第3話:王の使者と、最初のすれ違い
ある晴れた午後のことだった。
「――王都からのお役人さんだって!?」
村の子どもが駆け込んできたとき、エリシアは庭でスープ用のハーブを収穫していた。
「お役人……?」
一瞬、胸がざわめいた。追放された身である。王都の人間となれば、よからぬ知らせである可能性も高い。
だが現れたのは、やけに丁寧な身なりをした青年騎士だった。
「貴女が……エリシア・フォン・リュクス様でいらっしゃいますか?」
「……そうですが」
「私、アスヴェルト王国直属、王命使節のクラヴィスと申します」
王命使節。
それが意味するのは、最強国家の王からの直々の使者であるということ。
「はあの、私のような者に、何のご用でしょうか……?」
エリシアは内心でぐるぐると考える。まさか――王都の誰かが、自分にまだ怒っているのだろうか。公爵家の娘としての責任を問う? それとも……追放処分の撤回?
だが次にクラヴィスが言った言葉は、彼女の予想のすべてを裏切った。
「……陛下が、貴女を迎えたいと仰せです」
「…………はい?」
「繰り返します。アスヴェルト王国国王、レオン=クロイツ陛下より直々に、“奇跡の令嬢”たる貴女を、王宮に迎えたいとのご命令を預かって参りました」
「……あの、何かの間違いでは?」
「いえ。貴女の数々の奇跡は、すでに隣国まで噂されております。干ばつを潤し、作物を繁らせ、傷病を癒やす聖なる力――それが神の寵愛でなくて何でしょう」
(……違います。誤解です。それ全部、私じゃなくて、偶然が重なっただけで……)
心の中で否定を重ねたが、口に出すことができなかった。
クラヴィスの目はまっすぐで、誤魔化しや嘘の入り込む余地がなかったのだ。
「エリシア様。どうか、我が王とお会い頂けませんか。陛下は貴女の力と徳、その清らかさに深い関心をお持ちです」
(……いやいやいやいや、徳とか清らかさとか、たぶん誤解だから!!)
エリシアは本気で頭を抱えたくなった。
それに――“王と会う”という響きが、胸の奥にかすかな痛みを蘇らせる。
(……ノアール殿下のことは、もう忘れたはずなのに)
「申し訳ありません、すぐにはお返事できません」
「……当然です。急なお願いですから。ですが――」
クラヴィスは腰を折り、丁寧に頭を下げた。
「貴女の判断を、王は信じてお待ちでございます。どうか一度、陛下と顔を合わせていただけますように」
彼の言葉には、押し付けがましさがなかった。
むしろ“お願い”に近い、静かな敬意があった。
それが、エリシアの胸をほんの少しだけ揺らした。
(王、という人が……私に“会いたい”と……?)
その想いは、まだ理解も受け入れもできなかったが――
その夜、エリシアの夢に、神々が姿を見せる。
白き光の女神ディアが、ふわりと笑いながらこう囁いた。
『さあ、次の舞台へ。運命はもう、動き始めているのよ』