第19話:加護兵計画と、奪われた神性
――“加護はもう、祝福ではない。戦争の道具だ”
その事実が、王国の中枢に突きつけられたのは、北方からの急報によってだった。
「……施設内の神性保管装置はすべて破壊、研究員・神官含めて三十八名が行方不明。生存者なし」
クロウが読み上げた報告は、決して戦場の話ではない。
あくまで、“神に仕える者たち”の集まる平和な研究機関だった――はずだった。
「そして……これをご覧ください」
クロウが差し出したのは、敵が現場に残した“映像術式記録”。
そこには、信じがたい光景が映っていた。
――人間の体に、“加護の印”を無理やり埋め込み、
――苦悶と絶叫の中で、“光を放つ兵士”が生み出されていく。
「……これが、“加護兵”……!」
アイレーンが歯を噛みしめる。
「ええ。術式構成から判断して、“神の権能を疑似的に再現”している……でも、これは、魂を削る術よ。
加護を持つ者から神性を抜き出し、別の肉体に強制付与している――まさに“神の解体”」
エリシアの胸が、怒りとも悲しみともつかぬもので押し潰されそうになる。
「……こんなこと、誰が……」
すると、クロウが静かに追加報告を口にした。
「実は、神なき教団の背後に、“聖法連盟の一部派閥”が接触していたことが判明しました。
公式には否定していますが、ミュリエル補佐官の身辺調査で“秘匿ルート”が見つかっています」
「つまり――ミュリエルは、加護兵開発に協力していた可能性があると?」
「それどころか、主導していた可能性すらあります」
◇ ◇ ◇
「ならば、私は……彼らに奪われた“神性”を取り戻すべきです」
その言葉を発したのは、エリシアだった。
王宮作戦室にて、諜報・軍・神官団の幹部が揃う中、彼女はまっすぐ立っていた。
「エリシア、危険すぎる。あの施設を掌握した者たちは、加護を封じる術も、暴走させる術も持っている」
レオンが反対を示すのは当然だった。
しかし彼女は、首を振る。
「……彼らが奪ったのは“神の力”じゃない。“人が祈りと共に築いてきた信仰の形”です。
私はその意味を、この手で取り戻したい」
その目に迷いはなかった。
彼女が“聖和の座”として立つ以上、逃げるわけにはいかなかった。
翌朝――
エリシアは、初めて**“自らの意志で加護を起動”する訓練**を開始していた。
「あなたの加護は調和の象徴。けれど、同時に“極めて不安定な多層構造”でもあるの」
アイレーンは神紋装置を展開し、エリシアの背に浮かぶ神印を解析していた。
「七柱の加護が交錯するあなたは、本来であれば加護を制御できる存在じゃない。
でも、逆に言えば、誰にも模倣できない“固有の神性”を持っている」
「……つまり、私だけの祈り方を作らなければならない、ということですね」
「そう。誰かに教わるんじゃなく、“エリシア=リュクスという人間がどう世界と向き合うか”を、祈りにするのよ」
エリシアは静かに目を閉じる。
祈りとは、他者のための言葉だった。
だけど今、自分自身に向ける必要がある――“私はどう生きたいのか”という問いに。
「私は、奪われるために生まれたんじゃない。
……誰かを救うために、私は祈りを使いたい。例えそれが、神の力と呼ばれても」
その瞬間、彼女の背に広がった光は、七柱の神印を越えて、**ひとつの“新しい神紋”**を形作っていた。
「……これは……まさか、“固有神性”の兆し……!?」
アイレーンが驚愕する。
“調和された七柱の力”を再統合することで、
**エリシアだけの“独立した神性”**が芽生え始めていたのだった。
そして同日――
諜報部が突き止めた、“神なき教団”の前線基地が、王国国境の孤島に存在することが判明する。
そこには、奪われた神性を埋め込まれた“初期型加護兵”が多数存在するとの報告があった。
王と聖和の座は、重大な決断を下す。
「――神性奪還作戦、発動」
これは、ただの戦闘ではない。
信仰を、祈りを、力ではなく“意味”として取り戻すための戦い。
エリシアにとって初めての、“自ら選んだ戦場”だった。




