第12話:祝祭の儀、試される心と暴走する加護
王妃選定、最終段階――
それは、神殿の大広間にて行われる公開祝祭の儀。
国中の目が注がれる中、王妃候補たちはそれぞれの“信仰と徳”を試される。
祈り、献花、祝詞の奉納、そして――“加護の発現”。
そう、これは単なる形式ではない。
王妃にふさわしい神性と霊格を備えているか、それを証明する“儀式”なのだ。
白大理石の神殿の奥。
神官たちが整然と並ぶ中、王妃候補がひとりずつ進み、祭壇へと歩を進める。
「続いて、リュクス家前令嬢、エリシア=リュクス殿」
その名が告げられた瞬間――場にわずかなざわめきが走った。
だがエリシアは、ただ静かに頭を下げ、ゆっくりと壇上へと歩む。
(ここで、何かが試されるのなら……わたしは、受け止めます)
小さく深呼吸して、祈りの姿勢をとる。
と、そのとき。
ふ、と空気が変わった。
突如、神殿内の燭火がすべて揺れ――まばゆい光が、祭壇を中心に広がる。
「っ……これは……!」
神官長が思わず叫ぶ。
通常の加護発現を遥かに超えた“神域現象”――それが、エリシアの周囲に起きていたのだ。
光は渦を巻き、空中には金と青の紋様が浮かび上がる。
――【聖なる癒しの神・リュミエル】
――【守護の神・ヴァルター】
――【運命の神・ティアズ】
並ぶはずのない、三柱の神の印が同時に輝いた。
「……っ、危険だ! これは……神々の“干渉領域”だ!!」
神官たちがざわめき、儀式を中断しようと動く。
だがそのとき――
「やめよ」
玉座の上段にいたレオン王が、厳然たる声でそれを制した。
「その光は、脅威ではない。“加護の暴走”ではない。“神々の共鳴”だ」
その声に、神官たちが一斉に跪く。
――そして次の瞬間。
「きゃっ……!」
壇上にいたマルグリット嬢が突如、後方からエリシアに向けて突進した。
手には、神具を模した“呪具”。
「こんな娘が選ばれてたまるかっ……!」
「危ない――!」
エリシアは、とっさに身を守る術もなく、直撃を受けるはずだった。
だがその瞬間。
“風が壁を作った”。
まるで見えざる守護の盾が、彼女を中心に張り巡らされたのだ。
マルグリットの身体は空中に跳ね返され、何かに弾かれたように倒れ込んだ。
「……っ、これは……加護の……!」
そして壇上のエリシアは、微動だにせず立っていた。
その周囲に立つ神官たちは、もはや疑わなかった。
この娘は――
**“神々が自ら守護を発動するほどの、特別な存在”**なのだと。
儀式後、控えの間。
エリシアは呆然としていた。
自分の身に起きたことのすべてが、夢のようで。
「……私は……神に、試されたのでしょうか」
ぽつりとこぼしたその声に、応じたのはレオンだった。
「違う。“選ばれた”のだ、エリシア。あの場にいた者全てが、それを見た」
彼はそっと、彼女の手を取る。
「だが選ばれたということは、それだけで幸せになれるという意味ではない。これから多くの者が、君を“信仰の象徴”として扱おうとする」
「……人ではなく、“神の代行者”として……?」
「ああ。だがそれを拒んでもいい。君は君だ。それを選べる唯一の権利は、君自身にしかない」
その言葉に、エリシアの瞳が、かすかに揺れた。
選ばれたからこそ、試される。
愛されるからこそ、狙われる。
それでも。
――彼の隣に立つと、心が静かになるのは、なぜだろう。




