第17話:祈りの祝宴と封印の鈴
その夜、王城の神殿庭園は、まばゆい灯火と香の香りに包まれていた。
――祈りの祝宴。
名目は“聖和の座”即位と各国使節団の友好式典。
だが実際には、王国と聖法連盟、そして加護の力を巡る緊張の場でもあった。
エリシアは、神々の象徴たる純白の式衣に身を包み、庭園中央の大円壇に立っていた。
「……皆様、本日はこのような場をいただき、心より感謝いたします」
その声は静かで、だが確かな意志に満ちていた。
祝詞を奉納し終えたそのとき――
「では、聖和の座殿に、当方の“祈り”もお届けしてよろしいでしょうか?」
ミュリエルが、ほほえみながら前に出た。
「祈りは、誰のものでもありません。……ご自由にどうぞ」
エリシアが応じると、ミュリエルは手にした小箱をそっと開いた。
「これは、“清めの鈴”。私どもの教義では、神の寵愛を受けすぎた者の“力を安定させる”と伝えられています」
庭に、かすかな鈴の音が響いた。
……チリ……チリ……チリ……
エリシアの背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
――鈴の音に、神の加護が呼応しない。
むしろ、沈黙していく。
(これは……封印の鈴――っ!?)
「っ、みなさん、下がって!」
そう叫んだ瞬間、ミュリエルの周囲に配置されていた“従者”たちが一斉に術式を展開した。
「“神性抑制結界”、起動します!」
「目標、対象エリシア=リュクス、加護封鎖へ移行!」
「エリシア!」
レオンが駆け出そうとするも、空間に歪みが走り、王の動きを阻む“神封の壁”が展開された。
「やめろッ、貴様ら……!」
エリシアは、自分の中の加護が“静かに沈黙していく”のを感じていた。
祝福が、祈りが、遠ざかっていく――
だがその中で、たったひとつ、微かに響いていた音があった。
――チリ……チリ……
……自分の足元にある、小さな“古びた鈴”の音。
(……これは、わたしが、幼いころから祈りを込めてきた――)
神のものではない。
教義にも属さない。
ただ、“わたし自身の祈り”。
「……わたしは、ただ……誰かを癒したかった。誰かの痛みを、祈りで和らげたかった」
エリシアは、目を閉じる。
「神の力ではなく……この心と、この声が届くなら――」
その瞬間、自らの内から、まばゆい光があふれ出した。
「っ、術式に異常発生! 反応が逆流しています!」
「ば、馬鹿な……! 鈴の干渉を超えて、“本人の意思”で加護を呼び戻している……!?」
ミュリエルが一歩、後ずさる。
だが、もう遅かった。
「……これが、“私の祈り”です」
光が、庭園を満たす。
破られる結界、反転する封印、弾き飛ばされる鈴――
そして、王の足元に届いた風が、レオンの封印も解除した。
「……よく戻ってきたな、エリシア」
「ええ、私はもう……“神々の声に怯えるだけの存在”じゃありません。
自分の意志で、祈りを選ぶ者として、ここに立ちます」
ミュリエルは、戦闘不能の従者たちを見下ろし、静かに舌打ちした。
「……仕方ありませんわね。では、我が聖法連盟としての正式な“第二手段”を用いましょう」
そう告げた瞬間――彼女の背後に、もう一人の黒衣の人物が現れた。
その眼差しには、明確な殺意と神術による力が宿っていた。
新たなる陰謀は、まだ序章にすぎなかった。




