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第二十四話 バーンアウト

 第二十四話    バーンアウト



 「今日が最後かぁ……」 小坂が残念そうな顔をする。

 「いい加減、ここに居ても解決しないでしょ」


 小坂が残念そうにするのは、有給消化が終わりに近づいているからである。

 自宅に戻り、今後を考えないといけない時期にさしかかるからである。



 「ある程度の方向性はイメージしているの?」 撫子が聞くと

 「この業界には未練があるけど、ナデシコみたいなスキルも無いし不安なのよね~」


 小坂は、前回にカウンセリングの客を逃してしまった事の尾を引いていた。



 「高橋さんの件なら気にしなくていいのよ……」

 「……」


 撫子は小坂の姿を見て、言葉を失う。

 (これは、誰にでもあることだ…… バーンアウトか……)



 バーンアウト……燃え尽き症候群とも呼ばれるものである。

 実現が難しい目標を掲げ、それを達成するために頑張りすぎて、体力や精神力を消耗してしまう状態をさす。


 教育、福祉、医療など、対人サービス業に携わる人に多く見られる。



 使命感に燃え、必死でやってきたことが、成果が出なかったり評価が報われなかったりで、今まで頑張ってきたことの意味を見いだせなくなり起こる状態である。



 小坂も対人の仕事をし、神経を消耗させている。 これに価値を見いだせなくなったのだから当然である。


 (しかし、私の仕事を知っているし、ここに来るってことは未練もあるのかな……?)



 撫子は小坂の様子から様々なパターンを連想させる。


 (でも、バーンアウトなら先が心配だな……)


 燃え尽き症候群は、後に様々な弊害をもたらす。 短期間の鬱状態。 すなわちパニック障害と呼ばれるもの。 持続すればうつ病と診断される。 そこから意欲を失い、思考か止まったままになれば若年性の認知症にもなりうる。



 (とにかく希望を与えないと……) 撫子は小坂を目で追っていた。



 「撫子、どうしたの?」 小坂が視線に気づくと、

 「いや、なんでもないんだけど……心理士って、好き?」 


 小坂の時間が止まったように見えた。


 「好きというか、それしか知らなかったから……」 小坂が笑う。

 「私も知らないや……」 つい、撫子も笑ってしまった。



 「ここまで見てきて、独立に対しての感想は?」

 「う~ん……難しそうだけど、頑張り甲斐はあるかな? 撫子の場合だと休み無しもあり得るから怖いけどね~」 小坂は嫌いにはなってはいなそうだ。



 「それは、自分で決めれるわよ。 日曜が休みなんて所も多いわよ」

 「じゃ、なんで撫子は受けているの?」 「う~ん……稼ぎ?」 何故か最後に「?」が付いてしまう。 これには撫子も不思議でならない。



  “ピンポーン” チャイムが鳴る。


 「はーい」 小坂が玄関を開けると、

 「今日、予約をしています望月と申します……」


 「どうぞ、こちらへ……」 小坂はカウンセリング室に案内をする。


 小坂は撫子に習った事を思い出し、注意深くクライアントを見る。

 「こちらの問診票に、ご記入をお願いします」



 撫子は、少し離れたところから様子を見ている。

 (由奈、頑張れ……)


 小坂は問診票を書いている望月を見つめ、書いているスピードとリズムの確認をしている。 かすかに頭を動かし、リズムと取っていたのだ。


 (上手いな……すぐに自分のものに出来る由奈は器用だ)


 そして望月が書き終えると、

 「これから始めさせていただきます。 本日は、小坂がお相手させていただきます」 小坂は資格者証を見せる。



 基本的に、心理カウンセラーの資格がなくても開業は出来る。

(士)と(師)の違いである。


 医師、看護師、など(師)と付く資格は、専門性が必要な資格である。

 心理士、消防士、救命士などの(士)と呼ばれるものは専門の資格がなくても出来ることだ。



 消防士であれば、近所が火事なら消火作業に加わることで消火もできる。

 救命であれば、AEDなども訓練は必要だが資格は不要である。 それと同じく心理でいえば、相談やアドバイスなどは友人でも出来るのだ。


 ただ、資格者証があるだけで信頼性は大きく違う。 これを見せるだけで安心感を与え、ラポールが出来あがる場合があるのだ。



 それにより、開業なら資格は持っていた方が損はない。


 「では、ご相談を……」 小坂はスローに対応する。 これは軽い促しと、待つ姿勢を併せた言い方である。


 「ご相談を……どうぞ」 と、言われるとクライアントは無理して話さないといけない感覚になったりする。 中には顔を合わせるだけで『孤独じゃない』と感じる人もいるくらいだ。 これに『どうぞ』と言われたら言葉が出なくなっても不思議ではない。


 つまり、些細な感覚ではあるが催促は厳禁なのだ。


 小坂の口が動いている。 クライアントの呼吸と合わせているのだ。


 誰しも自分の癖をもっている。 手や指でタイミングを取る人もいれば、小坂のように口で呼吸を合わせる人もいる。



 「あの……なんか落ち着きますね。 まだ、何も話していませんが雰囲気が……」 望月が話し出す。 相談内容ではないが、『落ち着く』という言葉がカウンセラーにとっては一番嬉しい言葉である。



 (もう大丈夫だな……) 撫子は、そっと外へ出て行く。


 キッチンだと見えてしまうので、近所の自販機でコーヒーを買い時間を潰していた。 小坂なら大丈夫と思ったのだろう。



 しばらくして撫子が部屋に戻ると、小坂が真剣な顔でクライアントと話してメモをしている。 そんな姿を見てホッとしていた。



 仕事から離れたくて撫子の所へ来たが、撫子もカウンセリングの仕事をしている。 この仕事に未練を残して来たのだろうと撫子は嬉しく思っていた。



 「お時間が近づいてきましたが、何かお話をしたいことや足りなかったことなどございますか?」


 「いえ、先生が親身に聞いてくださったのでスッキリしています。 これからもお願いします……」 望月が頭を下げると、小坂の目に涙が浮かぶ。



 「どうされました?」 望月がキョトンとすると、

 「いえ、こちらのことですが……カウンセリングっていいな~って」


 「また、よろしくお願いいたします」 望月は帰っていった。



 「ごめん……最後だと思ったら……」


 「そうだよね。 よく頑張った」 撫子は小坂を抱きしめた。



 その後、2件のカウンセリングを行い営業時間が終了する。

 「お疲れ~ 由奈が居なかったらバテバテだったよ~」 撫子がファイルを整理しながら話すと、


 「ううん……ナデシコ、本当にありがとう」 また小坂の目に涙が浮かぶと

 「何回、泣いてるのよ~」 そう言っている撫子の目にも涙が溜まっていた。



 その後は、

 「では、お疲れ会しましょ♪」 の声で近所の居酒屋に入る。


 「ん~ 美味しい♪」 二人は黙々と食べる。



 「それで、カウンセラーを続ける気になった?」 撫子が聞くと、

 「うん♪ それと、コッチに引っ越してカウンセラーをやろうかな~っと」

 小坂が答えると。



 「そう、いいかも…… んっ? こんな人口が少ないのに、コッチでオープンされたら仕事なくなるじゃない…… やっぱり来るな~」

 つい声を荒げる撫子であった。



 翌日、撫子は駅まで小坂を見送る。

 「お世話になりました」 深々と頭を下げた小坂は、駅のホームへと向かっていった。



 撫子は職場へ戻り、昨日のカウンセリングのファイルを確認する。

 (しっかり書けてる……)


 小坂が記入したファイルは几帳面に細かく書かれていた。



  “ピンポーン” チャイムが鳴ると、撫子が玄関に向かう。

 そこには先日、カウンセリングが出来なかった高橋が立っていた。


 「高橋さん……今日は体調が良かったかしら? 良かったらどうぞ」

 撫子がカウンセリング室に案内する。


 椅子に座ると、高橋が部屋をキョロキョロしている。

 撫子は黙って見ていた。



 「よかったらどうぞ……」 テーブルの上に麦茶を置くと、高橋は少し口を付ける。


 (前回とは違うな……これならカウンセリングいけるかな?)

 そう思い、撫子は問診票を取り出す。



 高橋は問診票を見つめ、困った顔をする。


 「??」 撫子は黙って見ている。 すると、高橋が

 「これは書かないとダメですか?」 そう言い出す。


 (何か困るのかな? それとも文字が苦手とか?)


 「失礼ですが、手を前にしてブラブラ~としてもらえますか?」

 撫子が言うと、高橋は両手を前に出してブラブラさせる。


 (手の不調で文字が書けない訳ではないか……)


 「わかりました。 私とお話をしながら進めていきましょう」 撫子は、今までとは違うアプローチを試みる。


 「すみません。 高橋さん、下のお名前をお聞かください」

 「さとるです」


 「ありがとうございます。 年齢を教えてもらえますか?」

 このように、撫子は聞きながら問診票に記入をしていく。



 高橋 悟 44歳の男性。 現在は無職。 元の仕事は介護士だったそう。

 管理者をしていたが、人間関係に辟易へきえきして退職をしたと言っている。



 それから撫子が細かく聞き出していく。 案外、高橋はスラスラと答えてくれる。 さらに、


 「あの……どうしても書類を見ると、嫌なことばかり思い出して……」


 高橋の言葉に撫子は考えている。


 (ここで疑うのはLDだ。 だけど介護職員であれば日誌など書くだろう……管理者なら、なおさらだ)


 ディスグラフィア(文字障害)。 文字を書くのに著しい困難を抱えた学習障害(LD)である。



 (もっと情報を引き出さなくては……)

 撫子は会話の幅を増やしていく。


 「高橋さん、リラックスしてくださいね。 ここでは高橋さんの味方ですし、苦しむようには致しませんから」


 そう言うと、撫子はニッコリと笑う。


 高橋は安心すると、文字が苦手になったことを話し出す。


 介護施設では、管理者であったことから書類などの管理が多かったらしい。 会社の報告書や行政の対応などだ。



 時間、期日が厳しい為に忙しく精神を圧迫していた。 それに加え、仕事上のトラブルや人間関係に悩んで全てをリセットさせる意味で退職をしたそうだ。



 生活もあり、次の仕事に向かいたいのだが履歴書などの書類や文字に拒絶反応を示すようになったとのこと。



 つまり、LDなどではなく強迫性障害やバーンアウトが気になるところだ。 退職をすると、肩の荷が降りてバーンアウトにもなりやすい。 これは定年後の人が無気力になって認知症を招きやすくなる場合と似てくる。



 撫子は、この事態を重く受け止めて肩に力が入っていくのであった。




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