第21話:加護兵、起動
島に鳴り響くのは、金属のぶつかる音ではない。
祈りの気配を模した、歪な“叫び”だった。
――あ゛あ゛あ゛あああああああ――
洞窟の奥。かつて神官たちが儀式を行っていた旧聖域にて、地を割るような咆哮が響く。
「来ます!」
神殿警戒部隊の前に姿を現したのは、五体の異形。
人の姿をしていながら、その背には神紋が直接刻まれ、光ではなく瘴気のような力が漏れ出ている。
「これが……“完全融合型の加護兵”……!」
アイレーンが顔を歪めた。
「もう、人としての魂は残っていないのね……」
「でも、止めなければならない」
エリシアが進み出る。
「このままでは……この島も、彼らも、祈りすら焼き尽くされてしまう!」
前方に構えた兵士たちが押し負けていく中、エリシアは両手を合わせた。
「……祈りよ、響け。かつて“祝福”であったものよ、“人”の元へ還れ……!」
光がほとばしる。
その瞬間、五体の加護兵のうち、一体の動きが止まった。
光の柱に包まれたその兵士は、無意識に目を細め、震える声を漏らす。
「……う……うあ……ぼくは……たすけて……」
「まだ間に合う……!」
エリシアはその兵に駆け寄り、そっと手を伸ばす。
その掌が触れた瞬間――
彼の体を縛っていた神印が砕け、光が一気に拡散した。
周囲にいた他の加護兵も、その眩さにたじろぎ、数秒だけ動きを止める。
「“連鎖反応”が起きています!」
アイレーンが叫ぶ。
「エリシア様の祈りは、“解放された神性”を起点に周囲の異常加護を共鳴させている!」
つまり――救えば救うほど、祈りは広がっていく。
「……祈りは、繋がるもの。争いのためじゃない……誰かと、心を通わせるためのもの……!」
しかし。
次の瞬間――地鳴りが島全体を揺るがした。
「な、何だ……!? 地中から反応が!」
地下から現れたのは、明らかに異質な存在だった。
全身に“七つの神紋”を無理やり刻まれ、複数の加護を矯正融合された巨大兵。
その中央核には、かつて“第一神官長”と呼ばれた男の姿があった。
「……まだ、終わっていなかったのか……!」
クロウが呻くように言った。
「その男は……神殿の“対神研究計画”で廃棄されたはずの……!」
「廃棄された存在が、再び“神”として利用されているのね……」
アイレーンの声が震える。
「これが、“完全融合型第零号”――教団の最終兵器」
その兵器が、口を開いた。
だが、それは人の言葉ではなかった。
神性そのものの反響音。
祈りを模したようで、祈りではない、意味のない音の連なり。
“祈りの模倣”――それが、神なき教団の“神”だった。
「エリシア様、危険です、下がってください!」
「いいえ、行きます!」
彼女は、恐怖を押し殺して前に出た。
「……これは、祈りじゃない。声でも、言葉でもない。
こんなものを“神”だなんて、私は認めない!」
鈴を鳴らす。
それは、神に捧げるのではなく、人へ捧げる“純粋な願い”。
チリ――ン。
空気が、ほんの一瞬、震えた。
そのときだった。
巨大兵の動きが止まり、内部にいたかつての神官の瞳が、ほんの一瞬だけ、潤んだように見えた。
「……エリ……シア……?」
「……覚えているんですか……?」
答えはなかった。
だが、その体から、一枚、また一枚と神印が剥がれていく。
「止められる……私たちの祈りで!」
エリシアの後ろに、兵士たちの声が集まる。
「祈れ! 聖和の座に続け! 俺たちも――祈る!!」
戦場に、祈りの鈴が次々と鳴り響いた。
そして――
その音の中で、巨大兵の神性核が砕ける。
空にまばゆい光が放たれ、異形の加護が音を立てて崩れ落ちた。
その跡に残ったのは、ひとりの男と、砕けた神印だけ。
彼は、静かに倒れた。
「……ありがとう……」
その最後の声は、確かに“人の声”だった。




