第23話:七柱の逆鳴り
眩い光の中心に、彼女はいた。
――聖和の座、エリシア=リュクス。
その身を包む祈りの力は、もはや“神の加護”ではなかった。
七柱それぞれの神性が、彼女の意思を核として、自然に一つにまとまり、そして彼女自身の“意志”として呼吸し始めていた。
祈りを司る者ではない。
祈りそのものに“意味”を与える存在。
それは、既存の神すら凌駕する、新しい“神性のあり方”だった。
一方、神性吸収炉の中央に取り込まれかけていたミュリエルは、苦悶の声を上げた。
「くっ……これは……これは違う……! 私の計算では、こんな結果は……!」
吸収炉の出力が逆流を始めていた。
七柱の神性が、術式の中でエリシアの祈りと共鳴し、逆に“排除の意思”を示し始めたのだ。
――七柱が、“鳴いている”。
「おまえに使われるために、私は存在するのではない」
「力を得るために、祈るのではない」
「救いとは、支配ではない」
「祈りとは、声を捧げることではない」
「信じるということは、命令を受けることではない」
「共に生きる者として、互いを認め合うものだ」
「そして――誰かのためにあるものでなければ、私は意味を持たない」
七つの神性が同時に語りかける。
それは言葉ではなく、魂に直接注がれる“逆鳴り”。
かつて、加護として人々に与えられた力が、
今、ミュリエルの内に“拒絶”として突き刺さっていく。
「う……あ……やめ、ろ……! 私は……この世界を正すために……っ」
ミュリエルの目が血走る。
「私が神になるんだ……! 人の手で神を創るんだ!!」
その狂気が限界を超えたとき、吸収炉の中央部が砕けた。
まるで“祈りに拒絶された”ように。
ミュリエルの体が空中に持ち上がり、神性の残滓が彼女の内に流れ込んでいく。
「――く、くく……ならば……この力すべて、私の中に取り込んでやる……!」
力への渇望、恐怖、妄執、そして孤独。
それらが混ざり合い、彼女の中で膨れ上がっていく。
融合ではない。崩壊だ。
ミュリエルの体が、神でも人でもない“何か”へと変異を始めた。
「っ、これは……!」
アイレーンが遠隔観測で叫ぶ。
「ミュリエルの体に、七柱の神性が暴走融合している……! 意識が耐え切れずに、神性の核と人格がぶつかり合ってるのよ!」
そこにあるのは、意思なき力の塊。
ただの暴力の象徴。
――“神格暴走体”。
神に成ろうとした人間が、神に否定され、そして祈りの反動で化け物となった姿だった。
「もうやめて……! ミュリエルさん……!」
エリシアが叫ぶ。
「あなたは、間違っていた。でも、その心のどこかに、ほんの少しでも“誰かを救いたい”という気持ちがあったはず……!」
だがその声は、もう届かない。
ミュリエルの中の“人間”は、すでに神性の濁流に呑まれていた。
次の瞬間、暴走した神格体が腕を振るい、神殿の柱がまとめて吹き飛んだ。
エリシアが咄嗟に防壁を展開するが、それもひび割れる。
「くっ……!」
再度、鈴を鳴らす。
だが――祈りだけでは、暴力は止められない。
それでも、彼女は前に出る。
「私は……あなたを、神にするために来たんじゃない。
あなたを――人に戻すために来たんです!!」
その声に、七柱の神性が呼応する。
エリシアの背後に、七つの光輪が出現する。
それぞれの属性と、記憶と、想いと、祈りを宿した、七柱の神の“化身”。
その瞬間、世界の空気が変わる。
「七柱よ――私に力を貸して。
これは、戦いじゃない。
……これは、“帰還の祈り”――」




