第25話:崩壊と再生
神性吸収炉の中心部――そこは、静寂に包まれていた。
砕けた装置の残骸からは、もう何の反応もない。
神性の奔流はすでに霧散し、かつて神なき教団が誇った“人工神の心臓”は、跡形もなく崩れ落ちていた。
その前に、エリシアとレオンが立っていた。
二人の目の前には、かつて“神”になろうとした女、ミュリエル・ヴァレンシュタインが静かに横たわっている。
「……私の選んだ道は、間違っていたのね」
ミュリエルは、かすかに微笑んだ。
血に染まった唇からこぼれた言葉は、皮肉でも呪いでもない。
ただ、穏やかな――“人の声”だった。
「誰かに祈られることが、あんなにも……温かいなんて、知らなかったわ」
「……まだ間に合います。神にではなく、人としてやり直す道があるはず」
エリシアが手を差し伸べる。
だが、ミュリエルはゆっくりと首を横に振った。
「無理よ。私の中に流れ込んだ神性は、もう制御できない。
今は抑えられてるけど……いずれ暴走する」
その言葉に、エリシアは顔を曇らせた。
「でも、どうして……」
「最後に……一つだけ、お願いがあるの」
ミュリエルが、ふと空を見上げる。
「この力を……“誰かの祈り”の礎にして。
力じゃなくて、願いを紡ぐための、何かに……」
エリシアは、ただ静かに頷いた。
「約束します。あなたの“過ち”を、誰かの“希望”に変える」
ミュリエルは、うっすらと笑みを浮かべると、最後の一息を吐き――静かに目を閉じた。
それから数刻後。
島の神性は完全に沈静化し、結界も崩壊。
かつて聖域と呼ばれた地は、ただの静かな遺跡へと戻った。
王国軍と神官団は速やかに島を封鎖し、暴走神性の痕跡を回収。
だが、吸収炉の残骸の中心――そこには一つだけ、新たな神紋の原石が残されていた。
「これは……“融合された祈りの欠片”……?」
アイレーンが目を見開く。
「ミュリエルが自らに取り込んだ七柱の力と、エリシア様の祈りが混ざり合って……この形に“還元”されたのよ……!」
その神紋は、どの柱にも属さない、けれどすべてを含んだ、
“誰かのために願う力”――まさに新しい時代の始まりを告げるものだった。
「これは……“人から生まれた祈り”そのものね」
島を出る前、エリシアは小さな祈りの石碑を建てた。
そこにはこう刻まれていた。
――『祈りは、誰かを救いたいという願いの形』
――『それが届くかどうかは問題じゃない。
願い続ける限り、誰かの心に残る』
その石碑のそばには、静かに風に揺れる鈴が一つ、結びつけられていた。
帰還の船で、エリシアは甲板に立ち、空を見上げる。
「……終わったね」
レオンが隣に立った。
「ああ。だけど、祈りは続く。
神がどうとか、加護がどうとかじゃない。
お前の言った通り、“人の心が祈りを生む”ってことを、みんながやっと分かったんだ」
「それでも私、やっぱりちょっと不安」
エリシアは微笑む。
「私みたいな、ただの田舎の村娘が、“祈りの中心”になってしまったなんて……」
「お前はもう“ただの娘”なんかじゃないさ。
……王妃になるんだからな」
レオンの茶化すような声に、エリシアは真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと、今それ言う!? 今は真面目な空気だったでしょ!」
「真面目に言ってるさ? 王としてな」
そんなやりとりが、吹き抜ける海風に溶けていった。
その夜。
遠くの空に、一筋の光が流れる。
それは、砕かれた神性が祈りとして還元され、夜空を飾った“流星”。
誰かの願いが、確かに世界に残った証――




