第4話:運命の邂逅と、王のまなざし
翌朝、エリシアは静かに村を発った。
王都ではない――隣国、アスヴェルト王国の王城へと向けて。
道中、クラヴィスは不思議なほど丁寧だった。エリシアの問いには真摯に答え、余計な詮索はせず、道中の景色の美しさを語るだけだった。
「……なぜ、そこまで私に敬意を?」
馬車の中でエリシアがふと尋ねると、クラヴィスは静かに答えた。
「陛下がそうお望みだからです」
「……それだけで?」
「それだけで、十分です。陛下は、私たちにとって唯一にして絶対の誇りですから」
その言葉の響きに、エリシアはほんの少しだけ心を揺らした。
――王というものは、命令するだけの存在ではなかったのか?
――あの人のように。
(……違うのかもしれない)
そう思いながら、彼女は王城の門をくぐる。
◇ ◇ ◇
王の間。
高い天井と陽の差し込むステンドグラス。その奥に、たった一人の王が座していた。
レオン=クロイツ。
アスヴェルト王国を若くして治め、戦乱を沈め、外交では五国連合をまとめ上げた“知と力の王”――そう呼ばれている。
だが、エリシアがその男を見た瞬間、まず思ったのは。
(……なんて、静かな人)
威圧も誇示もなく、ただ座っているだけなのに、その場の空気が自然と整っていくような、不思議な静けさがあった。
レオンは立ち上がり、玉座からゆっくりと歩いてきた。
「……貴女が、エリシア・フォン・リュクス嬢か」
声は低く、よく通る。だが決して硬くない。
エリシアはドレスの裾をつまみ、丁寧に礼を取った。
「はじめまして、陛下。私はただの……追放された娘でございます。身に余るお招きをいただき、恐れ入ります」
その言葉に、レオンの目がすっと細まる。
「追放された娘……? いや――」
彼は、エリシアの瞳をまっすぐに見つめた。
「私の目には、“神に選ばれた娘”としか映らない」
エリシアは、思わず息を呑んだ。
誰かにそう言われたのは、初めてだった。
これまで「無能」と言われ、「不出来」と疎まれ、「役立たず」と罵られてきた自分に――
この王だけが、「選ばれた」と、そう言ったのだ。
「……お笑いにならないでください」
それだけが、精一杯の反論だった。
レオンは眉を少しだけ下げた。
「私は嘘をつかない。嘘で人を集めれば、いつか王国は崩れる」
「…………」
「私は、確かに感じた。貴女には何かがある。それは、“力”ではなく、“本質”だ」
神の力を知らずに話しているはずなのに、まるでその本質を言い当てるようなその言葉に、エリシアの胸がひりついた。
「――エリシア嬢。貴女に頼みがある」
レオンは真正面から彼女に向かって言った。
「この国に、もう一度、神の祝福をもたらしてくれ」
それはまるで、王の命令ではなかった。
ただ一人の男としての、祈りのような願いだった。
その目に、偽りはなかった。
――そしてエリシアの中で、確かに何かが動いた。
(……この人は、嘘をついていない)
そして同時に、風が吹いた。
レオンの後ろで、ふとステンドグラスの色が揺らぎ、光の粒が差し込む。
『この出会いが、彼女の運命を変える。さあ、進むがよい』
神々が、また一つ、歯車を回した。 翌朝、エリシアは静かに村を発った。
王都ではない――隣国、アスヴェルト王国の王城へと向けて。
道中、クラヴィスは不思議なほど丁寧だった。エリシアの問いには真摯に答え、余計な詮索はせず、道中の景色の美しさを語るだけだった。
「……なぜ、そこまで私に敬意を?」
馬車の中でエリシアがふと尋ねると、クラヴィスは静かに答えた。
「陛下がそうお望みだからです」
「……それだけで?」
「それだけで、十分です。陛下は、私たちにとって唯一にして絶対の誇りですから」
その言葉の響きに、エリシアはほんの少しだけ心を揺らした。
――王というものは、命令するだけの存在ではなかったのか?
――あの人のように。
(……違うのかもしれない)
そう思いながら、彼女は王城の門をくぐる。
◇ ◇ ◇
王の間。
高い天井と陽の差し込むステンドグラス。その奥に、たった一人の王が座していた。
レオン=クロイツ。
アスヴェルト王国を若くして治め、戦乱を沈め、外交では五国連合をまとめ上げた“知と力の王”――そう呼ばれている。
だが、エリシアがその男を見た瞬間、まず思ったのは。
(……なんて、静かな人)
威圧も誇示もなく、ただ座っているだけなのに、その場の空気が自然と整っていくような、不思議な静けさがあった。
レオンは立ち上がり、玉座からゆっくりと歩いてきた。
「……貴女が、エリシア・フォン・リュクス嬢か」
声は低く、よく通る。だが決して硬くない。
エリシアはドレスの裾をつまみ、丁寧に礼を取った。
「はじめまして、陛下。私はただの……追放された娘でございます。身に余るお招きをいただき、恐れ入ります」
その言葉に、レオンの目がすっと細まる。
「追放された娘……? いや――」
彼は、エリシアの瞳をまっすぐに見つめた。
「私の目には、“神に選ばれた娘”としか映らない」
エリシアは、思わず息を呑んだ。
誰かにそう言われたのは、初めてだった。
これまで「無能」と言われ、「不出来」と疎まれ、「役立たず」と罵られてきた自分に――
この王だけが、「選ばれた」と、そう言ったのだ。
「……お笑いにならないでください」
それだけが、精一杯の反論だった。
レオンは眉を少しだけ下げた。
「私は嘘をつかない。嘘で人を集めれば、いつか王国は崩れる」
「…………」
「私は、確かに感じた。貴女には何かがある。それは、“力”ではなく、“本質”だ」
神の力を知らずに話しているはずなのに、まるでその本質を言い当てるようなその言葉に、エリシアの胸がひりついた。
「――エリシア嬢。貴女に頼みがある」
レオンは真正面から彼女に向かって言った。
「この国に、もう一度、神の祝福をもたらしてくれ」
それはまるで、王の命令ではなかった。
ただ一人の男としての、祈りのような願いだった。
その目に、偽りはなかった。
――そしてエリシアの中で、確かに何かが動いた。
(……この人は、嘘をついていない)
そして同時に、風が吹いた。
レオンの後ろで、ふとステンドグラスの色が揺らぎ、光の粒が差し込む。
『この出会いが、彼女の運命を変える。さあ、進むがよい』
神々が、また一つ、歯車を回した。