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第24話:祈り、交差する剣

暴走した神格体――ミュリエルの成れの果てが、天を裂く咆哮を上げる。


 それは、かつての彼女が追い求めた“神の力”そのもの。

 だがそこに、祈りも、慈しみも、願いもなかった。

 あるのは、ただの“神性の暴走”。


 その力に押され、神殿の遺構は崩れ、空が黒く染まっていく。


「止めなきゃ……このままじゃ、島だけじゃなく……」


 エリシアが歯を食いしばる。


 だが、祈りだけでは止めきれない。

 暴走体は今、言葉の届かぬ“力の渦”になっている。


 その時だった――


「退いていろ、エリシア!」


 剣の煌きが、神殿の瓦礫を裂いて突き進んだ。

 その主は、金の鎧を纏う王――レオン・グランベル。


「レオン!」


「お前が祈りで導くなら、俺は剣で道を切り開く。それが……俺の隣に立つ者への答えだ!」


 暴走体の触手のような神性の波動を、レオンの剣が弾き返す。

 その剣には、かつてエリシアがこっそり結びつけた“祈りの鈴”が揺れていた。


 ――チリィン。


 その音に、エリシアの胸が熱くなる。


「……ありがとう、レオン」


「借りは返すさ。何度だって」



 ミュリエルは、もはや言葉を発しない。


 全身が神紋で覆われ、天を裂く光を纏いながら、その体は人ではない“超存在”へと変異し続けていた。


 ――七柱の神性を強引に融合させた結果。


 “神”を超えるために、“祈り”を捨てた女の末路。


 けれど、エリシアの中に浮かぶのは、ただひとつ。


「……あの人も、かつては誰かを救いたかったはず。

 歪んだとしても、その願いの始まりは、きっと――」


 祈りは、諦めない。

 祈りは、否定しない。

 祈りは、届かなくても、投げ捨てたりしない。


「……お願い。どうか、聞いて」


 エリシアは再び手を合わせ、最後の祈りを口にした。


「この世界のすべての祈りが、誰かの“命”を願うものに変わるように――

 どうか、その光が、あの人を包んでくれますように……!」


 光が、再び満ちていく。


 七柱の神性が、再びエリシアに集い、“聖なる環”が彼女の背後に出現する。



「レオン!」


「任せろ!」


 神性の触手が迫る瞬間、レオンの剣がその中心を断ち切った。


 次の瞬間、エリシアの祈りが暴走体の核心に届く。


 ――光と、音と、祈りが交差した瞬間。


 空が割れ、世界が静止したかのような感覚に包まれる。


 暴走していた“神格の核”が、その中から砕けた。


 そして――


 エリシアの前に、ひとりの人間の姿が膝をついていた。


 血を流し、力尽きたように伏しているのは、かつてのミュリエル。


「……なぜ……」


 その声は、もはや祈りを否定する者のものではなかった。


「どうして……私なんかのために、祈ったの……?」


「……あなたが、“誰かを救いたい”と願ったことを、私は知っているから」


 エリシアはそっと彼女の手に触れた。


「祈りは届かなくても、無意味じゃない。

 間違えても、傷つけても、やり直すことはできるから……」


 その瞬間――


 ミュリエルの目から、一滴の涙が零れ落ちた。


「……ずっと……怖かったのよ……

 祈っても、救われなかった自分が……」


 小さく、か細く、最後の言葉が漏れた。


 そして彼女は、静かに目を閉じた。



 戦いが終わった。


 島に渦巻いていた神性は、浄化され、風に還る。


 レオンが肩で息をしながら、エリシアの隣に立った。


「終わったな……」


「うん。……でも、祈りはこれからも続く」


 エリシアの手の中で、小さな鈴が優しく鳴った。


 ――チリリ……


 それは誰のためでもない、“誰かの幸せ”を願う音。



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