第20話:神性奪還作戦、始動
冷たい風が、王国の北を吹き抜ける。
その先に浮かぶ小島――フルカノス。かつて神官たちの避難所として利用されていたその場所は、今や“神なき教団”の前線拠点と化していた。
そして今――王国と聖和の座は、その奪還作戦を開始しようとしていた。
「……こちら作戦統括のクロウ。各部隊、配置報告を」
「第一陣、陸戦魔導部隊、揚陸準備完了」
「第二陣、神殿正規兵部隊、転移術式陣整備完了」
「第三陣、聖和の座護衛部隊、エリシア様の動線確保に着手します」
王国軍本営に設けられた臨時作戦指令室には、緊張と張り詰めた魔力が満ちていた。
「……エリシア、準備はいいか?」
そう声をかけたのは、王レオン・グランベル。
彼の目はいつになく真剣だった。
エリシアはうなずく。
その身には、白銀と藍を基調とした“聖和の座”専用の装束が纏われていた。
胸元に下げられたのは、古びた小さな鈴。かつて村で拾った、祈りの象徴だ。
「大丈夫です、レオン。……私は、もう逃げません。
この力を、誰かを癒すために使いたい。そのために、私が選んだ戦場です」
「……ああ。なら俺は、その背を守る」
そう言って、レオンは剣を抜く。
――その日の昼。
陽が陰り、空に薄い雲が広がる中、王国の三つの艦船がフルカノスを包囲した。
だが、島からは何の反応もない。
見張りも、警戒もない――静かすぎるほどの沈黙。
「……これは、罠の匂いがするな」
クロウが呟いた瞬間、島の中心部から濃密な神性が放出された。
「反応あり! 魔力ではない、これは……神性の乱流!?」
「まさか……! 強制加護融合式――“加護兵”の起動か!?」
エリシアが目を見開いた。
「加護兵……?」
アイレーンが素早く説明する。
「奪った加護を、無理やり人体に組み込み、戦闘力だけを引き出す禁術よ。
自我を奪い、祈りを否定し、ただ“神の力”を兵器として利用する――」
「そんな……」
エリシアの中で、怒りが音を立てて沸き上がる。
祈りとは、誰かを救うためのものであって、命を踏みにじるためにあるのではない。
「……いきます。私の力で、必ず、取り戻す」
レオンが頷き、号令をかけた。
「全軍、突入開始! 目標は“神性吸収炉”と加護兵の中枢! 聖和の座の加護を中心に展開し、敵術式を中和しろ!」
「了解!」
そして――
王と聖和の座による、神性奪還作戦が幕を開けた。
島に足を踏み入れた瞬間、エリシアの肌がぴり、と震えた。
地面から、空気から、吐息の中にまで染み込むような“神の腐臭”。
ここには確かに、祈りがあったはずだった。だがそれは、ねじ曲げられている。
「……誰かが……ここで……泣いてる……」
エリシアの指が震える。彼女は感じ取っていた。
この島に残された神性たちが、苦しみの中で叫んでいることを――
前方に、黒い鎧を纏った兵が姿を現す。
目には焦点がない。体に埋め込まれた神印が脈打ち、異形の光を放つ。
それは、かつて神官だった少年の成れの果て――“加護兵”。
だが――
「……止まって!」
エリシアが叫ぶと、懐から取り出した“鈴”がかすかに鳴った。
――チリ……
その音に、加護兵の脚が、ふらりと揺れる。
「苦しい……たすけて……」
「戻ってきて。あなたの中にまだ、祈りが残ってる。
それを、私に……手を伸ばして……!」
鈴の音と共に、白く淡い光が溢れ出す。
加護兵の鎧が砕け、苦しげな息と共に、ひとりの人間が地に倒れた。
「……救えた、のか……?」
震える兵士たちの間で、希望が生まれる。
「これが、エリシア様の“祈り”……!」
兵士たちが勇気を取り戻す。
「行くぞ! 祈りを守るために、剣を取れ!」
そして王の剣が、神の名を騙る術式を切り裂いた。
その頃、島の最奥では、ひとりの女が空を見上げていた。
ミュリエル・ヴァレンシュタイン。
神なき教団の代弁者であり、かつて聖法連盟の権威の象徴だった女。
「……来ましたわね。聖和の座。これで“すべて”が始まります」
その目には、狂気にも似た確信が宿っていた。
――“神を超える者たち”の物語が、ついに幕を開けた。




