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第十九話 やせ蛙

 第十九話    やせ蛙



 撫子は自宅でニュースを観ている。 世間での出来事に敏感でなければならないからだ。



 その中で、あるニュースを観ると嫌悪の表情をしてしまう。

 それは『イジメ』だ。


 それは、撫子が小学生の時に経験があったからである。


 「本っ当―に 腹が立つ!」 そうテレビに怒る日もある。



 イジメから自殺している若者。 最悪なのは殺害されたりする事件もある。

 こういうニュースを観て、不快になった人も多いのではないだろうか。



 ネットなどを見ると、『イジメられるヤツにも問題がある……』なんて事が書いてあったりする。


 「ねーよ! それはイジメるヤツの屁理屈だ!」 撫子は機嫌が悪くなる。



 この日、予約もないので朝食を済ませると、掃除を始める。 実に久しぶりである。 ここ二週間ほど予約が入っていた。


 (危ない……下着の替えが無くなる所だった……) 洗濯、掃除機と頑張った。


 「よし、この隙に買い物をしよう……」 洗濯機が動いている時に買い物をしようと外に出る。


 天気も良く、少し暑いが問題はない。 撫子は近所のスーパーを目指した。



 住宅地を抜け、近所の公園にさしかかると


 「おーい、かかってこいよ!」 そんな声が聞こえる。

 「んっ?」 撫子が公園を見ると、中学生くらいの男子が4対1で揉めていた。



 (うわっ……嫌なものを見ちゃった……)

 撫子は嫌そうな顔をするも、足は公園に向かっていた。



 「何やっているの……?」 撫子は低く、ゆっくりした声を掛ける。

 本来なら怒鳴ってやりたいが、もしイジメじゃなかったら……と低い声を出す。 


 「なんでもないよ! なんだよオバさん……」



 この言葉が撫子を刺激してしまった。



 「な……なんだと……」 撫子が男子たちを睨むと、

 「なんだよ……うぜぇ」 などと言い去っていく


 「ふんっ―」 撫子は鼻息荒く、目で男子たちを追いやった。


 そして振り返り、 「ねぇ、大丈夫?」 声を掛けると、イジメにあっていた男子は走って行ってしまった。



 「ちょっと―」 撫子が声を掛けるも、見失いモヤモヤした気持ちでスーパーに向かう。



 買い物を済ませた撫子が、自宅のアパートに戻ると

 アパートの下には、先ほどイジメにあっていた男子がいた。

 (見た目からして細いし、弱そうだ……)



 男子はチラッと撫子を見るが、挨拶もしない。 撫子は気にしつつも階段を上る。 撫子の部屋は二階である。


 タッ タッ タッ と、リズミカルに階段を上る撫子の足が止まる。


 振り向くと、先ほどの男子が撫子を見ている。 しかし、目が合うと逸らす。


 「……」 我慢が出来なくなり、

 「ねぇ、どうしたの?」 撫子は男子に声を掛ける。


 すると、「さっきは、ありがとうございます……」 男子はお礼をする。


 (なんだ、出来るじゃん) 気を良くした撫子は階段を降り、

 「ねぇ、どうして逃げたの?」 買い物袋を持った撫子が男子の前に立つ。


 「すみません……」 男子が下を向く。



 「このアパートに住んでるの?」 


 男子は頷き、玄関を指さす。

 (真下かよ……) 少し、気まずさを覚えた撫子は


 「そっか……なんか苦しいなら相談に乗るよ」 

 「いえ……何もないですから……」 そう言って、男子は部屋に戻っていった。



 撫子も部屋に戻り、洗濯物を干す。 なんとか家事を済ませ、安心して休日を過ごした。


 翌日、下の階の男子が学校へ向かう姿が撫子の目に入る。

 時刻は七時半。 通学には早い時間だった。


 撫子も朝の準備をし、仕事に向かう時刻になる。

 「八時過ぎたか……」 撫子は階段を降りると、下の階の男子の母親に会う。



 「おはようございます……」 撫子は会釈をして職場に向かう。

 男子の母親も仕事なのだろう。 自転車に乗って出て行った。



 撫子の職場は徒歩で二十分ほど歩く場所にある。 いつも通りの道を歩いていた。


 職場が近くなり、撫子が気づく。

 「オーマイ ガー」と叫び、バッグを漁る。 何かを探しているが、出てこない。


 慌てて撫子はアパートに戻っていく。 仕事のスマホを充電したまま、持ってくるのを忘れていたのだ。



 アパートの下まで来ると、


 「あれ? さっき出ていったのに……」 撫子は下の階の男子が戻ってきているのに気づく。


 「おい……」 撫子が男子に声を掛けると

 「―ッ」 驚く表情を見せる。



 「なんだ、学校に行きたくないの?」

 「あの……お母さんには黙っててください……」 男子は下を向く。



 (早めに出て、時間を潰してたのか……) 撫子は察する。


 「名前は?」 「松田まつだ 祐介ゆうすけ


 「何年生?」 「中学二年……」 そんなやりとりをしていると、時間が経っていた。



 「うわっ― 時間がない―。 祐介くん、行きたくないならいいんじゃない? お母さんにも言わないでおくよ」 撫子は、そう言って部屋にスマホを取りに行った。



 慌ただしく撫子は職場に到着する。

 ポストを覗くが、メモは無い。 安心してファイルに目を通す。



  “ピンポーン ” チャイムが鳴る

 「お待ちしておりました……んっ?」 撫子の思考が止まる。


 「よろしくお願いいたします……松田です」 松田は頭を下げると、

 「あれっ?」 二人の声が重なる。



 「すみません……お二階さんだとは……」

 「あはは……」 撫子は苦笑いするしかなかった。



 名前は 松田 里美さとみ 四十歳。 撫子の住まいのアパートの下に住んでいる。 祐介の母親であった。



 里美は問診票を書いている。 撫子は目で問診票を確認していく。


 「それでは始めさせていただきます。 よろしくお願いいたします」 二人は頭を下げる。



 「あの……里美さんはシングルで……」

 「はい。 なかなか上手くはいかず……ははは」 

 撫子の言葉に被せるように、里美は答える。



 「それで、今日はご相談ですか……?」 撫子が仕事の話に戻す。



 「それが、息子の事で……ご相談がございまして」

 「はい。 どんな事でしょうか?」 撫子は里美の目をみつめながらメモをしていく。


 「どうもイジメにあっているみたいで、学校にも行けてないようでして……」

 里美はうつむきながら言葉を切り出す。



 (知ってたのか……)


 「イジメですか……それで学校にも行けていないんですね」

 撫子は祐介の行動を知っていたが、ここでは初めて知ったようにする。 それは祐介との約束もあり、母親には言わないといったからである。



 「それで、親としては、どのように接していたらいいかと……」


 「接し方ですね。 まず、里美さんは、どのように接していますか?」

 撫子は、まず情報が欲しかった。 それにより里美の心理がどのようなレベルでのアプローチを期待しているかを知りたかった。



 「……どうと言われましても、普通にとしか……」 この質問に、里美は困っている。


 「すみません。 言い方を変えますね。 何の目的で接し方を変えようと思ったのでしょう?」

 これは撫子の独特な言い方である。 最初は難しい質問をして考えさせるのだ。 そして徐々に簡単な質問に変え、答えを出しやすくする方法である。



 「はい。 今までだと息子がイジメにあって、学校にも行けなくなっているのでは……と」


 「それは、里美さんのせいだと……?」


 「そうかもしれません……」 里美は頷き、鼻水をすする音をさせた。

 「こちら、使ってくださいね」 撫子はティッシュを差し出す。



 「私、息子さんにお会いしたことあります。 もちろん同じアパートですので、あるだろうと思いますが…… でも、嫌な感じは無かったですよ」


 「そうですか……」


 「お母さん思い」にも見受けられます。 里美さんに問題はないと思いますよ」

 撫子は里美を肯定している。 里美は自身で考え、自身で背負うつもりでカウンセリングに来ている。 この事に関しては全く問題がない。



 「ただ、これも受け継いでいるのでしょうか…… 優しいですよ。 本当に……」 撫子が祐介を誉めていると、里美は嬉しそうだ。



 「今度、ご一緒にどうでしょうか? お互いに知らない所を見たり、聞いたりしてみてはいかがでしょう?」 撫子が微笑む。


 こんな内容で、次の予約に入っていく。


 「また、お待ちしております」 撫子は頭を下げる。



 数日が経ち、里美は祐介と一緒に『てのひら』にやってきた。

 「いらっしゃい。 祐介君」 撫子が微笑むと、祐介はキョトンとしている。



 「こんにちは。 おばさん……」 祐介の挨拶に、撫子の額が動く。



 「こら、祐介! まだ若いのよ。 お姉さんよ」 里美は慌てて祐介に注意する。


 「ふむふむ……祐介君は視力ゼロ……と」 撫子がメモをすると、

 「すみません― 見えてます。お姉さんです」 祐介は慌てて訂正をする。



 和やかにカウンセリングが始まる。

 (こんな雰囲気も悪くないな……) 


 「では、お母様から洗いざらい話してみましょう」 撫子が煽ると、

 「祐介、なんで学校に行かないの?」 里美から切り出す。


 「えっ?」 祐介が撫子を見る。


 早くも撫子が口を挟む。


 「祐介君、私は一切、言っていないわ。 お母さん、知っていたのよ」


 「そうなの? てっきりお姉さんが言ったのかと……」 祐介は驚くが

 「約束したじゃない。 ただ、祐介君を思って相談にきたのよ」

 撫子の説明に、祐介は下を向く。



 (少し、しぼるか……) 撫子は次の場面を想定し、普段の扱いから変化を入れる。


 絞る……普段、カウンセラーとしては使わない言葉である。 絞るとは、強めのアプローチを仕掛け、本音を絞り出すとういう意味で撫子は使用している。



 「祐介君さ~ お母さんが何も知らないと思ってたの?」 撫子はニヤッとする。



 「はい……それで、お母さんが相談に来たのですね」

 「そうよ。 こんな優しいお母さんを持って幸せだね」 撫子の言い方は、祐介に心の重圧を乗せていくようだった。



 「そ、そうかな……?」 祐介は、クスッと笑う仕草で答える。


 (あれ? この反応……?) 撫子は戸惑う。 この年齢なら反抗期もあって否定したりもするが、祐介は素直に受け取っていた。



 ここで、撫子は里美と祐介の会話に戻す。


 しばらく親子で言いたい事を話して、その会話を撫子がメモをする。 かなりの早さと量であり、必死に撫子は書いていく。



 十分ほどの会話を終え、二人はスッキリした様子になっていた。


 その会話から感じた事を撫子が総括する。


 「お二人とも、スッキリしました?」 撫子が言うと、里美と祐介は頷く。

 「結論、出ました?」 撫子が微笑むと、二人は黙ってしまう。



 「はい。 本当に此処で良かったわ♪ 私が聞いていた訳ですが、お二人ともがお互いに気遣って話しているのが分かりました。 とても素敵です」


 撫子の言葉に、二人はポカンとしている。


 「祐介君、お母さんは本当に優しいのよ…… そんなお母さんを祐介君は、どうやって守ってあげられる?」 撫子の質問に、祐介は


 「頑張って……」 そこで止まってしまう。



 「頑張って?」 撫子が祐介をみると。


 「……」 止まってしまった祐介に、里美の手に力が入る。



 撫子は、俳句を用いる。


 「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」 小林一茶の俳句である。


 「これをどのように感じてもいい……私は、祐介君の優しい所が好きだよ。 その優しさを自信にしてくれたらいいと思う」


 「ぷっ―  さすが先生ですね……」 里美は感じてくれたようだ。

 「えっ? 何の話?」 祐介が解るには早すぎたようだ。



 「宿題よ♪ お母さんと話し合って、答えを私に教えてね」


 撫子が言うと、里美は涙ぐむ。

 「カウンセリングって、こんな感じなんですね……」


 「い、いえ…… 今回はたまたまです。 お二人の雰囲気に流されました……」

 撫子は照れくさそうにしている。



 後日、アパートの下で里美が挨拶をしてくる。

 「久坂先生、ありがとうございました。 近いうちに祐介から答えを持っていかせますので」


 里美は笑顔だった。 祐介も学校へ通うようになり、安心した撫子であった。



 (やせ蛙は酷かったかな……?) その中で、ちょっと反省していた。




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