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第十四話 四面楚歌

第十四話    四面楚歌



「もしもし……」 仕事用の電話が鳴る。


「はい、はい。 かしこまりました…… 八月の二十一日、午後の二時ですね。 お待ちしております」 撫子の運営する『てのひら』の予約が入った。



電話の相手は男性だった。 声のトーンも低く、覇気のなさも感じていた。

ここ最近、予約が増えてきている。 

それは『継続』のスタンプを押したクライアントであり、しっかりと予約通りに来られるようになった証拠でもある。



以前、カウンセリングを受けても次回から来なくなったり、体調を崩してキャンセルも多かった。 中には連絡も無くなった人も居たくらいである。


それから比べると、自身で予約を取り、しっかりカウンセリングに来られる人が増えたことに撫子は喜んでいた。



この日、午前中の予約が入っていたクライアントが来る。


“ ピンポーン ”


「はーい」 撫子が玄関を開ける。 今日の予約は桜井だった。


「お待ちしておりました。 桜井さん……さっ どうぞ」



「もう4回目となりました。 状態はいかがですか?」 撫子は軽い世間話程度をしてからカウンセリングに入る。



桜井 明子  離婚の相談をしにカウンセリングに来たクライアントだ。


初回は心身喪失で、自分の意思も話せなかったが


「この度、離婚が決定しまして……」 桜井の声は少しだが明るくなっていた。


「そうですか…… 不謹慎な話ですが、桜井さんにとって良かったのかと思います。 今の気分はいかがですか?」 撫子は表情を崩さずに桜井を見る。



基本的にカウンセラーは表情に出さないようにする。

これは感情的にならないように心がけているからだ。


 カウンセリングで、クライアントが話す時に多いのは主語が無く、時系列など順を追って話すのが苦手である。


 そうすると会話を理解するまでに時間を要する。 その度に悩んで頭を整理をしていくと、顔に出てクライアントが心配になってしまう。 『もしかして、私は変な事を言っているのかな?』 『こんな考えは私だけ?』 などと、余計な心配を掛けてしまうからである。


どんなにクライアントが悲しい事を話し、共感を求めても表情に出さないのだ。


 ただ、喜ぶ場面には軽く微笑む程度はする。


 今回の場合は、桜井の離婚が決まり安堵はあるものの、離婚自体は微笑む場面ではないので無表情を見せていた。



 「はい。 離婚に対しては良かったのですが……」


 これである。 離婚の相談や覚悟などの相談は数多い。

 しかし、単に離婚だけなら晴れやかになるものだが、それから先の事で不安になる人も多いのだ。


 感情的になり、離婚が決定したからと言って笑顔を出してはいけないのがコレである。


 「はい。 良かったのですが?」 撫子がオウム返しをする。


 「……不安なんです」 桜井が小さな声で言う。


 「不安なんですね……どんな不安でしょうか?」


 「これからの人生……息子と二人、やっていけるか……」



 桜井には十八歳になる息子がいた。 高校を卒業して大学生になったとの話である。


 「そうですよね……息子様は何か仰っていましたか?」 

 ここで撫子が質問をする。 これは息子の同意があって離婚したのか、または、親たちだけで進めていた話なのかを知りたかったのだ。



これによりフォローする言葉が変わってくる。 撫子にとっても重要な情報だった。



 「息子には……とりあえず別居と……」 桜井が言うと、撫子は事態を推測する。


 (単に離婚を隠し、別居ということにしたか? それとも、離婚を躊躇ためらってきたのかな?)


 離婚を望み、我慢をしていた時期から解放される場合は表情が明るくなる。

 しかし、不安だけで息子に話せていない状況に撫子は理解に悩んだ。



 (まだキーワードが欲しい……) 撫子は話を変える。


 「息子様は、部活とかには入っていたのですか? 大学でも続けるのでしょうか?」


 「はい。 息子はテニスをやっていました。 たぶん続けるとは思うのですが……」


 桜井が言うと、撫子はメモをする。



 「別居するにあたり、どちらが引っ越されるのですか?」 

 「はい。 主人が引っ越します……」



 ここで撫子が気になった事を話す。

 「息子様には、どうして離婚の話をしなかったのですか?」


 「……」 桜井は言葉に詰まっていた。 


 (なんだろう? 地雷を踏んだかしら……?)


 「すみません…… なんか不安ばかりを描いてしまって……」 桜井が息を落とす。


 「不安ですよね……未来を描くのは怖いものですよ……」 



 「先生は未来が不安になることって、ありますか?」 桜井はキッカケが欲しかったようだ。



 それに対し、撫子も共感するように

 「もちろんあります…… ここでの仕事は不安ばかりですよ……」

 

 この言葉でも桜井の不安を拭いさる事はできない。 ただ共感して終わってしまう不安を感じていた。



 「これは、いつ頃から始まってますか?」 撫子は桜井に聞くと、


 「昔からです…… それで主人から見放されることに……」


 

 「一回、病院で検査をお願いできますか?」 撫子が病院の紹介の紙を差し出す。



 

 後日、八田から撫子のスマホに連絡が入る。

 「先生、すみません。 いつも急なお願いをしまして……」 撫子が謝ると、


 「いいえ……それで桜井さんの事だけど……」 

 「わかりました。 明日、病院に伺いますね」 撫子は電話を切った。



 翌日、撫子は大学病院に行き 桜井のカルテを見る。


「全般性不安障害?」 撫子が驚く。 これは初めて聞いた症例だからだ。


『不安障害』と診断されることが多く、ひとくくりにされやすいのだが、


「あぁ、久坂さんが学校で習った『不安神経症』のことだよ」 八田が説明をする。



「それなら解りますが、なぜに名称が変わるのです?」


「内科や外科、泌尿器科などからも見解が入り、それっぽく変わるんだよね~」



 撫子は不安神経症の本を見る。

 

 短期間、発生時には『パニック障害』などの診断が出される事が多く、これが長期であると『全般性不安障害』というものになる。


 これは家庭環境や学業、就業など多方面にわたり不安が生じてしまうものである。


失敗したらどうしよう…… などと考えこみ、憂鬱にさせてしまう事がある。


酷い場合は、事故にあうのではないか……などと不安が暴走して家から出られなくなってしまうこともある。



「先生、この場合はどうなります?」

「大体は投薬になるね……それで様子を見るしか……」


「わかりました。 ありがとうございます……」

撫子は病院を出て、桜井の事を考えていた。



翌日、桜井が飛び込みでカウンセリング室にやってきた。


「すみません……心配になって、気がついたら来てしまって……」 桜井は頭を下げる。



(まいったな……しばらく病院に通うものだと思ってたから、先生に対処の指示を聞くのを忘れてた……)



不意の訪問で、撫子はパニックになっていた。



「おかけください……」 


桜井の表情は暗く、落ち込んでいるようにも見えた。



「桜井さん……病院には行かれましたか?」 撫子は、知っていながらも確認の為に聞いていく。


これは会話、(自身の言葉)を多くし、キッカケやリラックスを兼ねている。



しかし、桜井の言葉は少なく無言で過ぎる時間が虚しかった。



「お時間になりますが、何かお話されたい事はありますか?」

撫子の問いに、桜井は悩んでいる。


(何がそうさせているんだろう……?)



「すみません……何を話していいか悩みます……」 桜井の中には、何かがあるが言語化するのが難しかったようだ。


これも、よくある事である。 日常でも「何て言ったらいいか……」 なんて事がよくある。 これに対しては問題ない。


この後の言葉である。 「何て言ったらいいのかな~」と言う時は次の言葉を考えている時である。 多くの人は、その後に思い出したように話せるか、感覚的でも伝えようとする。



ただ、桜井は違った。


「あの……言いたいことはあるのですが、考えると頭痛が起きるんです……」



これで撫子は納得がいった。


これは病院で診断された 『不安障害』の症状である。


言語化しようとすると、「吐き気、めまい、動悸、過度の汗、頭痛」などがあげられる。


見たところ手の震えなどは確認できない。 撫子は身体的な要素も見ていく。



「桜井さん……ここでは我慢しなくていいんですよ。 言葉の順列など気にせずに……」 撫子は言葉を待ったが、桜井は下を向いたままだった。



桜井は帰っていったが、撫子の心にシコリが残ったままだった。


(時間かかるけど、なんとかしたいな~)


離婚して自由になりたい桜井と、今後の不安を抱えた桜井……

精神が摩耗して苦しんでいる姿は、まさに四面楚歌になっていた。





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