第十八話 企業戦士
第十八話 企業戦士
ここ最近、ある男性がカウンセリングに来る。
週に2日、同じ時間に予約をしている。
「これでお時間となりますが、話したいことはございますか?」
撫子が聞くと、
「いえ、いつもありがとうございます……」
いつもニコニコして帰っていく。 そのクライアントは川越 満 35歳。 1年前に起業をした若手社長である。
川越が『てのひら』に来るようになったのは、1ヶ月前。
企業をするから『心をベストの状態でいたい』とのこと。 そのカウンセリングの使い方は理想的で、
「もし、私の言動が変わっていたら忠告してください」 と、言っていた。
これは欧州などで見られるカウンセリングの使い方である。
よく、社長などの偉い方は『道を踏み外さないように』などと言ってカウンセリングを使う人が多い。
いかに、自分の思考が変わらないで経営できているかの目安になる。
経営など、自分の身に直結することには感情で流されやすい。
成績、給料などで焦ってしまう人が少なくないからだ。
撫子は、会話の中から感情や思想などのブレがないかを確認している。
「今日も凄くいいな……」 撫子はファイルを作成し、『継続』のスタンプを押す。
特に精神面での問題はない。 しかし、『継続』のスタンプを押すには理由がある。
「経営って、波があるからな……」 撫子は解っていた。 撫子自身も経営者だからだ。
経営していれば、赤字の時もある。 それは仕方が無い。
しかし、それで自分自身が変わってしまってダメにしてしまうのは心が痛む。
それで撫子は『継続』のスタンプを押し続けていた。
“ピンポーン ” チャイムが鳴る。 この日も川越のカウンセリングの日である。
「どうぞ♪」 撫子が案内する。
「失礼します」 そう言って川越が中に入ると、
「すみません― 看板、ひっくり返すのを忘れてました―」
川越は慌てて玄関に向かう。
「お待たせしました」 安堵の表情をしている川越を、撫子がジッと見ている。
「どうかされました?」 川越はキョトンとする。
「いえ……少々、お待ちください」 撫子は玄関に向かうと、川越の脱いだ靴を見る。
(いつもは揃えているのに、今日は脱ぎっぱなし……何かあったのかな?)
撫子は静かに靴を揃える。
「お待たせしました。 それでは始めさせてもらいます」
お互いに一礼する。
「川越さん、ここ数日はどのようにお過ごしでしたか?」 撫子が聞くと、
「はい。 少し忙しくしています……」
「睡眠はどうでしょう……?」 「それが……」 川越は下を向く。
撫子は分かっていながらも、川越が言い出すまで待っていた。
少しすると、川越が口を開く。
「先生……実は……」
川越は、物価高騰による煽りを受けていた。 川越の会社とは食材の卸し業者である。 トラックで契約店に配送などをしている。
「川越さん、話してくれてありがとうございます」 撫子が微笑む。
苦労中に笑顔とは不謹慎と思うことかもしれないが、これは撫子やカウンセラーであれば同じ表情をする。
同じように辛い顔をすれば、ただの同情に過ぎない。 この先、笑顔にするのがカウンセラーである。 同情が欲しければ友達に話せばよい。
「川越さん、物価高騰だけが笑顔を奪ったものですか?」 撫子が切り込む。
「それは……」 川越は、撫子の表情を見て先の言葉を考えてしまう。
撫子はコピー用紙を数枚、用意する。
「川越さん……ここに、『大変』と書いてください」 撫子が言うと、川越は紙の右端に『大変』と書く。
「次に、何が大変で辛いかを書いてください」
川越は『赤字』『不眠』『休みがない』と書く。
そこから撫子は『赤字』に対しての理由。『不眠』に対しての理由などを書かせていく。
こうして『赤字の理由』 『不眠の理由』などを細かく書かせていく。
すると……
「あっ―」 川越が声をあげる。
撫子はニコッとする。
起業し、順調だったはずの川越にズレがあったのだ。 そこに撫子は着目していたのだ。
紙に書き、理由は書いては逆算させていく。 そうして『自身の失敗』を理解させることにしていたのだ。
ただ、撫子も経営の神様ではない。 むしろ、アナログ人間な為、出遅れている方である。
それでも撫子は精神面の管理はプロである。
川越の異変を察知していたのだ。
「先生……気づかせるために……」 川越が撫子を見ると、撫子は微笑んでいた。
「正直なところ、私は川越さんの仕事は理解していません。 ただ、こうして面談しているうちに『焦り』というものを感じていました。 もちろん走り続けなくてはいけない立場でしょう……そして、進む道を間違わない為に私の所へ通っていただいています……」
撫子が説明していると、川越は頷き
「でも、どうして異変があっても教えてくれないのです?」 そこが気になっていた。
「私が付きっきりの秘書であれば言えたかもしれません…… 私は仕事の事は知らないので、川越さんの言葉だけで判断していました。 言葉、声のトーンや表情から判断させていただいたのです」
川越は呆然と聞いていたが、
「いつ頃から変わっていましたか?」 焦った表情で撫子を見る。
「これですね……」 撫子がファイルを取り出す。
ページをめくり、読んでいくと
「あった……」 撫子がページを指さす。
「この頃って……」 川越が言うと、
「はい。 来て最初の頃ですよ。 勢いがあって、自身でも良いと判断されていたんでしょう…… そして、これを継続させる為に来たのだと思います」
「確かに、維持させる為に来ました……」
「はい。 良かったと思います。 しかし、段々と売り上げが良くなったとかの報告が増えてきています。 以前は思想や理念などの話が多かったのですが、段々と結果重視の相談内容になっていますね……」
「だったら言ってくれれば……」 川越は不満そうに言う。
「業績が良い時に水を差せませんよ……仮に、言ったとしても『結果が出てるんだ……』ってなりません?」 撫子が言うと、川越は黙ってしまった。
「私が秘書であれば言えたかもしれません…… ううん、秘書であっても社長に苦言なんて言えないと思います。 それに、本当に指摘したことが正しいなんて保証がない訳ですから……」
撫子の説明に、川越は俯いてしまう。
「ここで川越さんが気づいたことが良かったと思います。 それでも、本当にこれが原因とも言い切れませんが……」
「そうですよね……」 川越が相槌をうつ。
「ただ、言えることは川越さんのカウンセリングの使い方が素晴らしいという事です」 撫子が満面の笑みを出す。
川越が顔をあげる。
「こういうのって、経営コンサルタントがやるじゃないですか? それもアリなんですよ。 専門家ですから…… ただ、数字や戦略は長けていても、心の中までは見てくれませんからね」
「先生……まだまだお付き合いしてくれますよね?」 川越が縋るような声を出すと、
「はい♪ そのための『てのひら』ですから」
川越は感謝し、帰っていった。
「ふぅ……」 撫子はコーヒーを飲む。 その表情は満足げである。 この満足そうな顔には理由があった。
それは、昨日のカウンセリングでの出来事。
そこには若い女性が来ていた。 そしてカウンセリングの内容が、
「私、モテて~ こっちの男が……」
などと、モテ自慢をした挙げ句に数名の男性の特徴を言い
「ねぇ、先生ならどれにした方がいいです~?」
撫子に付き合う男性を選ばせようとしていたのである。
(どうでもいい……)
これが撫子の本心であった。 もはや心理はどうでもいい内容だったのだ。
そのカウンセリングが終わった後、とてもコーヒーが不味く感じていた。
何度かファイルをシュレッダーに掛けようか悩んだ挙げ句、仕方なく保管庫に入れたが実に不満足なカウンセリングだったことは言わずとも解る。
そんな翌日ともあって、撫子はご機嫌だった。
そして川越の話を思い出す。
(う~ん……ウチもギリギリなのよね……) そう呟く撫子であった。




