第18話:陰謀の貌――“神なき教団”と加護狩りの連鎖
“祈りの祝宴”での加護封印事件は、各国の使節団の前で起きたにもかかわらず、翌朝には見事に揉み消されていた。
王国側の発表はこうだった。
――「神の力が暴走したが、聖和の座によって鎮められた」
――「祝祭は神々にとっても“試練の場”であった」
つまり、“誰かの攻撃”という事実を隠蔽することで、外交的な摩擦を回避したのだ。
だが、真実を知る者たちは沈黙の奥に剣を隠し始めていた。
「“神なき教団”――やはりあの術者たちは、そこに連なる者たちか」
王宮地下の戦略室にて、レオンは地図の上に新たな証拠を並べていた。
祝宴の際に押収された封印道具、そして術式の構造。
どれも“神術”ではなく、“神を否定する術式理論”によって成り立っていた。
「彼らは“神の加護”そのものを憎んでいる。……では、なぜ“加護を持つ者”であるエリシアに執着するのか」
その問いに、諜報責任官・クロウが答える。
「それは恐らく――“自分たちで加護を奪える”と踏んだからです。
実際、今回使用された術式は、“加護の抽出”に極めて近い構造でした」
「加護を奪う……?」
エリシアの手が、無意識に胸元を押さえる。
彼女が得た“七柱の調和”は、単に信仰の象徴ではない。
その加護は“存在そのもの”に深く刻まれており、奪われれば命にも関わる可能性があった。
「それだけじゃないわ」
横合いから声がした。現れたのは王国魔法技官長であり、元神殿研究機関所属の女性――
アイレーン・セラフィム。
「“神なき教団”は、加護を道具として扱う研究をしているわ。特に、“武装化された神性”――通称《加護兵》の開発」
「……加護兵?」
「端的に言えば、“他人の加護を奪い、戦力として転用する”生体術法よ。神を否定する彼らだからこそできる暴挙」
その言葉に、エリシアの中で過去の記憶がよぎった。
(……村を襲った、“名もなき軍”……あれも、加護を吸い取るような動きをしていた……)
「つまり彼らは、私という存在を――“武器として利用できる対象”として狙ってきたのですね」
「その通り。あなたの加護は、彼らから見れば、“究極のエネルギー源”よ」
その夜、エリシアは静かにテラスで夜風に当たっていた。
加護を持つことは、“祝福”だと信じていた。
けれど今、その祝福は誰かに狙われ、奪われ、利用される“力”として見られている。
「……それでも、私は……」
声に出してみると、自然と答えが続いた。
「誰かの癒しでありたい。誰かの武器になるためではなく――誰かの痛みに寄り添うために、私は祈っていたはず……」
その声に応えるように、背後から足音が近づく。
「それが、君の“戦い方”だ」
レオンがそっと隣に立ち、エリシアの肩に外套をかけた。
「戦争に祈りで挑むなど、愚かだと笑う者もいるだろう。
だが、君のその姿勢こそが、この国にとっての“最後の砦”になると私は思っている」
エリシアは、そっとレオンの手を握る。
「私は、祈りを手放さない。
でもそれは、戦わないという意味じゃない。……私は、私のやり方で、抗います」
そして翌日、第一報がもたらされた。
――北方の“加護研究施設”が、何者かの襲撃を受け、所員が全員行方不明。
施設の地下には、信仰解体の印、《黒神環》の刻印が残されていた。
その印が意味するのはただ一つ――
“神なき教団”の宣戦布告。
エリシアとレオンの前に、ついに加護をめぐる“国際信仰戦争”の扉が開かれようとしていた。




