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第二十三話 ラポール

 第二十三話    ラポール



 近年、職場などの飲み会は減ってきている。 昔の時代と言って表して良いのか解らないが、昭和や平成の時代には『飲みニュケーション』なんて言葉が存在した。



 しかし、現在では上司が飲みに誘うのを嫌がる社員が増えている。

 中には『残業代がでるのか?』『苦痛の時間』 と、言うような言葉が出ているのも事実である。



 これらは上司のコミュニケーションの一環として誘っているが、『自分時代』とでも言うのかコミュニケーションを面倒と思う若者は存在する。



 断られた上司は、寂しく赤提灯などで安酒を飲んでから帰宅する。

 少し、寂しい時代となったものである。



 そんな時代なのだが、

 「ねぇ、ナデシコ~ 昨日のお店、良かったね~♪」 すっかり楽しんだ小坂である。



 「由奈、飲み過ぎだって~ まぁ、確かに料理も良かったよね♪」 撫子も嫌いじゃなかった。


 撫子は、八田に誘われて断ったためしがない。 必ず出向いている。

 「外で食事すると、皿洗いとかしなくて良いし~♪」 こういうメリットもあるのだ。



 今日も二人で『手のひら』に出勤する。


 「今日、初めての方だけど撫子がやる?」 小坂は初見だと遠慮がちになったが、


 「由奈も独立を考えているんでしょ? やっていいよ」 撫子は小坂の経験の為に譲ろうとする。



 これは、小坂が大学病院で働いていたからだ。 病院などでは、医師からの指示でカウンセリングをすることが多い。 指示書を受けてからのカウンセリングの為、報告書を医師に確認して次のステップに向かう。



 実際、カウンセラー主導での経験は少ない。 ましてや初見からカウンセリングなどは経験がなかった。



 「ありがとう~♪」 これは小坂にとっては貴重な経験となる。 前回のカウンセリングもだが、堺のCBTを用いたことも経験豊富な撫子だからこその技でもある。 この期間は小坂にとって財産となるのだ。




  “ピンポーン” 予約時間ぴったりにチャイムが鳴る。


 「はーい」 小坂が玄関を開ける。

 「すみません……今日、予約の……」

 「はい。 高橋様ですね。 すみません、玄関の看板をひっくり返してもらってよろしいですか?」


 初めて利用の高橋は、玄関の札を引っくり返す。



 「ありがとうございます。 こちらへどうぞ」 小坂の滑り出しは上々だった。


 「では、問診票にご記入をお願いします」

 小坂が言うと、高橋は用紙を見つめて動かなかった。



 「……」 撫子は見ていたが、何も言わない。


 「えっと……」 小坂のタイミングもズレてしまう。 記入の催促をしても混乱してしまうだけなので、黙ったまま時間を過ごしていく。



 時間が経ち、残りの時間を計算すると話せなくなってしまうので

 「高橋さん……どうかされましたか?」 小坂がそっと声を掛ける。



 「えっと、すみません……何か迷ってしまって……」 高橋が話し出す。


 「何を迷いました?」


 これは、珍しいケースである。 会話が耳に入らない、書面を見ると書けないなどで言えば『統合失調症』を疑ってしまう。


 撫子は我慢しながら二人を見守っている。


 「苦しいですかね。 ゆっくり後から書いていきましょう」 小坂は状況を回避するように、紙を横にどかす。



 (指示書が欲しい……病院ならカルテもあるのに……)


 これが小坂の現実だった。 これが悪い訳ではない。 独立というのは、こういうクライアントも来たりするのだ。



 結局、このまま進展することなく時間が来てしまった。


 クライアントと小坂は黙ったままであり、こうしてクライアントが帰っていくのを小坂は見送るしか出来なかった。



 「ナデシコ……ごめん……」 気落ちした小坂に撫子は微笑む。


 「こんな日もあるよ。 私だって経験しているし……クライアントさんは可哀想だけど、話せないんじゃ仕方ないよ」



 撫子は慰めの言葉と同時に別の事を考えていた。


 「由奈、せっかくだから勉強しよう」

 「勉強? うん、したい」


 そこから撫子は紙とペンを用意する。


 「これは?」 小坂がキョトンと撫子を見ると、

 「これから勉強するのは基礎。 由奈が忘れてないかと心配で……」



 そして出した教科は

 「ラポール形成? なんか習ったような……」


 「そうね。 仕事に追われる毎日だと、つい忘れがち」

 そう言って、撫子がラポール形成について紙に書き出す。



 ラポール形成とは、『心が通じ合い、互いに信頼し、相手を受け入れている状態を作ること』 である。



 クライアントは心が疲れている状態にある。 そんな状態であれば自身の身を守りたいのが本能だ。 つまり防衛本能である。



 防衛本能が出ている場合、大抵は人の話を聞いてくれない。 保身や、自我のよろいまとっているからだ。



 その鎧を外してからが聞き入れてくれる姿勢になっていくものである。


 小坂の場合は病院務めであった為、患者と呼ばれる人は投薬などで神経を穏やかにさせている。 無気力ではあるが、防御の鎧も外されていることになる。



 「なるほど……じゃ、今回みたいに病院を通さずに来た場合は?」


 「それを説明するね」 撫子が紙に書いていく。



 撫子が書いているのはラポールのテクニックである。


 『キャリブレーション』 仕草や表情、雰囲気や姿勢などを細かく観察をし、相手の心理状態を探ることである。



 『バックトラッキング』 相手が会話の中で使った言葉をそのまま返すことである。 よく撫子が使っている『オウム返し』である。



 『ミラーリング』 相手の動作を鏡のように真似して、親近感を抱いてもらうことである。 これは気をつけないと馬鹿にしている様にも見られかねないので注意が必要である。



 『マッチング』 相手の声の大きさやテンポ、声のトーンなどを合わせることである。 これは営業職の方にお奨めしている。 話しのリズムは、相手の心に入りやすいか否かで聞き入れてくれるかが変わる。



 たとえ自分の気分がノリノリになっても相手の波長やリズムの合わせることが必要である。 撫子やカウンセラーが『待つ』というスタイルもクライアントのテンポやリズムを合わせている時でもあるのだ。



 「こんな感じかな~ ここで見落としや気づきはあった?」 撫子先生がニコッとして小坂に聞くと、


 「はい。 ナデシコ先生……まったく意識してませんでした……」

 小坂はガクッとしてテーブルに頭を乗せる。



 「じゃ、さっきの高橋さんのような場合ならどうする?」

 これは小坂にとって重要である。 思いきり客を逃してしまったからだ。



 「あれはね……まず、仕草や動作を探るところから始めるかな……」



 撫子が思う仕草や動作とは、お茶を出したりして身体が受け付けるのかの意思を確認したりする。 抵抗や拒絶があれば行動で示す。 この境を撫子は注意深く見ている。



 それは、ふとした仕草こそが人の本性や、現状となって表れるからだ。

 そしてタイミングやリズムを掴み、話しかけていくのである。



 ミラーリングとは、クライアントがお茶を飲んだりする同じタイミングで飲んだりすればタイミングが計れたり親近感が生まれたりするのだ。



 付き合って長いカップルなども、仕草やタイミングが似てくる場合もある。

 これも無意識の中で、相手との調和を図った結果が似てくるようになる。



 たまに『価値観が合う』なんて言葉が出てくるのも、こういう事から始まったのではないだろうか。



 長いこと一緒にいれば不思議ではない。


 小坂は、書いた紙を直視している。


 「……」 撫子も紙を見る。 小坂のリズムに合わせるかのように。



 「また来るといいね。 高橋さん……」 そう言ってキッチンに向かう撫子は、コーヒーを淹れた。



 「私、アリアリで……」 小坂の言うアリアリとは、ミルクと砂糖が(有)のことである。


 撫子はブラック派


 「ミラーリング出来てないぞ~」 そう言って二人はコーヒーの時間を楽しむのであった。


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