第22話:神性吸収炉と再誕儀式
――“神を造る”という発想自体が、祈りを否定している。
その言葉が、エリシアの胸に強く刻まれていた。
加護兵の最終個体が崩れ落ち、島の戦況は王国側の優勢となった。
しかし、島の“中心部”――かつて神殿の聖域だった場所だけは、強力な神性の膜に包まれ、誰一人として立ち入ることができない。
「これは……普通の結界ではありません。神性自体が“拒絶”している……!」
神官部隊のひとりが青ざめた声をあげる。
「つまり、“中にいる者”が、自らを“神の座”に置いている、ということだ」
そう呟いたのは、クロウだった。
「間違いない。ミュリエルがこの島の核心にいる」
王宮から追放された聖法連盟の元・副長であり、信仰を科学として操作しようとした女。
その狂気が、ついに“再誕儀式”として形を持ったのだ。
「行きます。私にしか、止められない」
エリシアは深く息を吸い、神性膜に歩み寄る。
すると、膜がゆっくりと彼女を受け入れるように開いた。
「……“神性の許可”が出た……?」
「違う、“神そのもの”が、エリシアを“主”として認めているのよ」
アイレーンが小さく囁く。
「行ってらっしゃい、聖和の座。あなたは、もう人を超えてる」
膜を抜けた先は、かつての“神殿の心臓部”。
そしてそこには、異形の儀式装置――《神性吸収炉》がそびえ立っていた。
中心には、巨大な神紋の輪。
その中に、七本の神柱のエネルギーが流し込まれている。
「これは……七柱の加護を……全て一つに?」
だが、それは融合ではない。
無理やりの統合。祈りの形を破壊してまで、力を束ねようとする行為。
「ようこそ、エリシア=リュクス」
その声と共に、装置の前に立つ女が姿を現した。
――ミュリエル・ヴァレンシュタイン。
冷ややかな瞳に、かつての信仰者としての面影はない。
「貴女はすでに気づいているはず。“祈り”など幻想です。
必要なのは、再現性と秩序。それが“神”という存在の正体なのです」
「……間違ってる。
祈りは、誰かを想う心から生まれるもの――機械や術式で計算できるものじゃない!」
「幻想に縋る者の戯言です」
ミュリエルが手を上げると、吸収炉が一気に唸りを上げる。
神性の奔流が天井を突き抜け、島全体が震える。
「私は、“人が神を制御する世界”を築き上げる。
そしてその鍵となるのが、貴女――聖和の座の“純粋な神性”。
……さあ、私の神となりなさい」
「……あなたは本当に、“神の座”に座るつもりなの?」
「当然です。人類はもう、神に祈る時代を終えるべきなのです。
今度は、神を造り、導く番なのですから」
その言葉に、エリシアの心が静かに怒りを燃やす。
「なら……私はあなたに、見せます。
祈りが、誰かを救うということを――」
吸収炉が暴走を始めた。
だが、エリシアは構わず前へ進む。
七柱の力が逆流する装置の前で、彼女は再び祈りを捧げる。
「……私は“神の代行”ではない。
私は、ただ“人”として、誰かを想い、手を伸ばす」
その瞬間、彼女の背に浮かぶ七柱の神紋が、ゆっくりと“交差”し始めた。
「……これは……!? 七柱の加護が、共鳴している……!」
アイレーンの絶叫が、外の結界の外まで響く。
「これはもはや、神の器じゃない……エリシア自身の“神性”が芽生えている……!?」
「お前に、神は創れない。
私は祈りによって、“新しい神”になる――“誰かを救うための神”に!」
エリシアの手が、吸収炉に触れた瞬間、世界が光に包まれる。
ミュリエルの悲鳴が闇に溶ける中、
七つの柱がひとつの輪になり、“新たな神紋”が空中に描かれた。




