第11話:王妃候補と選定の儀、そして知らされた真実
それは、王国において十年ぶりのことだった。
――王妃候補の選定。
王の花嫁を迎えるというだけではない。
国母となる存在は、外交にも信仰にも、国の根幹にも関わる“国家の象徴”となる。
アスヴェルト王国中から貴族令嬢、各国の姫君が集い、その中に――
追放令嬢・エリシア=リュクスの名が加わったとき、王都は大きく揺れた。
「……なんと無礼な。元は無能と烙印を押された女が、王妃候補とは」
「聖なる選定の間」へ向かう回廊で、エリシアは数人の妃候補たちに囲まれていた。
その声の主は、南方の大公の娘・マルグリット嬢。
すでに王妃として王宮入りが内定している、と噂される筆頭候補だ。
「わたくし、ずっと“王妃教育”を受けてまいりましたの。庭園の香草の手入れなどしている間にね」
「神の寵愛? 笑わせていただくわ。神は、軽々しく凡人を選ばないのです」
その言葉に、エリシアは苦笑した。
「……そうですね。わたし自身も、なぜ選ばれたのか分かっていません。けれど、誰かのために祈り、誰かを癒すことに意味があるなら、それを続けたいと思うんです」
「はっ、偽善!」
マルグリットの冷笑が突き刺さる。
だがその瞬間――空気がぴたりと張り詰めた。
「そこまでにしてもらおうか、マルグリット嬢」
鋭い声とともに現れたのは、侍従長。そしてその後ろには、黒衣の王・レオンの姿。
「選定の場とは、“出自や名声”を競う場ではない。“今の人間性”を示す場だ。忘れるな」
王の一喝に、マルグリットはさっと顔を引きつらせた。
エリシアはというと、ただ小さく頭を下げた。
――王の前では、何も言い返せない。ただ、胸に刻まれるあたたかさだけが残る。
その日の午後。
王城地下の神殿書庫にて、レオンは一人の神官と会っていた。
「“彼女の加護”について、何か分かったのか?」
「……はい。古代文献を調べておりましたところ、彼女のものと思われる加護に関する記述を発見いたしました」
神官は、羊皮紙を取り出す。
「それは“多神恩寵体質”。神々の意志と共鳴し、複数の神から無意識に加護を引き寄せる特異体質です」
「複数の……?」
「はい。普通、人は一柱の神にしか愛されません。しかし、彼女は“三柱以上”の神に、同時に“祝福されている”」
「……それは、つまり?」
「端的に申せば――神々にとって、彼女は“器”そのものなのです」
その言葉に、レオンの表情が静かに硬くなる。
「神の加護が暴走すれば、人を癒すことも呪うこともできる。つまり、“王妃”どころか、“神具”として狙われる危険がある……」
レオンは、拳を強く握りしめた。
「貴様ら神官たちがどう扱おうと、彼女は“人間”だ。物のように語るな」
「……はっ」
一方そのころ、エリシアは王妃選定の筆記試験を終え、神殿庭園でひとり、そよ風に揺れる花を見つめていた。
(王妃になれと言われても、わたしには……何ができるのだろう)
迷いはあった。だがそのとき、不意に背後から声がした。
「……ここにいたか」
「陛下……」
レオンは黙って彼女の隣に座ると、言った。
「君の加護について、調べがついた。だが――そのことは、君に告げるのを迷っている」
「……なぜ、ですか?」
「君の“心”が、自分の存在を否定することになりはしないかと……」
沈黙が流れる。
けれど、エリシアは静かに微笑んだ。
「……わたしは、もう“否定”しません。自分の存在が誰かを癒し、誰かを笑顔にできるなら――神の力でも、なんでも構いません」
風が吹く。
花が揺れる。
そして、レオンは小さく、笑った。
「……そうか。ならば私は、君のその選択を、全て支えよう」
それが――王から、ひとりの少女への、はじまりの誓いだった。




