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第十七話 キネシオロジー

 第十七話    キネシオロジー



 近年、身体や精神に良いと言われる事が増えてきた。

 都会から離れ、山や川など自然に触れることによりリラックス効果を得る人が増えている。


 久坂 撫子も、その一人である。



 撫子は勝浦に来ていた。 海や山が綺麗に見える場所である。


 「たまにリラックスをするのもいいわね♪」 撫子は大きく深呼吸をする。



 撫子は最後に小さな町並みを散策していると、

 「んっ? もしかして……」 小さな看板を発見する。


 そこには『キネシオロジー』という文字であった。


 キネシオロジーとは、身体の運動の科学的研究である。 なかなか日本では普及していないものではあるが、生理学、生体力学、心理学的な運動原理および運動機構を扱うものである。


 これは、筋肉の反射を利用して心の不調などを見ていくと言われていて、ストレスや感情の変化を察知して対策をすると言われている。



 (とりあえず、パンフレットを貰うか……)


 「すみません……少し、お話、よろしいでしょうか……」 撫子はキネシオロジーの店に入っていく。



 そこには店主らしき女性がいる。 中には客もおらず、店主らしき女性しかいない。


 せっかくなので、撫子はキネシオロジーの説明を受ける。


 「よかったら試してみませんか?」 店主の勧めもあり、撫子は体験してみる事にした。



 「では、始めますね。 まず、口にお水を含んでください……」


 水を含み、両手を広げる……

 そこで店主トレーナーが二の腕などに触れ、筋肉の状態を確認している。


 「今度は、肘を曲げて、手を上に……」



 言われるがまま三十分が経過した。


 「はい、お疲れ様でした……」


 「ありがとうございます……」 撫子は頭を下げる。


 「あの……筋力が少ないようで……」 トレーナーが言い出すと


 「うっ―」 (昔から運動とか苦手で、してこなかったのよね~)

 撫子は、若き日を反省する。



 一通りの説明をしてもらい、頷くと


 「あの……お仕事は何をされていますか?」 トレーナーが聞いてくる。

 「はい。 心理カウンセリングをしています」 撫子は名刺を渡す。



 「素敵なお仕事ですよね。 私もキネシオロジストと言って、筋肉の動きなどから心理相談などを受けるんですよ~」


 そこから会話が発展し、三十分が経過する。


 キネシオロジストと言った方は、川本かわもと 純子すみこと言い、ここでキネシオロジーの教室を開いて5年だそう。



 話の流れから名刺を交換して、撫子は事務所に戻っていった。

 (知らない事を学ぶのもいいな~)


 電車に揺られ、撫子の休日を終える。

 しかし、事務所に戻ると……

 “バサッ―” 置き手紙のような紙が沢山と落ちてきた。



 (仕事の電話、オフにしてたからな……)


 電源を入れると、着信や留守番メッセージが入っている。


 撫子は慌てて、留守番メッセージを再生させる。



 すると、「黒田さん……?」 何やら深刻そうな声をしていた。

 黒田とは、アイドルの西田にしだはるである。



 そのメッセージを聞くと、心配そうな声で相談があるという内容であった。

 そして次のメッセージを聞くと、同じ声が入っている。


 「また黒田さんか……」 と、思ったが声が明るい。 同じような声ではあるがテンションが違っていた。


 「この声は、鈴木さんになってる……」


 黒田と鈴木は同一人物である。 今後の診断でハッキリするが、撫子がカウンセリングをした時に感じていたのは “ダブル・パーソナリティ ”だった。


 留守番メッセージは黒田の場合は『相談』 鈴木の場合は『雑談』のようである。


 撫子は留守番メッセージの再生を繰り返し、時間と内容をメモしていく。


 「黒田から鈴木に変わる時間が3時間……鈴木から黒田に戻る時間が1時間……」 合計で4件のメッセージから読み解いていく。


 (それでも憶測しかないのだが、変化を起こす何かを探していく)



 「必ず、謎を解いてみせる! 大昔のジッちゃんの名にかけて!」

 撫子は大昔の先祖、久坂 玄瑞から、某人気アニメを引っ張っていた。



 メモ紙を整理し、予約の確認を済ませると

 「こんな時間……帰らないと」 急いで帰り支度をする。 帰り道、つい黒田の事を考えてしまう。



 (これは、どういう時に入れ替わってしまうんだろう……)


 ダブル・パーソナリティ……正式名称は『解離性障害』である。 二重人格から用いてダブル・パーソナリティと呼んでいるが実際は解離性障害である。



 これらは強いストレスであったり、無意識に入れ替わったりする。

 声や表情、筆跡まで変わったりするのだ。



 二日後、予定していた黒田がカウンセリングにやってきた。

 「こんにちは~ って、そうだ看板……」


 黒田は二回目にして看板をひっくり返すのを覚えていた。


 「ありがとうございます。 どうぞ」 撫子がカウンセリング室に案内をする。



 「黒田さん、暑いですね。 麦茶はいかがですか?」

 「はい。 ありがとうございます……」


 そしてカウンセリングに入る。

 「体調はいかがですか?」 この日、撫子から積極的に話しかける。



 いつもの『待つ』というカウンセリングとは真逆の行為である。

 これには意味がある。


 「好きな食べ物はありますか?」 「ご家族は?」 そんな内容を話している。


 そこにカウンセリングの要素があるのか……と思うが、これは撫子がスイッチを探していたのである。



 (そろそろかな……)


 「西田さん……今度のライブですが……」 撫子がスイッチを押し始める。


 黒田から西田と言い換え、ライブの話に切り替える。

 「あ、あの……」 黒田が言葉にならなくなる。


 「……」 撫子は待った。



 すると、黒田の顔が明るくなる。

 「あれ~? 前に来た所だ~  カウンセリングだっけ? 私、何をしてるのかな~?」


 明るくなった黒田は鈴木に変わっていく。


 (これだ……) 撫子はニヤリとする。


 「うん♪ よく来てくれましたね♪」 撫子も明るく振る舞う。


 そこから話を合わせ、様子を伺う。


 (そういえば……) 撫子は思い出す。

 「ねぇ、鈴木さん♪ キネシオロジーって言うのをやってみませんか?」

 声を掛けると、 

 「キネシオロジー?」 鈴木はキョトンとする。



 撫子はペットボトルの水を持ってきた。


 「これ、飲んでから軽く体操しましょう……」 これは異例な事である。

 たかが旅先で聞きかじった事を撫子は実践する。



 水を一口飲んだ鈴木に、

 「両手を広げてみましょう……」 そこから撫子が経験した通りにやってみる。


 「はい、ここ失礼しますね」 撫子が鈴木の二の腕を摘まんでみると、


 (引き締まってるな……歌や踊りで鍛えられるんだな……)

 もはや、ファンという事ではなく身体の引き締まり具合に感激すらしていた。



 「はぁ……って、私は何を……?」 この様子は鈴木ではなく、黒田に戻っていた。



 そこには撫子がニコニコして黒田を見つめている。


 「あの……久坂先生……私は何をしていたんでしょうか?」

 黒田は鈴木になった事を覚えていないのだ。


 「黒田さん、今はリラックス出来ていますか?」


 「はい……なんか身体が温まる様な不思議な感じです」 黒田が答えると、撫子は満足げであった。


 実際、聞きかじった程度でやってみたのが引き戻すことに成功したのだ。

 見事なまでの『偽キネシオロジスト』の誕生である。



 時間が経ち、

 「黒田さん、何かお話足りない事とかはないですか?」 撫子が言うと、


 「いえ、またお願いします」 黒田は小さく微笑む。


 (やっぱりアイドルなんだな……可愛いわ~) 撫子は一層、ファンになる気配を感じていた。


 しかし、微笑むことに苦しくなるくらいのストレスを抱え、別人格まで引き起こすのに辞めないメンタルを尊敬さえしていく。



 黒田が帰った後、撫子は八田に連絡する。



 「先生……お待たせしました」 撫子は居酒屋で八田と待ち合わせていた。


 そして黒田のカウンセリングの話をする。



 「キネシオロジー?」 八田は知らなかった。

 「なんでもPTさんでも使う人がいるとか……」

 撫子がキネシオロジーの説明をしている。 PT……理学療法士



 「そっか……確かに投薬とかでは難しい内容だし、本人がリラックスできるのが最優先だからね……それで、どんな事をやるの?」 八田も少し興味が沸いたようなので、撫子はスマホからキネシオロジーを検索して見せてみた。



 「ふ~ん……僕も行ってみようかな……」 


 後日、八田と待ち合わせをしてキネシオロジストの川本トレーナーのもとに来ていた。


 「よろしくお願いいたします……」 八田は緊張している。



 三十分後、「八田様は、少しストレスを抱えてらっしゃいますか?」 

 トレーナーの川本が言うと、


 「まぁ……少しは抱えていますかね~」 八田は苦笑いをする。


 「よかったら相談もできますが……」 川本が重ねて勧めてくると、

 「私、精神科医なんです……」 八田は申し訳なさげに言う。



 「まぁ……これは失礼しました。 じゃ、久坂さんも?」 川本が撫子を見ると、

 「私は心理カウンセラーなんです」 撫子は頭をさげる。



 「スペシャリストが揃ってますね♪」 川本は微笑んだ。


 「それで、相談なのですが……」 撫子が切り出すと、川本は快諾してくれた。

 ダブル・パーソナリティの事は隠し、アイドルの話は禁句として受けてもらうようになった。



 帰りの電車、

 「先生、筋力は大事らしいですよ」 撫子が腕を曲げ、出ない力コブを作ると

 「うん……少し、鍛えようと思う……」


 筋力が足りないと言われた二人は寂しそうに帰っていった。


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