第13話:王の決断と、告げられた求婚
王都アスヴェルト。
神殿前広場に、民衆の波が押し寄せていた。
今日は王妃選定の最終発表――その名を、王自らが告げる“神前宣言の日”だった。
だがこの瞬間を、誰もが“政略上の儀式”と捉えていたわけではない。
数日前の祝祭の儀にて、加護を暴走させず、三柱の神に同時に応えた令嬢の噂は、既に王都を席巻していた。
そしてその名は、何より――
「……リュクス家の、追放された娘?」
「いや、今はもう違う。“神に選ばれた癒しの乙女”だ」
“エリシア=リュクス”――
彼女の存在は、王の名と並んで語られるようになっていた。
神殿奥の控室。
エリシアは、今まさに“王の決断”を聞くそのときを迎えようとしていた。
心臓が、静かに鼓動を刻んでいた。
(ここで、わたしの名前が呼ばれなければ――それでいい。王妃としての器かどうかは、私自身が一番よく分かってる)
けれど、頭の中にはもうひとつの想いがあった。
――彼が、王でなかったとしても。
――私が“選ばれなかった”としても。
それでも、そばにいたいと思ってしまう。
その想いを、否定できない自分がいた。
神前広場。
玉座に立つ王・レオンが、静かに口を開いた。
「アスヴェルト王国の未来を共に歩む“王妃”を、ここに定める」
沈黙。誰もが息を飲んだ。
「名は――エリシア=リュクス」
その瞬間、広場にざわめきが走った。
だがそれは驚きだけではない。
多くは、あの日“光の祝祭”を目撃した者たちの、納得と敬意のざわめきだった。
王は続ける。
「神の加護を受けし者であり、同時に人としての徳と覚悟を備えし者。
私は、王としてではなく――“ひとりの男”として、彼女を望む」
そして振り返り、神殿から現れたエリシアに手を差し出す。
「貴女に問う。王の妃として、我と並び立つ覚悟はあるか」
その声は、儀式でも政略でもなく、**真正面からの“求婚”**だった。
エリシアの瞳が、大きく見開かれる。
心が、波紋のように広がっていく。
――私は、ただ癒しを届けたかった。
――ただ、誰かのために祈りたかった。
けれど今、自分という“存在そのもの”が、誰かに求められている。
それが――こんなにも、あたたかいことだなんて。
「……はい。恐れ多くも、私でよろしければ……この命、共に歩ませていただきます」
王がそっと、彼女の手を取る。
その手を取り上げる所作は、まるで“聖なる契約”そのものだった。
その夜。
王宮に戻ったエリシアは、レオンとふたり、静かなテラスで夜風にあたっていた。
祭りのような一日が終わり、ようやくふたりきりの時間が訪れる。
「……今もまだ、夢を見ている気がします」
「私もだ。だが、これは夢ではない。これからが現実だ。……厳しい現実だがな」
そう言って、レオンは横顔でつぶやく。
「君が選ばれたことに納得しない者たちが、必ず動き出す。君の加護は、政治と信仰の両面で“利用”されかねない。……だからこそ、私は正式に君を守る道を選んだ」
「……私のせいで、陛下まで矢面に立つことに……」
そうつぶやいたエリシアに、レオンはしっかりと顔を向けた。
「勘違いするな。私は“守る”のではない。――“隣に立つ”のだ。王妃として、そして、それ以上の存在として」
その言葉に、エリシアの胸が、熱く震えた。
自分はもう、誰かの陰ではなく――
この国の光の中に、共に立っているのだと感じた。




