第十二話 身近な問題
第十二話 身近な問題
朝、撫子が電話の着信で目覚める。
「もしもし……」 撫子はスマホを2台使っている。
1つは仕事用。 これは予約などを受ける時に使っていて、それのみの使用。
もう1つはプライベート用である。 今、プライベート用の着信が鳴っている。
「もしもし、ナデシコ? あんた、元気でやってるの?」
この電話は、母親の藤子である。
母親からは定期的に連絡が入り、声を聞かせているのだ。
「今度、そっちに行こうかしら」 そんな、ありふれた会話を楽しむ。
電話を切り、仕事の支度をしようとすると
「……今度、来る?」 撫子は母親との会話を思い出す。
寝ぼけ眼で部屋を見渡すと、出したままのマグカップ。
洗ったものか、まだなのか分からない服。
(ちょっとマズいな……)
撫子は片付けが苦手である。
(よし、コーヒーを飲んだら作戦を立てよう) そうしてコーヒーを淹れる。
いつもの習慣で、コーヒーを飲みながら仕事の予定表を見ると
「新規か……」 そう思うと、片付けの作戦は後回しとなっていく。
結局、片付けの予定がくめないまま仕事に向かった。
事務所に入り、自己嫌悪に陥る。 これもいつものパターンである。
そしてインターホンが鳴り、撫子が玄関に向かう。
「暑いですね。 ようこそ いらっしゃいました」 元気な顔を見せると、
「すみません。 よろしくお願いいたします」 クライアントは明るく答えた。
(珍しく元気な方だ……) 撫子は笑顔になる。
最初から元気すぎると、不調のクライアントには厳しいからだ。
そしてカウンセリング室で、問診票を取り出す。
「ゆっくりでいいので、お書きください」 撫子はそう言って冷蔵庫から麦茶を取ってくる。
外は暑く、クライアントが汗をかいていたからだ。
「どうぞ」 クライアントが問診票を書いている横に麦茶を置く。
「早速、始めたいと思います。 よろしくお願いいたします」 撫子が頭を下げて始まる。
「お名前は 武藤 さやか様ですね?」
「はい」 名前の確認から入る。
撫子が問診票を見ながらカウンセリングの内容を聞いていく。
その内容に撫子が驚く。
「あの~ 私の部屋がゴミ屋敷になってまして……」 武藤は、あっけらかんと話しだす。
「うっ……」 撫子は、思わず声に出してしまった。
「どうかされました?」 武藤が撫子の顔を見ると、
「いいえ、続けてください……」
そんな内容の依頼で、撫子の心が動揺していた。
クライアントの相談は、自室がゴミ屋敷になっている。
母親に言われて仕方なく掃除をするが、3日で元通りになってしまうらしい。
武藤は現在25歳で実家暮らし。 「このままでは結婚も出来ないからカウンセリングに行ってこい」と、母親に言われて来たとのこと。
それを聞いた撫子は
(私の血縁ではないだろうか?) と、思ってしまうほどだ。
「そうですね。 片付けが上手になりたいのですね……」 オウム返しをする撫子は、自分にも言い聞かせるようであった。
「そんな病気ってあるのですか? 性格とかじゃなく?」 武藤が聞いてくる。
「一応、あるんです…… ここに検査とかするものが無いので、判断は出来ませんが疾患と呼べるものは存在しますね」
「どんなのか教えてほしいです」 武藤が食いつくと、撫子が説明していく。
片付けが苦手な人の分類として、いくつかの事が出てくる。
まず、どんな人がゴミ屋敷になりやすいのか。
精神疾患者である。 これは、うつ病 双極性障害 強迫性障害 買い物依存症 セルフネグレクト。 中には認知症も含まれている。
その精神疾患は、完璧主義者であったり、ストレスを抱えがち、そして物の執着が激しい人がなりやすいと言われている。
だいたいの人は『めんどくさがり』なのだが、精神疾患から来ているものもある。
ただ、自覚症状などはなく、『ズボラな人』として片付ける場合が多いので、医療機関で調べてもらうのがよい。
「そうなんですね……私は何になるんだろう?」 武藤が言うと、
「これは気安めになるか……ですが、私も無精者でして……」
普段は自分の事は話さない撫子が、自分の事を話し出す。 これには強い共感を得たようだ。
「それで、先生のは精神疾患なんですか?」 武藤が前のめりで聞くと、
「それが、私も診てもらってなくて……」 撫子が苦笑いで答える。
全国でも片付けの苦手な人は多い。
その中でも片付けの要領が悪い人も多くいる。
体調を崩していたり、仕事などで忙しくゴミの日時が合わなくて出せない人もいる。
これは仕方がないと言えば、仕方が無い。
片付ける気力がない。 ゴミを捨てるのに抵抗がある。 散らかっていても気にならない。 適切な判断が出来ない人もいる。
こういう人は精神科などで相談を勧める。
気力が無ければ、うつ病の心配もある。 これはゴミなども気にならないくらいに気力が低下しているからだ。
精神疾患で結びつけるのであれば、双極性障害は体調や気力が上がった時に出来たりもする。
撫子は、自身と照らし合わせて話を進めていく。
「これは、私もひとごとでは無い気がしますので……」 断りを入れて話しをしていく。
「問題というか、厄介なのが買い物依存症と強迫性障害なのです」
買い物依存症は、ストレスや不安から逃れる為に買い物を続けてしまう病気である。
特に若い女性が多く、現実逃避における過度な買い物をしたり、買った物の適切な整理や処分が出来なくなってしまう。
その結果、不要な物が部屋に蓄積してしまうのである。
強迫性障害。 これは強迫性貯蔵症、または(ため込み症)とも言う。
強迫性貯蔵症の人は、物に強い愛着を持ち、手放すことに抵抗があるのが特徴である。
そして要らない物までも捨てられず、部屋に物が溜まっていく。
ため込み症は少し違って、ペットなどの過剰飼いなども『動物ため込み』と言われている。
これらは病気の一種で、自分の意思とは関係なく行動を繰り返してしまうのが特徴なのである。
「私はどれなんだろう……?」 武藤は自身が怖くなってきたようだ。
「すべてが精神疾患という訳ではないので……」 撫子が苦笑いをする。
「どうやったら分かりますか?」
「専門医に相談ですね」 撫子が言う。
「そうですか……それで、解決策とかはあるんでしょうか?」
「無いことはないですね」
「それは、どんな?」 武藤は食いついてきた。
「まず、専門医に相談がひとつです。 それは精神などの問題であれば、単に片付けが出来ない……という問題ではないからです」
「それと、精神疾患が無い場合は片付け方を知らない人も居るんです。 そんな場合は家族か、業者に来て貰って学ぶというのもアリだと思っています」
撫子が言うと、武藤は無言になってしまった。
「あれ、どうかされました?」 撫子が目を丸くする。
「い、いえ……なんか大がかりだな~って」 武藤は気落ちしてしまった。
(しまった……自分にも言い聞かせるように熱くなってしまった)
撫子は反省している。
「すみません……言い過ぎましたよね」
「そうじゃないんです」 武藤が手を横に振る。
「なんか、どれも当てはまるような感じでしたので…… やっぱり病院ですかね?」 武藤が聞くと、
「いえ、まずはセルフチェックされてはどうでしょう?」
「セルフチェックですか?」
「はい。 まず、家族さんか業者を呼んで見てみるのです。 片付け方を知って真似る方法。 そして、定期的に人を部屋に呼ぶのです」
「人を……ですか?」 武藤がキョトンとする。
「はい。あまり親しくない人がベストでしょうか……あまり自分をさらけ出してないくらいの人がいいです。 適度に緊張感が出るので、掃除に目が行くかもしれないですね」
「なるほど……」
こうしてカウンセリング終了の時間がやってくる。
「武藤さん、何か言い残したことはございませんか?」
撫子が聞くと、
「いいえ、ありがとうございます。 すっとした……と言うより勉強になりました」 武藤は笑顔だった。
安心した撫子は、武藤が帰ってからファイルの整理をする。
(こういうのは無難に出来るのよね~)
カウンセリングの事務所は綺麗に整頓されている。
毎日の掃除も出来ているのに自宅では出来ていない。
「もしかして、場所的 双極性障害かな?」
撫子は、聞いたこともない障害を当てはめてみるも
「無理あるな~」と、落ち込んでいた。
数日後、母親の藤子が房総にやってきた。
撫子は、掃除を早めにして綺麗な所を見せたかったのだが……
「片付けるのが早すぎて、来るタイミングに元通りになっちゃった……」
意気込んだのは良かったのだが、持続という観点では厳しかったようだ。
そして、藤子が撫子の部屋に来ると
「あらあら……」 藤子は唖然としている。
「すみません。 汚くて……」 撫子が肩を落とす。
そして、藤子は撫子の部屋を見回す。
「ふむふむ……」 藤子は考えながら撫子に言う。
「ナデシコ……お母さんが いいアイデアをあげるわ♪」 そう言って、
洗濯カゴをソファーの横に置く。
「お母さん、ここに置くの?」
「そうよ」 藤子がニコッとする。
「貴女は普通に生活してごらんなさい。 いつも通りでいいから」
そう言って、撫子は普段通りに過ごしてみる。
翌日
撫子が帰宅して服を脱ぐ。 そこはソファーの前だった。
「あっ!」 撫子は服を脱ぎ入れ、その場所の洗濯カゴに気づく。
それを見ていた藤子がニコッとする。
ナデシコはソファーで服を脱いで、そこに脱ぎ捨てる事を昔から知っていたのだ。
「問題は洗濯した物を片付けることか……」 撫子は首を傾げる。
「よいしょ!」 藤子が小さいタンスを動かす。
「お母さん―?」
「片付けるのが難しいなら、近くに置けばいいのよ」
「なるほど~♪」 撫子は手を叩いて喜んだ。
それからの撫子は、部屋の縮小化で散らかるのを防いでいく。
慣れてきたら少しずつ元に戻せばいいと思うようにすれば、気が楽になっていく。
そんな知恵を、藤子に貰ったナデシコであった。