれる状態が安心と思うことが、何よりも色濃く出ている。 そんな状態だが、緑には安心だろうと撫子は胸を撫で下ろしている。
「明日、緑の就労支援を見学してよろしいですか?」
「えぇ、施設がOKなら大丈夫よ」
撫子は、陽子の許可を貰い施設の場所を聞いた。
翌日、撫子が施設に足を運ぶ。
「すみません。 見学をしたいのですが宜しいでしょうか?」 撫子が施設長に相談をし、許可を貰う。
こういう時に心理カウンセラーは役得である。 友人や担当カウンセラーであれば施設としても有り難いと思ってくれる。
撫子は緑の様子を遠くから眺める。 作業はシンプルで、布をたたみ 箱詰めする作業だった。
嫌な顔もせず、黙々と頑張っていた。 そして何より驚いたのが、世間体を気にする親が障害者の申請をしたことである。
就労支援で作業するにあたり、障害手帳を持っていないと出来ない。
(よく、あの親が認めたもんだ……) 撫子は嬉しそうに見ている。
「緑~」 撫子が声を掛ける。 緑が休憩の時間に入ったからだ。
「ナデシコ~♪ 来てくれたんだ~」 緑が満面の笑みで答える。
「頑張ってたね。 ずっと見てたよ~」
笑顔の二人の時間は早く、休憩の時間もあっという間だった。
撫子が施設長に話しをする。
「すみません。 緑の水分はどうなっていますか? 以前、水中毒だったのですが……」
施設では水分を過剰に摂取することは無いそうだ。
「よかった……ここは、緑にとって適した施設で安心しました。 これからもよろしくお願いいたします」
「それと……」
撫子は、施設でのカウンセリングを見せてもらいたいと頼んでいた。
有資格者であり、見るだけならと許可を貰う。 撫子は頭を下げて、施設を後にした。
夕方、自宅に戻った撫子が藤子に話す。
「まぁ、大丈夫なの? 帰ってから動きっぱなしじゃない……」
「うん……ゆっくりする時じゃなくて、精一杯やりたくて……」
(何の為に帰ってきたのやら……) 藤子は呆れている。
しかし、生き生きとした撫子を見ると何も言えなくなってしまう。
翌日、藤子の運転で施設にやってきた。
カウンセリングをしている。 悩みや相談など、個別に話している。
社会参加への意欲などを維持させる為だ。 これには個別やグループでのカウンセリングもある。
緑は休みであり、肩入れなく見学が出来ていた。
(みんな一生懸命だ……) 撫子は見学をして微笑んでいる。
そこにいるカウンセラーも優しく、前向きになるように話していて
(これなら緑も安心だ……)
満足した撫子は、施設長にお礼を言ってから帰っていく。
この帰省で、撫子はたくさんの収穫があった。 また、カウンセリングに前向きになれたのだ。
「えっ? 明日帰る?」 藤子は驚いている。
「うん。 元気になったし、いつまでも職場を任せてられないし……」
「じゃ、今夜は何を作ろうかしら……」 藤子は笑顔でキッチンに向かっていった。
翌日、撫子は駅に来ていた。
「お母さん、ありがとう」 手を振って、駅に入る姿の撫子は笑顔だった。
電車を乗り継ぎ、やっと房総の帰ってくると
「やっと着いた~」 撫子はアパートに荷物を置き、小坂の分のお土産をテーブルの上に乗せる。
(ちょっと時間あるな)
冷蔵庫を開けると、 「結構、買ってあるのね……」 食材を取り出し、夕飯を作り出す。
“トントン トントン……” 野菜を切り、味噌汁や おかずを作り炊飯器をセットする。
空が暗くなりかけた頃、小坂が帰ってきた。
「ただいま~って、もう帰ってきたの?」 小坂は目を丸くすると、
「あんまり由奈に迷惑をかけれないから……本当にありがとう」 撫子は頭を下げた。
そして二人が交互でシャワーを済ませ、食事となる。
「それで、明日の予約は?」 撫子が聞くと、
「面目ない……明日は仕事なしです……」 小坂が答える。
「そっか……じゃ、明日は付き合ってほしい所があるんだ」 撫子はニヤリとするが、説明はしなかった。
翌日、撫子と小坂は不動産屋に来ていた。
「すみません、部屋探しで来たのですが……」 撫子は不動産に入り、物件情報を見る。
「って、ナデシコ……? なんで物件を探しているのよ?」 小坂は驚いて聞くと、
「由奈、二人でやろうと思ってさ……思い切ってふた部屋の物件にしようと思ったのよ」 撫子は、2DKの部屋の情報を見ている。
現在の『てのひら』の事務所は1DKであり、カウンセリング室も一つだけである。 撫子は、小坂がカウンセラーを続ける意思を見せていた為に思い切ったのだ。
しばらく眺めていたが、決め手にはならず不動産屋を後にする。
「由奈、今までの事務所に住めるようにするわ。 そこから二人で新しい事務所で仕事をしましょう」 撫子は小坂に計画を話すと、
「いいの? 私も『てのひら』に入れてくれるの?」 小坂は涙ぐみ、撫子の手を握る。
「もちろん♪ これから手続きとか大変になるわ~」
こうして、小坂が加わり『てのひら』は二人のカウンセラーで経営することになっていく。
「でも、どうして私を入れる気になったの?」 小坂が夕飯を作りながら聞くと、
スマホで物件情報を見ながら、
「一度はバーンアウトになった由奈を救いたかったのよ。 もう救えないカウンセラーになりたくないし、由奈は戦力だから……」
「ありがとう……」
「これも就労支援みたいなものかな♪ 地元の友達も行き始めたのよ」
撫子が説明すると、小坂はニコニコしている。
「社長、ついていきますぜ~♪」 小坂がビールを片手に言うと、
「なんで、先に飲んでるのよ~」 怒る撫子であった。




