第10話:目覚めの誓い、そして縁談の兆し
ふわり、と。
薄絹のような意識の底から、現実がゆっくりと浮かび上がる。
「……あ……」
まぶたを開けば、やさしい陽の光が差し込んでいた。
見慣れぬ天蓋、やわらかなシーツの香り――ここは、王宮の特別室。
ゆっくりと起き上がったエリシアの視界に、真っ先に入ったのは――
「……レオン、様……?」
ベッド脇の椅子に腰をかけ、眠るように頭を垂れていた王・レオン。
いつもの威厳などなく、ただ疲れた男の姿がそこにあった。
その頬には、うっすらと無精ひげが覗いている。
「……こんなお顔、初めて見ました」
小さくつぶやくと、レオンのまつげがぴくりと動いた。
「……起きたか」
「……はい。ご迷惑を……」
「迷惑、などと。むしろ……私の不覚だった。君を、巻き込んでしまった」
エリシアは首を振る。
「私がここにいるのは、自分の意思です。私のせいで争いが生まれたというなら……私こそ、謝らなければいけません」
けれどそのとき。
レオンはゆっくりと椅子から立ち上がり、ベッドのすぐ傍まで歩み寄った。
そして、視線を合わせたまま、静かに口を開いた。
「……エリシア嬢。私は、貴女を守ると決めた」
「……はい」
「王としてでも、力を持つ者としてでもない。私は、“ひとりの男”として、君にそう誓ったんだ」
エリシアの心臓が、痛いほど鳴る。
それが、ただの“救済”ではなく、“告白に近い言葉”だと、彼女は本能で理解していた。
けれど――答えるには、まだ言葉が見つからない。
そのとき、部屋の扉が控えめにノックされた。
「陛下、王妃様がお越しです」
王妃・レイナは、相変わらず上品な微笑を浮かべて現れた。
「ご無事で、何よりですわ、エリシア嬢。陛下がずっと付き添っておられて……」
「……す、すみません……!」
「ふふ、あなたが謝ることではありませんよ。むしろ、私はあなたに礼を言いたいのです」
王妃はゆっくりと手を取り、言葉を続ける。
「貴女がこの国に来てから、王は確かに変わりました。人の痛みに、より深く寄り添うようになった。冷静さの中に、“情”が灯った。……それは、貴女がもたらした変化です」
そう言って王妃は、ふっと微笑を崩す。
「そして陛下が、それほどまでに誰かを想う姿を、私は初めて見ました」
エリシアの喉が、ごくりと鳴る。
王妃の瞳には、嫉妬も敵意もない。ただ、静かな敬意と、次の言葉が宿っていた。
「ですから、王妃として――そして、ひとりの年長の女として、申し上げます」
レイナは、そっと膝を折って、正式に言った。
「……エリシア嬢。あなたに、“この国の王妃”という道があるのなら。どうか、逃げずに向き合ってください」
「……っ」
胸の奥が、波のように揺れる。
“王妃”――それは、遠い夢でしかなかったはずの言葉。
けれど今、それは誰よりも優しい人の口から、正式に“勧め”として告げられたのだ。
レオンが、視線を伏せる彼女にそっと囁く。
「急ぐ必要はない。だが、私は――いつまでも待つ」
その声に、エリシアの目尻がわずかに潤んだ。
心の中の何かが、少しずつほどけていく。
そして同時に、彼女の胸に新たな不安が芽生えていた。
――もし私が“王の妃”になるとして。
果たして、この加護と“神の力”は、祝福なのか、それとも呪いなのか。
答えのない問いが、静かに心を占めていく。




