表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

第十五話 厳格は卵

第十五話    厳格は卵



夏の終わり、撫子は近所に買い物に出ていた。


そこには派手目な女子高生が三人で歩いている。 髪の毛は茶色から金色、短いスカートの制服姿だった。


「夏休み終わりじゃん……マジ、病む~」 などと話している。



意味は解るが、「病む」という言葉に反応してしまう撫子。

そして、つい女子高生の顔の様子を見てしまう。


(うん。 大丈夫そうだ……) 町中では怪しいから止めた方がいいが、つい職業柄、反応してしまう。



買い物を済ませると、クライアントに会わないように急いで事務所に戻る。


これは学校でも、資格を取るときのテキストでも書いてある。

町中など、カウンセリング室以外でクライアントを見つけても声を掛けてはいけない。



これは立ち話程度でもカウンセリングの話に発展しかねないからだ。

そうすると、話しの打ち切りが困難になるし今後の付き合い方が変わってしまう可能性があるからである。


撫子は急いで帰っていく。



「もうすぐ時間か……」 


予約の時間まで少し、マグカップに冷たいコーヒーを注ぐと

“カタンッ ” 玄関から音がする。


撫子が時計を見ると、五分前…… クライアントが到着したと思い、玄関を開ける。


「すみません……まだ五分前ですよね。 あと五分したらチャイムを鳴らします……」 クライアントはペコペコと頭を下げている。



「いいんんですよ♪ 暑いですから、お入りください」 撫子はカウンセリング室に案内した。



「どうぞ」 冷たい麦茶をテーブルの上に置く。

「すみません……早く来てしまいまして」 クライアントが頭を下げる。


(随分と律儀な方だな……) 撫子は気持ちを入れていく。


律儀、几帳面な人ほど精神を害しやすい。 それは経験から見ていた。



「では、問診票にご記入をお願いいたします」


クライアントはカバンからペンを取り出した。

カウンセリング室のテーブルの上にはペン立てもあり、入っている。

 あえて自分のペンを使う人は少ない。


 (几帳面なのか? それとも潔癖性かな?) 撫子はクライアントのグラスを見る。 少し減っているのを確認すると


 (そうでもないか?)


 潔癖性は、度を超えると外の物に対して使うのに抵抗があるらしい。

 初めて来た所、飲食店でもない場所のグラスに口を付けるのに抵抗を示すからだ。 だが、このクライアントはそうでもなかった。


 クライアントは黙々と問診票を書いている。 心身衰弱ではなさそうである。


撫子は書き終えるのを待った。


 そして五分ほどの時間が経ち、「すみません、お待たせしました」 クライアントが頭を下げる。


 「お気になさらず。 では、これより始めます。 よろしくお願いいたします」



 「まず、お名前ですが……山本やまもと 紀子のりこ様ですね」


 「はい。 よろしくお願いいたします」

 山本は何度も頭を下げている。 実に礼の形も綺麗で洗練された雰囲気の女性であった。


 「では、この問診票に書いてある通りですが……ご相談でよろしいのですね?」

 撫子は書いてある通りに進めていく。



「はい。 息子との事で相談を……」


 山本は五十歳。 高校生の息子がいると言う。

 その息子の教育についての悩み相談であった。


 (私、息子どころか 旦那もいませんが……)



 「私の教育で、息子が拒絶をするようになりまして……」


 「拒絶をするようになったのですね…… それは、どのように拒絶をされるのですか?」 撫子が質問すると



 「明確に拒絶する言葉は言わないのですが、避けるように顔を背けるのです……」



「顔を背けるのですね……」 撫子は、いくつかの例を頭によぎらせる。


 直近でいえば 杉本 健太だ。 正面から目を見られると背けるタイプである。



そして話を聞いていくと、 (んっ? なんだ?) 撫子は違和感を覚える。



それは、山本は息子想いの母親だ。 聞いていると『息子の為に』という想いが強い。 しかし、世間では『過保護』というものであった。


 なんでも親が用意をする。 それに対して息子が嫌な顔をするようになったという内容であった。



 (まさか、緑もこんな感じだったのかな……?) そんな事まで思ってしまう内容だった。


 「わかりました…… では、山本さんは 息子様に何を望まれますか?」

撫子が真顔で聞くと、


「あの……私、間違っていますか? すべて息子の為にやってきているのに、違うのですか?」 山本の語気が強くなる。



カウンセリングが始まって20分ほどである。


「落ち着いてください。 何も悪いことなんて……」 撫子が首を振る。


「先生が真顔で聞くから、間違っているのかと……」 山本が小さく言うと


(これが基本なのよね……笑って聞いたら馬鹿にしてるみたいだし、怒って聞いたら否定的だし…… どうするのよ~) 少し困った撫子であった。



「そんな事はありませんよ。 基本、表情は変えないでいるのです。 変ですかね?」 つい、撫子は聞いてしまった。


すると、「ふふっ…… そそっかしくて すみません……」 山本は笑顔を見せた。


(随分と いい笑顔するんだな……)

撫子は、山本の笑顔に見入ってしまう。



「それで、息子様に望みとかがあるんですか?」 撫子が脱線から戻す。


「本人には聞けないので、カウンセリングなどで聞いてみようと思ったのです。 若い方も接していらっしゃるんでしょ?」


「まぁ、居ますね……」 ここは撫子が軽く流そうとする。 深く聞かれてもクライアントの事は話せないからだ。


「それで、顔を背ける時とは、どんな時でしょうか?」


「それは……」


山本が説明をすると、そこには思いがけない言葉が出てきた。


息子が失敗しないように手順や方法などを説明する。 それを息子が嫌がっているようにしていることらしい。


実際に例を出して山本が言う。 それは見事なもので、手順や方法などの全てが完璧に聞こえた。


しかし、撫子には納得のいかない言葉だった。



「……」 撫子は黙って聞いていた。



「どうされました?」 山本が撫子を見る。


「あの…… これを言うと、カウンセラーとして気まずいというか……これは私見なので……」 撫子は、つい言ってしまう。



「聞かせてもらえますか?」

 

「はい。 これは心理カウンセリングというより見た経験からのお話とさせていただきます……」



その後、撫子は緑の話をした。 親に看護師はダメと言われ、上京もダメと言われ最後には自殺未遂をしたことを……



「そんなことがあったのですね……」 山本は驚いていた。


「はい。 親は子を可愛いでしょう…… 私は結婚も、親になる経験もしていません。 でも、私は子供になった経験があります」



そこで山本は察する。


「私は片付けなどが下手です。 先日も親が来て要領を教えてもらいました…… これは私が教えて欲しいと願った訳で、強要はされていません。 欲しい時にアドバイスをくれる親に感謝しています。 その他は自由にさせてもらって、心理カウンセリングなどもやっていますから……」



「それは、私が口を挟み過ぎと仰りたいのです?」 山本が身構えるように言う。


「決してそんな事はありません……我が子が可愛いのは当然でしょうし、失敗もさせたくないでしょう……」


「当然です」 山本が頷く。



「それは私も親になった時、そうなるかもしれません……でも、思うのです」

ここで撫子は息を飲む。



「その優しさも手順、方法も完璧だと思うのですが……子供の『間違える権利』を奪っているのではないかと思うのです……」



「間違える権利?」



「はい。 私も自分で選んだことに沢山の失敗をしました。 そこから修正したり、見直しを図ってきました。 そして、答えが出ない時に親が気づいて助言をくれたり、私から親に聞いたりしました…… 私は28歳になりますが、親との関係は良好だと思っています」 


「でもっ―」


「子供の勉強の邪魔はしない方が……」



撫子の言葉に山本は黙ってしまった。


「すみません……親にもなっていない私が偉そうな事を言いました……」

撫子は静かに頭を下げる。



「いえ、ありがとうございます……息子が嫌がる理由が解った気がします」

山本は涙を溜め、鼻を押さえる。


「よろしかったら、どうぞ」 撫子がティッシュの箱をテーブルの上に置く。



「ありがとうございます」 山本は席を立ち、帰ろうとする。

撫子も立ち上がり、静かに頭を下げる。



「先ほど、先生が仰った言葉の通りになりました」 山本が小さく笑顔を見せる。


「私が……?」


「間違える権利です」 山本がクスッと笑う。


「あっ……」


「私は間違える権利を持っていたので、先生とお話が出来たのですね…… 来て良かったわ」


山本の言葉に撫子は頭を下げる。



山本が帰った後、撫子はファイルの整理をする。


(厳格な親や、過保護……これらは親としてのエゴなのか? それとも「親身」というものなどだろうか……どっちにしても子供は窮屈になるんだよな~)

そんなことを考えてしまう撫子。


時代の変化に、人の考え方も変わっていく。

その変化に摩擦や不和が生じていくことを撫子は分かっていた。


「これは仕方ない……これも新たな事が生まれる卵なんだ」

割り切っていくのだが……


「これ? 「完了」? 「継続」?」 しばらく悩んでいた撫子であった。




そこに一本の電話が入る。


「八田先生? どうされました?」


「久坂さん……少しいいかい?」 精神科医の八田である。 八田は少し慌てた様子で話しだす。


「先生?」


撫子は、八田が話すことに衝撃を受けた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ