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第二十九話 珈琲より苦く

 第二十九話    珈琲より苦く



 この日、撫子は大学病院に来ていた。


 「先生、仁科さんのカウンセリング出来ました」 撫子が診察室に入ると、

 「お疲れ様。 どう? 拒絶に対して治まってきたかな?」



 「まだ本人の深層からは顔を出してこないんですよね……」

 撫子は仁科の深層心理に手こずっていた。


 普段の会話は問題なく進むのだが、時間が来てカウンセリングが終了すると部屋を退出する。 撫子は書類作成の為に仁科を先に帰すと寂しそうな顔をする。


 時折見せる鋭い眼差しが頭に残っていた。


 「これが怒りなどに変わらないといいんだけどね……」 八田がため息をつく。


 こう心配するのには理由がある。

 カウンセリングに来る患者やクライアントは多いが、カウンセリングは、大半が治療ではない。


 『効果』『改善』として行っていることが多いのだ。



 これは目に見えるものではなく、クライアントが実感することは少ない。

 撫子のように専門知識がないと理解されないことである。


 些細な仕草や言動、そこから観察をしているため無意識にカウンセリングを受けているクライアントには実感がないのだ。



 「仁科さん、お待たせしました。 どうぞ」 撫子がカウンセリング室に案内をする。


 「ここ数日は、どのように過ごされましたか?」

 「はい。 家にいます。 たまに病院ここに来たりで……」



 撫子は世間話をメインに話していく。 その中で、

 「元カノさん、吹っ切れましたか?」 核心に触れていくと、


 「あぁ……仕方ないですよ」 仁科がポツリと口にする。


 これは諦めとも言えず、接近禁止令が出ているからと言うような口調だった。



 これに撫子が反応する。

 「仁科さん、禁止令が解かれたら会いたいですか?」


 「……」 仁科は答えなかった。


 (これも依存なんだろうな…… 好きだったんだから仕方ないのか……)


 いくら犯罪とはいえ、これは心の問題だ。 行動が問題だっただけで、心は真っ直ぐなんだろうと撫子は思っていた。



 犯罪を犯す者にも理由がある。 貧困から脱出したくて強盗をする。

 自分の欲求を吐き出したくて性犯罪を犯す者もいる。


 自分自身には真っ直ぐだが、目的や手段がねじ曲がってしまう。


 自我がイド(エス)に偏りすぎて、超自我が発揮できなくなっているのだ。



 このカウンセリングを通し、撫子は仁科の事を深掘りしている。

 しかし、現在は想いがあるが接近禁止令に従っている。


 (もう問題が無いのでは……?) そう思ってしまう。

 病院のカウンセリングで『完了』になってしまうのも頷けるようになってしまった。



 カウンセリングが終わり、撫子はファイルの整理をする。


 「久坂さん、帰りにどう?」 八田がグラスを持つ仕草をする。

 撫子は指でOKのサインをする。


 周りの医師や看護師に配慮してゼスチャーで会話をしていた。



 病院での仕事が終わり、撫子と八田は居酒屋に入る。


 「先生……仁科さんですが、完了で良いと思うのですが……」 撫子が話し出すと、


 「う~ん…… 久坂さんが思うのなら終わりにしようか」

 そんな会話をしながらグラスを傾ける。



 その二週間後、大学病院で撫子と仁科のカウンセリングが始まると


 「仁科さん、今回でカウンセリングは終了しますね」 撫子の言葉に仁科が驚く。


 「えっ? もういらないのですか?」 仁科が握りこぶしを作る。


 (やっぱり反応するのか……終了と言ったのに、『いらない』と返してしまう。 やっぱり拒絶には反応してしまうんだな……)



 「あのね、仁科さん…… これは仁科さんにとっても良いことだと思うのだけど……」

 撫子が言うと、仁科は下を向いてしまう。


 「そうですか……ありがとうございます」 仁科の声は切なそうだった。



 一般でいえば、カウンセリングは無料ではない。 撫子の『てのひら』よりは病院の方が安く済むが、それでも支出を考えると終了の方が良かったと思えるのだが仁科は違った。



 「これで時間になりますが、何か話し足りないことはありますか?」


 「いえ、久坂先生に見放されたので何もありません……」

 仁科が撫子に返した最後の言葉だった。



 撫子は、病院の会計まで一緒にいた。 最後である為、労う意味で並んで座っている。


 会計が終わると、

 「久坂先生、ありがとうございました」 仁科は頭を下げて病院を後にする。


 撫子は、そっと見送った。



 「ふぅ……」 自動販売機でコーヒーを買い、廊下で一息をつく。


 (なんか後味が悪かったかな…… こんな終わり方をして……) 撫子が飲むコーヒーは苦く感じてしまった。



 翌日、『てのひら』には予約が入ってなく久しぶりに休みとなる。


 休みと言えば、洗濯や掃除をしなくてはならない。 いつも通りに起きて掃除や洗濯に励んでいく。


 そしてご褒美としてのコーヒーを飲む。


 (んっ? なんで、いつも飲んでいるコーヒーなのに苦いんだろ?)

 撫子は砂糖とミルクを足して飲んだ。



 数日後、撫子のスマホに着信が入る。 相手は八田だった。


 撫子はカウンセリングの最中で、スマホの音は鳴らないように設定していた。

 カウンセリングを終えると、コーヒーを淹れてスマホを確認する。


 「八田先生? こんなに何度も……」 撫子が電話をすると留守電になってしまう。

 (診察中か……)



 そして夕方、八田から折り返しの電話が入る。


 「もしもし、先生、どうされました?」 撫子が聞くと、


 「久坂さん、仁科さんが……」 八田の言葉に目の前が真っ白になってしまった。


 八田からの連絡は、仁科が亡くなった知らせだった。



 撫子は支度をし、慌てて大学病院へ向かう。

 (あんな最後だったから?)



 大学病院に来た撫子は八田と合流をして安置所へ向かった。



 「仁科さん、なんで……」 ポツリと言葉を漏らすと

 「どうも、カウンセリングの翌日に自室で首を吊ったらしい……」 八田が説明をすると、撫子の目から涙が溢れる。


 「やっぱり、見放されたと思ったのかしら…… ごめんなさい仁科さん……」

 両手で顔を覆い、撫子は泣き崩れた。



 (このままだと久坂さんも心配になるな……)


 安置所の外の廊下で二人は黙ったまま時間を過ごした。

 八田は言葉も出さず、撫子が落ち着くまで待っている。



 それから三十分が経った頃、

 「先生、すみません……帰りましょう」 撫子が立ち上がると


 「うん。 そうだ、送っていくよ」 八田は車を出し、撫子を送っていく。



 「結局、私のしたことは仁科さんを苦しめていたのですね……」


 「そうとは限らないよ。 結果は残念だったけど、仁科さんは久坂さんとの時間を楽しめたと思う」 八田が慰めを言うと、



 「私のカウンセリングって、何だったのだろう……」 



 それから無言の時間を過ごし、撫子が住むアパートに着いた。

 「先生、ありがとうございました。 お気をつけて……」 撫子が頭を下げると、八田は無言で手を挙げて車を走らせた。



 翌日、撫子はいつも通りにカウンセリングをしている。

 しかし、どこか気の入っていない様子が出てしまうと、


 「久坂先生…… 大丈夫ですか?」 クライアントまでもが心配している。


 「す、すみません……昨日から体調が悪くて……でも、仕事には問題ありませんので……」 そう言う撫子は、

 (集中しろ! ……でも、集中してクライアントに変な気を起こしてしまったら……)



 撫子の心は不安定になっていた。


 そんな時に “ガチャ ” 玄関が開く音がする。

 (誰? 札はひっくり返しているはず……)


 「すみません― 誰かが玄関を開けてしまったようで……」

 撫子はクライアントに謝り、玄関に向かう。



 「由奈……?」 


 「ナデシコ……代打、小坂が出ます」 小坂が後半のカウンセリングに入る。


 「すみません。 久坂が体調不良の為、小坂が引き継ぎますね」

 小坂は、クライアントに頭を下げて相談を引き継いでいった。


 撫子は住まいのアパートに帰っていく。



 しばらく時間が経つと、

 「そろそろ時間ですよね?」 クライアントから時間の知らせを言ってきたのだが、


 「久坂の時間は無効とします。 しっかり話していきましょう」 小坂は笑顔でクライアントに向かいあう。


 結局、小坂との九十分を過ごしてクライアントが


 「小坂先生、ありがとうございました。 久坂先生にもよろしく……」

 そう言って頭を下げ、帰っていった。



 小坂は撫子の業務を知っている。 明日の準備やファイルの確認を済ませ、



 「ただいま~ ナデシコ、どう?」 小坂は撫子のアパートに帰ってきた。

 撫子はソファーに横になっている。


 「ごめんね、由奈…… でも、どうして?」

 「八田先生から連絡が来たのよ……」 小坂は聞いていたようだ。



 「それと、仁科さんのファイルの確認しておいた。 これは撫子が背負う結果じゃないの。 事故だったのよ……」 小坂は労うが、撫子の表情は晴れなかった。


 「ありがとう 由奈……」


 その後、撫子は部屋で泣いていた。 その横には小坂が黙ったまま寄り沿う。


 「コーヒー淹れるね」 小坂がキッチンに向かうと

 「甘く……」 撫子はボソっと言う。



 二人で飲んだコーヒー。

 それは切なく、ほろ苦いものであった。



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