第二十五話 浅い眠り
第二十五話 浅い眠り
「高橋さん、夜は何時間ほど寝れていますか?」
「はい、六時間ほどでしょうか……」 高橋が答えるが、目が眠たそうである。 撫子は高橋の様子を細かく見ていく。
「高橋さん、仕事を辞めた経緯を詳しく掘り下げたいのですが、宜しいですか?」
撫子が聞き、仕事上のことと心境を照らし合わせていく。
高橋が語ったことで、仕事自体には満足していた。 中のトラブルも対応し、特に問題がなかったのだが
「急に眠りが浅くなって、行く気になれなくなったのです……」 高橋が ため息交じりの声で言った。
「そのキッカケはありますか?」 撫子が聞く。
これは症状を判断する為に大きな意味を持つ。 しっかりした原因があるなら『うつ病』を疑っていく。
もし、何もなく元気を失ったら「バーンアウト」の路線で見なければならなくなる。
うつ病の疑いがあれば病院で対応しなければならない。
ただ、バーンアウトに関しては疾患ではない。 薬もなければ治療に該当するものもないからだ。
「それが分からないんです……やらければならないこと、やりたいことが見つからなくなったので……」 高橋の返事はこうだった。
「わかりました。 けど、仕事をしなくては生活も出来ませんもんね……」
高橋は44歳、まだまだ働かなくてはならない。
「そうなんです。 けど、何をしたいとか どんなことをしていいかが見当たらないんです……」
撫子はメモをしながら正確に聞き取っていく。
(まだ断定は出来ないが、バーンアウトの症状に似ている。 明確な退職理由があったら突破口が見つかるのに……)
撫子はバーンアウトの路線から引き出すことにする。
この『燃え尽き症候群』と言われるものになると
『情緒的消耗感』がある。 現在の高橋である。 感情の起伏もなく、笑いや怒るとかの表情が消失してしまっていく。 自然と情緒的反応が出来なくなってしまうのだ。
『個人的達成感の低下』である。 目標や、やりがいがなく無機質な感情になってしまう。
『脱人格化』 全てにおいて冷ややかで、感情や発言が無くなっていることだ。
それは人間としては寂しいものになっていることである。
それは自分に向けてだけでなく、対人などにも同様に冷たく、物のように扱ってしまう傾向にもあるのだ。
うつ病、統合失調症などには感情もあり、自身に悲観的にもなったりする。 しかし、バーンアウトの場合は自身への関心や感情も消えてしまう。
それなので対応が難しい。 アドバイスなども冷淡に聞いている為に、響く言葉も溶けてしまうようになっていく。
自律神経失調症に似たような性質を持っている為、病院で診察をすれば『適応障害』『うつ病』『自律神経失調症』と言われてしまう。
病院では診断が必要だからだ。
しかし、バーンアウトの場合は病気という括りにはならない。 診断として『燃え尽き症候群』はないのだ。
それにより、病院とは違うアプローチを仕掛けていかなくてはならない。
(前回、カウンセリングが出来なくて良かった。 この場合だと由奈だったらギブアップになるはず……)
小坂の場合は患者としてのカウンセリングをする。 カルテや指示書に従いカウンセリングをする為、未知の領域に入っていくことが困難である。
(これは、時間は掛かるが解決できない訳じゃない……)
撫子は徹底的に経緯から探ることにする。
「高橋さんの業務における信条とかありました?」
「まぁ、サービスとかですかね……」
撫子は高橋の内面や性質を聞き、メモをしていく。
「仕事を辞めてから睡眠の質などはいかかがでしょう?」
「気にしないようにしていますが、眠りに関すると浅いですね」
こういう会話を繰り返していく。 燃え尽き症候群になると、会話が減り、自ら孤立していく傾向にある。
質問や何気ない会話を繰り返し、人との関わりを持ち、孤立を防いでいく。
『一人になりたい……』 と思う人は、心が疲れて人との摩擦を極端に嫌う状態になる。
そういう状態にならない為に、摩擦の無い会話を繰り返していくのだ。
数日後、高橋がやってくる。
「高橋さん、昨日は何を食べました?」
「ラーメンを……」
「いいですね。 何味ですか?」 こういう会話である。
これを数ヶ月……
「あの……これって進展あります?」 高橋がカウンセリングに疑問を持ち始める。
(やっときたか……) 撫子は心の中でニヤッとする。
「進展ですか? はい。 進展が見られました」 撫子が真顔で答えると、
「どんな進展でしょうか? ただ、会話を繰り返しているだけですよね?」
世間話を繰り返しているのだから、高橋が疑問を持って話すのは当然である。
「そうですよね。 ようやく疑問を持ってくれたので進展が見られたと、お答えしたのですよ」 撫子は小さく微笑む。
これに高橋は会話を止め、撫子を見つめる。
「今までの高橋さんは、『何も出来ない』『何もしたくない』と、言うような混乱と焦燥の中にいました」 撫子が紙に書きながら説明をする。
「特に、最初の一ヶ月……高橋さんの言葉のメモです」 撫子がおこなってきたファイルを見せる。
そこには『眠れない』『何を食べた』など、撫子が聞いた答えしか返事をしていなかった。 通うこと二ヶ月目になり、自分から『何時間、寝れた』などの言葉が出てくるようになる。
そして三ヶ月目の現在に、ようやく現在の不満が言えるようになったのだ。
「高橋さん、この時を待っていたのですよ」 撫子が微笑むと、
「久坂先生……」
「もし、ここに通わなくなったら高橋さんは家にいるでしょう……不満もなく、ただ抜け殻のようになったままで……」
「確かに、そうだったと思います」
「頑張って、ここに来るということは『うつ病』などの疑いは無くなりました。 もっとも、私は診断が出来ませんが可能性は感じられませんでした」
そこに高橋はホッとする。
「そうなると、バーンアウト……つまり、燃え尽き症候群を疑いました」
「燃え尽き症候群ですか……」
「これは正確に言うと医学では診断名が出ません。 一般的な呼称として知れ渡るようになったのです」
燃え尽き症候群は、50年も前から確認されている就労上の消耗感と人格変容である。
もし、在職であったらカウンセリングなどで吐露して思いを整理してから仕事を継続するか退職を考えると良い。
退職をすると、脳が就労を拒否しやすい状態になってしまう。 退職をすれば摩擦や危険にさらされる心配が無いからだ。 人は安心感を求めてしまう。 燃え尽き症候群は、希望や不満などがないと本当に燃え尽きてしまうのだ。
高橋は、その一歩手前に来ていた。
自分からカウンセリングに来て、撫子がバーンアウトを見つけてくれたおかげで不満を言えるようになったのである。
これに気づかないカウンセラーもいる。 そうなると『うつ病の疑い』として病院を紹介される。
直接、病院に行っても診断によっては病気扱いとなってしまう。 だいたいは自律神経失調症と思われてしまうが、これは仕方のないものだ。
これは撫子の勘と「自分が良くする」という度胸が功を奏した結果だ。
しかし、バーンアウトが治った訳ではなく入り口を見つけただけである。
「それで高橋さん、どうされたいですか?」 これである。
入り口を知って、高橋が満足すればカウンセリングは終了となる。
焦燥感を持ち、このままで良いというのであればカウンセリングの本来の姿である『自立支援』を達成したことになる。 それは本人の意思だからだ。
「先生は、私を見捨てるのです?」 高橋が言うと
「見捨てることはしません。 今回は入り口を知っただけですから……それで高橋さんに聞いたのです。 これから、どうされたいかと……」
高橋は黙ってしまう。
「そうなんです。 こういう現実があるのです……カウンセリングとは、心が疲弊して言い表せない気持ちをほぐし、前を向かせるのが仕事なのです」
「そうなのですね……私は、これからどうしたら……」
「それを見いだすまで、お付き合いをするのがカウンセラーなのです。 今回は入り口がわかりましたので、ここで高橋さんの気持ちをお聞きしてから……」
撫子は黙って待った。 高橋が決めるには時間が掛かっていたのだ。
(それはそうだ……無気力のままの方が楽だ……)
(『楽をしたい』のが人の本質だ……だから文明というものが発達したんだから……)
古来、人は歩きのみで生活をしてきた。 それから馬に乗り、大人数を運べるように馬車を作る。 そして自動車や電車、飛行機なども開発された。
これらは『便利』『安楽』の為に発展したものであり、その裏で働き者が開発や製造と汗を流したからこそ私たちが楽を手にすることができている。
その本質こそが人を簡単に落としてしまうことを忘れてはいけない……
(高橋さん、どうする?)
結局、高橋からの答えは出なかった。
「では、高橋さん……ゆっくり寝てくださいね」
撫子から言えることはこれだけだった。
高橋は頭を下げて、帰っていった。
「ふぅ……」 撫子はコーヒーを淹れて考えている。
(この期間を無駄にしないことを願うわ……)
撫子が仕事を済ませ、自宅に戻ると
「なぜ、私は自宅に戻るとバーンアウトなんだろう……?」
そこには焦燥感に満ちた部屋があった。




