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第十話 確執

第十話    確執



この時代、親が子を叱る。 上司が部下を叱るなどを聞かなくなっている。


これはバブル時代から出てきた事だ。

『辞められては困る……』 こんな思いから上司は部下に甘く接してしまうようになる。



教師にも体罰などが消えていった。

現在の五十代以上の方なら分かるだろうが、教師が生徒に手をあげることは普通だった。


これも生徒が教育委員会などに報告するようになってから変わっていった。



しかし、親が子を叱らなくなったのは何故なんだろう…… 撫子は考えていた。


とある記事を見る。


「なになに……モンスターペアレント?」 撫子は理解に苦しんでいた。


(なんで親が学校に文句を言うんだ? そんな時代なのか?) とにかく理解できなかった。



撫子は、古いしきたりを守る伝統地域の出身である。

先生に反抗や、学校に文句などが言える訳がないと思っていた。



そして、撫子の元にカウンセリングに来る者がいる。


立川たちかわ あき。 四十代、中学校の女性教師である。



「はじめまして。 よろしくお願いいたします」 撫子が頭を下げる。


「よろしくお願いいたします……」 立川は覇気がなく、目がうつろである。



「ここの場所を知った経緯を教えてもらえますか?」 

立川は、問診票を書いていない段階から撫子が聞いたことにより黙ってしまう。


(早かったかな……)

「どうぞ、問診票をお書きください」 撫子は言い直し、立川に問診票を勧める。



そして、書いている最中に撫子が話しかける。

「立川さん、ご職業を教えてもらえますか?」


「教師です……」 立川が小さな声で話す。



そこで、立川が記入しながら撫子は話を進める。


精神が疲れていると対話が億劫になる。 特に面と向かっていると、気疲れや中には恐怖を感じる人もいるくらいだ。



撫子は、立川の気が会話と記入に散っていくようにしていた。

これは、立川がプレッシャーにならないようにとの配慮である。



「その…… 職場で確執がありまして……」 立川が話し出す。


「確執ですか…… では、立川さんは今、どんな心境になっていますか?」


「心境ですか? 心境……」 立川は、心境を探しているようだ。 何度も『心境』というのを考えている。


「これは失礼しました。 難しくさせてしまいましたね。 立川さんの心に聞きますね。 今は、辛い……苦しい……から解放されたいですよね?」


撫子の話し方として、最初は難しいような言い方をする。

そして、段々と簡単な考え方に言い直していく。 そして共感するポイントを口にするのを探していくのだ。



 その導きが撫子の持ち味のひとつである。


 すると、立川が話し出す。


 「すみません……考えてしまいました。 辛いです…… 先日に学校で親御さんと話しがありまして……」 


「そうだったのですね…… それは辛かったと思います」 撫子が相槌を打つ。



立川は、中学校の教師である。

先日に、生徒の親御さんからクレームが入る。 これは自分の子が可愛さに、親が学校に要望のひとつとして言いに来たという。



そこで担任である立川が対処すると、親御さんとの確執が生まれクレームに発展したそう。


後に、学校からの聞き取りにより『モンスターペアレント』が発覚。


生徒を守ろうとして板挟みになった立川は、体調を崩して休んでいるのである。



これには撫子も同情していた。

撫子が大学病院で研修をしていた頃、似たような経験があるからだ。



カウンセリングとは、一回話してみて治るような魔法ではない。

しかし、それを信じてクライアントは相談をする。


わらにもすがる思いなのであろう。



ある時、継続してカウンセリングをしていたクライアントからクレームが入る。


『一向に良くならない』 そんな内容であった。 

撫子も知っている。 立川が苦しむ姿が痛々しく見えていた。



「立川さん……お察しします」 撫子は、ため息を漏らすような声で言った。



ここに出てくる『確執』という言葉が鍵なのである。


確執とは、お互いの意見を強く主張して譲らず、そのために争いや不和が生ずることである。


『確か』と『執着しゅうちゃく』や『こだわり』から成り立つ言葉であり、そこから不和が生じてしまうことである。



これに対して、周りからは『どちらが正しい』という事も言えず、当人だけが苦しんでしまうものだ。



教師という立場の立川が『確か』な事を言っても、『こだわり』を持った親御さんとの着地点を見つけるのは難しい。


そこで立川が精神的に孤立してしまったのでる。



ここからは、撫子も言葉を選らばなくてはいけない。

安易に立川の言葉を擁護してはいけないのだ。

もし、立川の言葉を全て擁護してしまっては『否』があっても肯定してしまう。


しかし、クライアントの立場になって話さなくてはいけない……

これがカウンセラーとして、辛い 立ち位置なのだ。



「立川さん、ここは事の善悪は横に置いておきましょう」

撫子は、事の経緯を聞いていながら非情にも聞こえる言葉を出す。



「どうしてです?」 立川の語気が荒くなる。


 「はい。 カウンセラーは『事の善悪』を決める審判員ではないからです。 それに、私は立川さんに元気になって欲しいのです」


「だったら、私の味方になってくれるでしょう? なんで横に置くのです?」

立川が興奮気味になってくると



「私が味方したら、立川さんは元気になれますか? それで本当にスッキリと解決できるなら、私は全力で立川さんを肯定しますが……」


撫子が厳しめの言葉を言うと、立川は黙ってしまった。



「ゆっくり、落ち着いてください。 私は立川さんの味方です。 でも、あくまでもカウンセラーですので、事の善悪を決められないのです…… それに、立川さんが来た目的は『この話』じゃないですよね?」



撫子がゆっくり話すと、立川が落ち着いた様子を見せる。


「そうですね……」


(良かった…… まだ彼女は自分をコントロールできる力がある……)

撫子は、話しながらでもクライアントの様子は見ている。 そこから分析して次の言葉を選ぶのである。



 それから撫子は、話さずに立川の言葉を待っている。


 立川が撫子の言葉を待っているように見えた時、


 「これ……白衣の下の服、自前なんですが変ですか?」 撫子が切り出す。



 撫子の白衣の下は、薄い黄色のブラウスを着ていた。

 「いえ、そんなことは…… まだ、お若いから似合いますよ」 立川が微笑む。



「ありがとうございます。 立川さんも、この色のブラウスを持っていますか?」


「いえ、私の歳じゃ……」 




「これが言いたかった事なのです……」 撫子は、服の話を止める。


「??」 立川がキョトンとする。



「人には、「こだわり」などの意見を持っています。 しかし、立川さんは黄色のブラウスを年齢の理由で着ないと仰いました。 これは『確か』なものなのでしょう…… 私も似合っていないかもしれませんが、好きで選んだものなのです。 このように立川さんが『確か』な理由と、私の『執着』が交わった時なのです」


撫子が話すと、真顔で立川は聞いている。


「でも、ここでは確執というものが発生しませんでした。 これは心の問題だからなのです」



「……」 立川は難しい顔になる。



「つまり、この会話には敵意もなく自然な会話になっていたはずです。 しかし、立川さんは学校では親御さんには違う意識で話していませんでしたか?」



「それは…… そうかもしれません」 


「今の自然な会話の立川さんの笑顔、素敵でした。 ここではリラックスしてくださいね」 そう言って、撫子が微笑むと



「ありがとうございます……」 立川は、薄っすらと涙を浮かべる。


その後、残った時間で立川が自己分析のように経緯を話していく。

そこに撫子はオウム返しをする。



順調に分析を進めていくが、どうしても引っ掛かる場所が出てくる。


そこは撫子も気になっていた。


そこに善悪を主張してしまうことだ。

『善悪』『白黒』 などを付けたがる人は少なくない。



悪いことではないが、審判を付けるほどでもない。

離婚などの裁判になるような事は別だが、普通に生きていれば大袈裟にするほどでもないだろう。



しかし、『善悪』などをハッキリしたがると『確執』というものが出やすくなるものだ。


撫子は、立川に大学病院を勧める。

これはクライアントを放棄した訳ではなく、改善の突破口を病院と連携したいからである。



このカウンセリングが終了し、『継続』のスタンプが押された。



立川が帰った後、病院に出す資料の作成をする。


そして、大好きなコーヒーを飲みながらリラックスをする。



そして鏡を見ると、


(やっぱり似合ってないかな……)

撫子は、黄色のブラウスを見ていた。




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