第8話:再会の謁見、そして告げられた言葉
アスヴェルト王国王宮の謁見室。
その場には、かつての婚約者――ノアール・ヴァレンティス王子の姿があった。
彼の正式な来訪は「友好国使節としての再訪」であり、表向きは礼節を尽くしたものである。
だがその裏には、明確な“私情”が込められていた。
――そしてその私情を、レオン=クロイツは正確に見抜いていた。
「ノアール殿下。……貴国からの贈り物、確かに拝受した。だが、肝心の“本題”は別にあるのでしょう?」
レオンの声音は静かだった。静かでありながら、地を這うような威圧を帯びている。
「……その通りです。陛下。私は一人の者に“謝罪”を述べるためにまかり越えました」
ノアールは視線を向ける。
その先にいたのは、貴族席の一角に立つ、青のドレスの令嬢――
「……エリシア」
その名を、彼が口にした瞬間。
謁見室の空気が揺れた。
「突然の来訪を、申し訳なく思う。そして……あの日、君を傷つけたことを、今さらながら、悔いている」
その言葉に、エリシアは目を伏せた。
(……今さら、何を)
傷はもう癒えた――そう言えるほど、簡単なものではなかった。
だが同時に、今の自分は、もう“過去”に囚われていない。
「……謝罪の言葉は、受け取ります。ですが、それだけです」
「……っ」
ノアールの瞳が揺れた。
「私はもう、リュクス家の令嬢ではありません。貴方の未来に、私の名は不要です」
その言葉に、王宮の者たちの胸が打たれた。
――清く、毅然とした拒絶。
そしてそれを見守るレオンの表情は、微動だにしなかった。
だが、謁見の終わり際。
ノアールが最後に告げた一言は、場の空気を凍らせた。
「……君が“この国の王”と近しい関係にあると聞いた。だが、どうか覚えていてほしい」
その眼差しは、執念にも似た強さを宿していた。
「私は今も、君にふさわしい人間でありたいと、そう思っている」
言葉を残し、ノアールは静かに踵を返す。
だがそれはまるで――“戦線布告”のような宣言だった。
◇ ◇ ◇
謁見が終わり、エリシアは一人、廊下に佇んでいた。
心がざわつく。
けれど、それ以上に胸を満たしていたのは――
「よく言ったな、エリシア嬢」
振り返れば、そこには王・レオンがいた。
彼はそっと、彼女の傍に立つ。
「謝罪は必要だが、許すか否かは、貴女の自由だ。それを、君自身が決めた。それでいい」
「……ありがとうございます」
「貴女が誰に何を言われても、私は――“今の貴女”を尊敬しているよ」
その一言に、エリシアの胸が熱くなった。
あの王が、誰の前でも言わなかった“感情”を、たった一人の自分に向けている。
それが、何よりも――あたたかく、怖かった。
――けれどその一方で、王都には“もう一つの影”が忍び寄っていた。
エリシアの存在を、神の寵愛と捉えず、“異端”とみなす者たちの気配が、静かに蠢き始めていた。