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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スラーヴァ・ヴァリアール!~辺境に追放された悪役令嬢は、カルト教団を作って神となる~

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・歴史的出来事などはすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。

「セラフィマ・ザリーナ・ドラガレヴァ! 今この場で、貴様との婚約を破棄する!」


 皇太子の声が金の宮殿に響きわたった。


 ここは極寒の国・ノルクラッド帝国。

 その中心にある豪華絢爛な宮殿の一室。

 

 そこで私は、皇太子から一方的な断罪を受けていた。


「邪悪な暗黒令嬢(レディ・ヴァリアール)。 妹である聖女アリシェラに嫉妬し、暗殺を企てたな!」

「私はそんなことしておりません! 妹に手をかけるなんて!」

「後妻の娘だと、お姉さまは私をいつも疎んじておりました。だからって……こんなひどいこと……」

「なんて醜悪な……貴様の言葉など誰も信じないぞ!」


 アリシェラは皇太子の後ろでめそめそと泣き、それを見て皇太子の怒気が強まる。

 

 どうしてこんなことに……

 私は本当に、なにもしていないのに。


「アリシェラの侍女が見ていたぞ。貴様が闇魔法で周囲を覆い、アリシェラを階段から突き落としたと!」

「私の侍女もその場にいました! ゾフィー、あなたも見てたでしょう?」

「はい。見ました。……セラフィマ様が、アリシェラ様を突き落とすところを」

「そんな、嘘よ!」


 頼りにしていた侍女、ゾフィーはあっさりと私を裏切った。

 無実の私に冤罪を着せ、目を合わせることもしてくれない。

 

 胸の奥がぎゅっと痛くなる。

 信じていたのに……!

 

 この場に、私の味方は誰もいない。



 この国では、魔法は10歳のときに授かる天啓。

 特に光魔法は、神聖なものとして最も尊ばれる。


 火、水、風、土――どれも生きるために欠かせない力。


 でも、私が授かったのは闇魔法だった。

 悪魔の力、太陽を隠す不吉な力とされ、忌み嫌われている。


 闇魔法を得たその日から、私の人生はすべて変わった。


 家族から疎まれ、学園では孤立し、時に命まで狙われて……

 そんな中で唯一の支えが皇太子との婚約だった。


 私は皇太子にふさわしい令嬢になるために、すべてを捧げてきた。

 血の滲むような思いで学問を、剣技を、魔法を極めた。

 完璧になれば皆私を認めてくれる、許してくれると思っていた。

 

 それなのに――


「よかった、やっと縁が切れる。暗黒令嬢(レディ・ヴァリアール)


 ゾフィーのつぶやきが耳に届く。


 ふと見ると、アリシェラも、ゾフィーも、会場のすべての人が笑っていた。


「せいせいするわ」

「悍ましい悪魔。この国から出ていけ」

 

 私が無実かどうかなど、彼らにとってはどうでもいいことだ。

 私がこのまま消えてなくなることだけが、彼らの望みなのだから。


「公爵令嬢という地位を重んじ、貴様は追放刑で済ませてやる。命を繋ぐことができたことに、感謝せよ」


 でっち上げの罪で裁判を起こすことができないだけなのに、皇太子はまるで慈悲をかけるように言ってきた。

 馬鹿みたいだわ、こんな男に縋りついていたなんて。

 

「……承知しました。その処分、受け入れます。でも、私は誓って妹の暗殺など企ててはいません」

「誓う? 面白いこと言うのね。お姉様のような悪魔が神の名に誓うなんて!」


 アリシェラの顔が、歪んで笑っていた。

 私たちは姉妹。似た顔をしていても、運命はまるで違う。


 神はどうして、こんな仕打ちをするのか。

 でも――私は気づいてしまった。


(神なんて、最初からいなかったんだわ)


「違うわアリシェラ、私は私の名に誓っているの。そして神にはこの言葉を捧げるわ」


 私は天に指を向けて吐き捨てた。


На()хуй(フイ) Бога(ボーガ)!(F##k you GOD!)」

 

 ◇ ◇ ◇


「あーあ、せいせいした!」 

 

 好き勝手言った後、宮殿はもちろん大騒ぎ。

 不敬だ悪魔だと罵られたり、神官の一部は泡を吹いて倒れたり……

 「不敬罪で殺すべきだ」なんて言葉を浴びながらも、追放船に押し込められて母国と永遠の別れをした。


「自由でいるって、こんなに楽しいことだったのね!」


 開き直ってしまえば心は晴れやかだ。

 船はぐんぐんと南下して、ノルクラッド帝国の乾燥した空気から、熱帯の湿気を帯びた風に変わっていく。


 追放先は熱帯の列島、ヒゴク。

 

 ノルクラッド帝国と比べればとても小さな島。

 ヒゴク民族は集落ごとに小さな部族に分かれて生活をしている。

 王政は発展しきっておらず、帝国が勝手に流刑地として利用しても陳情できるような酋長がいない。

 

 大国に蹂躙される、哀れな未開の土地だ。

 

 聞けばノルクラッド帝国では全国民が持つ魔法すら、彼らは概念としても知らないらしい。

 まあ、魔法を授けてくれる神を信仰していないので当たり前かも。

  

(そこが最高!)

 

 王も魔法も神すらも無い国。

 きっと人々は必要な範囲で作物を収穫し、狩りをして、自然に近い暮らしをしているに違いないわ。

 針の筵のような宮殿と違い、のんびりとしたスローライフが私を待ってる!


「私の人生は今からはじまるの!」


 両腕を天にかざし(今回は指は立ててないわ)、私は自由を高らかに宣言する。

 

 あまりにも清々しくて、歌でも歌いたい気分。

 私は感情のまま、心にあふれる旋律を声に乗せる。


 この土地が私の新しい舞台。

 まるで女優になった気分で、私は歌う――


 パシュンパシュンパシュン!!!!!!

 

 ――ことはできなかった。


 何本もの矢が風を切って船の縁に刺さる。

 一本が頬の近くをかすめ、蜂蜜色の髪のひと房がパサリと切れた。

 

「……いいところだったのに」


 敵襲かしら? 襲われるのは慣れっこなので、もういちいち驚かない。

 あたりを見回すが、敵らしい敵は見当たらない。

 闇魔法の隠密スキルを持つ、帝国の追手だろうか。

 

 はあ、とため息をついて私は宙に手をかざす。

 隠れてる追手を探すなんてまどろっこしい真似はしないわ。

 

暗黒空間(ブラックホール)

 

 術の名を唱えると、黒い塊が掌の前に現れ――すべてを吸い込む。

 任意の場所に強い重力を発生させる闇魔法のひとつ。


 周囲にあるあらゆるものを凶悪な重力が引き込む。

 光すら飲み込むそれは、闇魔法が悪魔と恐れられる所以。


『アンタ何やってんだ!!! 俺の船だぞ!!』


 船長が何か叫んでいるが、私にヒゴク語はわからないから無視するわ。

 帝国の追手を処分しておくことは、彼の安全のためにもなるのだから。

 

 だがなかなか追手は尻尾を掴ませない。

 隠密スキルで接近してきたわけではなさそうね。

 なら、もっと出力を上げて、飲み込んであげる――!!

 

「待て待て、魔法はあかん!! ただの流れ矢や!!!」


 そう力を込めた時、一人の男が飛び出してきた。

 浅黒い肌に黒い髪はヒゴク人の特徴……だけど男はノルクラッド帝国語を流暢に話している。


「近くで戦争しとるんや。離れれば安全やから船出すで!」


 ノルクラッド帝国では、ヒゴク人の外見を持つ者の就労先は厳しく定められている。

 元公爵令嬢の暗殺なんて、危険で重要な仕事には就けるはずがない。

 つまり、彼は追手ではないわ。

 

「いきなり魔法ぶっぱなして、おっかないわあ」


 乗ってきた男は船長に何かを伝えると、船長は舵を切ってここから少し離れた場所に船を着港させた。


「あなたがモグラね」

  

 会うのは初めてだが、私は彼を知っていた。

 モグラ――ノルクラッド帝国人の父とヒゴクの母を持つ、商会の通訳。

 私が流刑地でのたれ死なないよう、こっそり手配した現地通訳兼案内人だ。


「アンタがセラフィマやな」


 私の挨拶に、モグラは意味ありげに笑っていた。

 

「ようこそ地獄へ」


 そして、最悪のあいさつで私たちの出会いは果たされた。


 ◇ ◇ ◇

 

 追放地、ヒゴク――


 強い太陽が地面を焼く。

 赤土の大地を緑が覆い、花々は太陽を向いて咲き誇る。

 

 まるで舞台のセットのように美しい。

 

 ――そうだ、今度こそ歌いましょう。


 両手を広げて太陽の下でくるりと回ると、ドレスの宝石がキラキラと光る。

 自然のライトを浴びながら踊れば、そよ風が花を揺らして私を煌めかせてくれる。

 

「~太陽の下で風が舞う

 ドレスが踊り 影さえ歌う♪」

 

 ***

 

『あの娘は気が触れてるのか?』


 セラフィマが気持ちよく歌っている頃、モグラと船長は冷ややかな目でそれを見ていた。

 

『アレをお守りするのか? 本当にお前は金のためなら何でもやるな』

『地獄の沙汰も金次第――ここじゃ、酋長どもに払う金がないと生きていけへんからな』

『賄賂なんて意味ねえよ。額が少なけりゃ部族も違うのに徴兵されちまうんだ』

『でも、払わんと殺されるからなあ……』


「~ Свет(スヴェート) мой(モイ) и() бред(ブリェート) мой(モイ),теперь(チェペーリ) это(エータ) след(スリェート) мой(モイ)(私の光も、過ちも、今や私の軌跡)♪」


『そうだ、さっきの矢見ただろ? ありゃ犬笛将軍の仕業だ』

『なんやそれ。犬笛吹くんかいな』

『変な言葉で喋ると、嵐を支配できるんだってよ。嵐で吹き飛んだ矢だろうな。まるで奴の合図で吹き荒れたようだから、「犬笛」』

『…………それは、まほ――』


「~闇も光も 受け入れよう

 捨てたはずのものも 今は力♪」


「いや、やかましな、アイツ!」


 *** 


「~スラーヴァ・ヴァリアール《暗黒令嬢万歳》!!」

「うるせえぞ、白饅頭!!!!」


 気持ちよく歌い切ろうとしたとき、野太い声が全てをかき消した。

 「白饅頭」――ヒゴク人がノルクラッド帝国人を罵倒するときの常套句……なんて失礼な言葉なの!

  

 私は顔を上げ、無礼な乱入者を睨みつけた。

 だが男は私のことなど意に介さず、山のように大きな背丈をかがめて私の胸元を凝視する。

 

「ほう。いい宝石だ、アンタ自体も高く売れそうだが……」 


 男の目線は厭らしく、私の体を――特に、胸のネックレスを嘗めるように物色する。

 反吐が出そうな気分だわ。

 

「下賤な目を向けないで頂戴」

「さすがに帝国の人形は売り物にできねえな。宝石だけで勘弁してやる。通行料だ」

「通行料? この村は各部族の中立地帯と聞いているわ。あなたに何の権利があるの」

「俺は犬笛将軍。隣の村の酋長で……ちょうどさっき、この村も俺のものになった」


 なんてタイムリーな……

 先ほどの流れ矢はこの男たちの戦争だったようね。

 

「つまり、俺には通行料を定める権利がある。アンタはこの宝石でいいぜ」

「何を勝手に……!」


 この暗黒令嬢(レディ・ヴァリアール)に喧嘩を売るなんていい度胸じゃない。


暗黒空間(ブラックホール)

「姐さん! 止めとき!」


 手を宙にかざした時、慌てたモグラが間に入ってくる。

 モグラは私と将軍の間に割り込み、ぐいと肩を組んでこそこそと耳打ちする。

 

「悪いことは言わん。払うとき」

「何を言うの。正式に公布された法でもないのに、従う理由なんて……」

「あんたはええねん。機嫌損ねたら、今日からこいつの領土になる村のやつらが困んねん」

「うっ……」


 追放されたとはいえ、私は元公爵令嬢。

 民の安全を人質に取られると弱い。

 

「仕方がない、払いましょう」


 二度とここを通らなければいいだけだわ。

 渋々深紅のルビーのネックレスを外して渡す。

 

 けれど、ネックレスを受け取った将軍はニヤニヤと笑ったままだ。


 何か嫌な予感がした。

 

「生意気な奴を罰する権利も――俺にはある」

「えっ……」 


「静寂を裂け、風の牙。音もなく、影のごとく――風刃(ウィンドスラッシュ)!!」

 

 シュバァッ! と詠唱通り静寂を割いて、風が舞う。

 圧縮された空気は刃となり……モグラに直撃した。


「モグラ!!」


 モグラは避ける間もなく風の刃を頭に喰らい、血しぶきをあげて倒れた。

 悲鳴さえ上げないのは……首を落とされたから。

 

「あはははは!! ざまあねえな混血児が!」

「なんてことを!」

 

「これが俺の神秘の力! おい女。次はもっとでかい宝石を持ってこい」

「私は追放された身なの。もうこれ以上の宝石はないし、用意することもできないわ!」

「そんなことは俺には関係ねえ! 7日後までに持ってこい! そうでなければ………」



「この村の人間を、こいつのように殺してやる」

 

 

 ◇ ◇ ◇


「あー、災難やった」


 結論から言うと、モグラは生きているわ。


 高笑いをして去っていった将軍の姿が見えなくなったことを確認してから、私は魔法を解いた。

 

 高位の闇魔法「暗黒空間(ブラックホール)」――すべてを吸収するその魔法は、風の刃をも飲み込んだ。

 そして重ねがけした「慟哭する未亡人ウェイリング・ウィドウ」――幻覚魔法でモグラの死を偽装。


 それにより、将軍は当たってもいない低級魔法でモグラを殺したと思っている。


『うわあああ生き返った!!!』

『奇跡だ!!!』


 まあ、周りにいた村人もみんなそう思ってそうだけど。


「しかし、厄介なことになってもうたな」

「あら、次も魔法で撃退できるわ。あいつそんなに強くないもの」

「そんな簡単な話ちゃうで」


 モグラが言うには、犬笛将軍を殺したとしてもどうせ次の将軍が現れる。

 それを倒しても次が、さらに次が――

 絶対的な力で支配でもしない限り、悪党は小競り合いを止めない。

 

「ヒゴクに魔法はあらへんから、どこも力関係は拮抗しとる。あの犬笛将軍だって、あいつしか魔法を使えなさそうやしな」

「ここじゃあの程度の魔法でも、自慢できる代物なわけね」

「手に入れたものは神になれる……が、神ってやつはたいがい碌なことをせえへんよ」


『将軍……戻ってくるって?』

『最悪だ。関税が払えないと家族を殺すって言ってやがる』


 モグラの言う通り、物事は単純ではない。

 

 暴君が神のごとき力を得たことで、民たちは怯えている。

 だけどそれは絶対的な力には程遠いから、倒したところで別の悪党が襲い掛かってくるだけ……どん詰まりだわ。

 

 なんでこんな試練を与えるのよ。

 На()хуй(フイ) Бога(ボーガ)!(F##k you GOD!)――

 ああ、(あいつ)はここにはいないんだっけ。


「アリガト。アンタ、カミサマ」

「えっ」

「カミサマ、キセキ」

 

 思い悩んでいると片言のノルクラッド語で声をかけられた。

 

 私を運んでくれた追放船の船長……そういえば、モグラと仲が良かったわね。

 

 彼が死んだと思って、船長はずっと泣いていた。

 それが突然息を吹き返したので(ずっと息はしてたけど)、奇跡のように見えたのだろう。


「奇跡じゃないわ、あれは魔法――」


 ふと、すべての問題を解決できる策が浮かんだ。

 

 全ての問題を解決できる、絶対的な力があればいい。

 全てを統べる、絶対的な存在がいればいい。


 それは――


「私が神になって、すべてを支配すれば解決じゃない!」


 そう、信じるものがいれば神は”作れる”のだから。


 

 ◆ ◆ ◆


「というわけで、さっそく神になるわよ!」

 

 私はモグラを引き連れて、神なる準備を始めた。

 神になるのなんて初めてだけど、実は自信があるの。

 

「私は帝王学で宗教の歴史も学んだわ。で、わかったの。宗教設立には攻略法がある」

「そんなん言うてええの?」

 

 すべてのものにはルールがある。

 宗教を作ることさえ、ルールに則れば簡単。

 思い通りにならないのは神の気まぐれだけ。


 まずは基本のステップから進めていきましょう。

  

 【ステップ1:神と教祖は別の存在であるべし】

 理由は簡単、その方が神の存在に余白ができるから。

 神というのは果てしなく遠くにいて、形が掴めず、理解できないものじゃないといけない。


「まず必要なのは神――これは私ね」

「セラフィマ神、でええんやな」 

「そう。そして最も大切なのは、神を信じ教えを広める者……教祖。これはあなた」


 教祖。

 最も重要で最も危険な役割を、意外にもモグラはあっさりと引き受けてくれた。

 彼はリアリストで厭世家。大志も夢もないが金にだけは興味がある。

 なので金で釣ろうと思い、信者から金を巻き上げると伝えたら簡単に乗ってきた。


 神が無であるならば、人を動かす存在である教祖は誰よりも欲にまみれた者でなければ。

 その考えからすると、モグラはこれ以上ない適任だった。

 

「最も大事なロール(役割)を決めたら、後は実践しながら学んでいきましょう」

「へいへい」

 

 モグラは私のドレスの布で作ったフードを頭に巻く。

 フードは頭にぴたりと巻きつき、布の端が首元を柔らかく囲んでいる。

 顔の半分が影に沈む、その異質さが彼を特別にしてくれる。

 

「じゃあさっそく、【奇跡のお披露目】から始めましょう」


 私は仮住まいにしている小屋の扉を開け、教祖・モグラを村の人々の前へ導いた。

 

【ステップ2:奇跡を見せる】

 人はなぜ神を信じるのか?

 それは、人知を超えた力をもっているから。

 

「俺は悪しき犬笛将軍に首を落とされ、セラフィマ様によって再び命を得た!」


 モグラが村人の前で高々と演説をすると、人々はおおー!と沸き立つ。

 私は無言で玉座……のつもりで置いている飾り立てた椅子にふんぞり返る。

 熱をもって弁をふるうのはすべてモグラ。

 神である私は堂々と振舞って、決して隙を見せないようにする。

 

「これは奇跡だ!」

 

 彼らはすでに奇跡を見ている。

 犬笛将軍に首を落とされたモグラが無傷で生還するという、奇跡を。

 

 奇跡を見た彼らはこう考えるはず――「モグラは選ばれた。次は俺だ」とね。

 自分たちだって特別になれる、そう思わせたらこのステップは大成功。

 

【ステップ3:脅せ】

 怖い思いをさせた後、絆と信仰の力で乗り越えさせる。

 一見極悪だけど、これはみんなを主人公に仕立て上げる大事なステップ。

  

「セラフィマ様は言った。この穢れた土地を浄化し、創造された時に戻されると!」

 

 ちなみにモグラには徹底してノルクラッド帝国語を喋らせてるわ。

 その方が神秘的で、解読が難しく……そして、理解できる自分を特別に感じるから。


『シュウマツ?』

『終わりのことらしい……』

『どういうことだ! 救ってくれるんじゃないのか!?』

 

「太陽は消え、世界は闇に包まれる。音も光も闇に飲み込まれ、残るのはセラフィマ様おひとりだけ」


 そして私のコンプレックスである闇属性魔法をめちゃくちゃ神格化させる。

 闇魔法の極悪イメージがこんなプラスに働くなんて、アリシェラ達にも見せてやりたいわ。

 

「浄化され、罪が消えた世界では、セラフィマ様の眷属のみが再びの命を与えられる……」


 モグラの意味深な言葉は村人の想像を掻き立てる。

 ざわざわ、と話し合う声が聞こえる。

 彼らの導き出した答えは、モグラがこれから発する言葉と同じ。

 

「そう、俺のように!!!」


 奇跡を見た。

 それが滅びであり、救いもになることを知った。

 

 うおおおお! と民が湧く。


「セラフィマ神は、世界を滅ぼし世界を救う! 世界を作り替える神!」

 

 留めとばかりにモグラは叫んだ。

 

「今ここに、セラフィマ様を信仰する「サカガミ(逆神)教団」を設立する!」

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 教団の設立は大成功だった。

 

 人々はモグラに入信を求めた。

 出せるだけの対価と引き換えにシルクの口布を手に入れる(これは昨晩私とモグラで夜なべして作ったわ)。

 瞬く間にこの村には覆面集団が出来上がった。

 

 特別な衣装は集団を特別にしてくれる。

 

 彼らは存在するだけで広告塔となり、別の村からも様子を見に来る人間が増えてきた。

 これからやることはたくさんあるけど――


 まずは教団設立成功のお祝いをしなきゃ!

 

 村はずれのあばら家をアジトにすることにした私は、そこに闇魔法の結界を張る。

 この場所だけが木々に囲まれ、熱帯地域の夏とは思えないほど寒々しい気配をまとう。

 神が住まう、ミステリアスなアジトの完成!

 

「「乾杯!」」


 そしてアジトの中で、神と教祖は安酒で乾杯した。


「あなた役者ね! 面白いほどうまく行った!」

「そりゃええ。恥かいた甲斐があったわ。で、金は……?」

「集めたお金はまずあなたの人件費になるわ」

「よっしゃ!」

「残りは経理・人事・福祉ごとに割り振らないとね。あとは……」


 浮かれた空気の中で話題は尽きない。

 私とモグラは出会ったばかりなのに、まるで長年の友人かのように笑って過ごした。

 

「あははは……こんな楽しい時間、初めてよ」

「俺もや。帰って来てよかったわ」

「帰る?」

「ここは俺の実家やねん」

 

 実家……ここ、人の住む家なのね。

 壁は傷だらけ、柱はぼろぼろでロープが下がっている。

 馬の治療でもする小屋だと思ってたわ。


「貧乏やったんや」


 さすがに口に出すのを憚っていたら、モグラが自分から言ってくれた。

 彼はノルクラッド帝国の商人の父と……それに弄ばれたヒゴクの村娘を母に持つ。

 混血児を生んだ娘は村のはみ出し者となり、隠れるようにここに住んだ。


「人目が無くなったら虐待三昧。嫌になって逃げだしたら、ひとりぼっちで自殺しとったわ」


 あのロープは……そういうことか。

 ひとりぼっちということは、はぐれ者の女の家を訪ねる人は誰もいなかったのね。


「二度と帰らんって思ったのにな。アンタのせいで戻ってきてもうた。可笑しいわあ」


 酒が入っているからか、モグラは饒舌だ。

 どこか遠い目をしている彼を……どうしても慰めてあげたかった。


「サカガミ教団教義その1:「神はあなたの隣に」」

「あはは! なんやそれ」

 

 私は彼の手に手を重ねる。

 骨ばった大きな手のひらは熱い体温に包まれていて、冷たい私の手とは全く違う。


「サカガミ教団教義その2:「隣人を見つめ、助け合いなさい」」


 私は口から出まかせな教義を並べたてる。

 彼の心を慰めるような、私の孤独を癒してくれるような場所。

 ここがそうなればいいと思って。


「サカガミ教団教義その3:「愛しなさい。愛されなさい」」


 私が欲しかった言葉をたくさん並べる。

 モグラは真に受けず笑っていたけれど、これは私の本心だった。


 そうして、楽しい夜は更けていった。

 

 ◇ ◇ ◇ 


 信者が増えたら、その管理が大切になっていく。

 

【ステップその4:信者に実利を与える】

 私は集めた資金と持参金の全てを医療・教育・福祉に回した。

 教団に収めた金が自分の理に繋がり、教団へ捧げた労働力が隣人を助ける。

 そうすることで、彼らは惜しみなく金と力を捧げてくれる。

 

【ステップその5:教団内の特別な言葉を作る】

 そうすれば仲間意識が高まるものね。

 合言葉はもちろん「スラーヴァ・ヴァリアール《暗黒令嬢万歳》!」


【ステップその6:信者にファミリーを作る】

 大規模な集団では帰属意識が薄れちゃうものね。

 信者を5人グループにまとめて小さなファミリーに分ける。

 これは相互監視も兼ねているわ。

 

 ――といった感じで、ここ数日は大忙し。

 

 何よりもまず、ここには救いを求める人が多すぎる!

 紛争が絶えず、税金は高いし、領主が勝手に決めた不当な徴収まである。

 そんな中で私は民に寄り添う方針を徹底した。

 

 すると当然、人は雪だるま式に増えていく。

 言語も宗教も文化も違う彼ら……まとめるのは大変だったわ。


「せらふぃまサマ! これ、カミの山!」

『こら、神はセラフィマ様だけだ。ここは俺たちにとって大切な、大きい山』

「そっか。おっきい、やま!」


「そう、大きい山、ね」


 

 私はノルクラッド語を教える合間に、ヒゴクの地系と歴史を学ぶ。

 ここは超巨大カルデラをもつ火山であり、地元では「神山」と呼ばれているアゾン山。

 まあ、神は私なので、今日からは「大きな山」に格下げだけど。


(モグラもここに来たことがあるのかしら)

  

 モグラとの飲み会は、私の考えを少し変えた。

 ただ圧倒的な力と知識で無双すればいいと思っていたけれど、今はこの土地のことを学びたい。

 

 彼がどんな中で育ったのか……彼のことを知りたかった。

 

 そしてこの教団活動が彼の人生に幸福をもたらすようにしたい。


「……そのためにはまず、障害を排除しないと」


 私は誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。

 遥か先に、犬笛将軍のアジトが見える。


 ◇ ◇ ◇


 【ステップその7:神は存在する】

 これは教団設立セオリーとはちょっと違う、私だけの特別なステップ。

 

 神は人前に降り立ち、人のために戦う。

 

 だって私は存在もしない無能な神とは違う……現存する神だもの!

 

『将軍! 敵襲だ! サカガミ教団のやつだ!!!』

『何ぃ!?』

 

 犬笛将軍の約束の日から6日目、私たちは犬笛将軍の村を急襲した。

 と言っても、信者たちには私の遥か後ろで並んでいるだけ。

 絶対に手を出すなと厳命している。

 

 敵を倒すのも、矢面に立つのもすべて私。

 全責任は私にある。

 

 彼らに、神の雄姿を見せてあげるわ。

 

 赤土の大地に黒いローブをはためかせ、私は悠然と歩く。

 

「~~♪」


 鼻歌を歌うように魔法をを詠唱すれば、将軍の手下たちはそのまま地面に伏せて眠りにつく。


「テメエ……何のつもりだ!?」

「あら、会いたいと言ってくれたのはあなたでしょう?」

 

 将軍は驚いているものの、武器を構える姿に隙は無い。

 醜く、憎たらしく、しぶとく浅ましく鬱陶しくて殺したくなる!

 素晴らしいわ!

 それでこそ、神の敵にふさわしい!

 

「さあ、犬笛将軍。神話を作りましょう!」

「セラフィマアアアアア!!!」


 将軍が吠えると同時に、空気が唸りを上げた。


 「風よ、我が腕となれ――風の手(ブリーズ・ハンド)!」


(低級魔法の上に、詠唱しなければ出せないなんて……愚かね)


 威力も大したことはない。

 その大きな体で殴り掛かられた方が恐ろしいくらい。

 それでも魔法を使いたくなるのは、それが神の力だからだろう。

 

静寂の帳ヴェール・デ・シルエット


 私が唱えると同時に、周囲から音が消える。

 全ての風が――凍ったように止まる。


 将軍の目が見開かれる。


「な、何だ……風が、止まった……ッ!?」

「止まっているわけじゃないわ」

 

 これは音を消す魔法じゃない、あたりに結界を張る魔法。

 

 この結界は――内部衝撃の全てを跳ね返す……!

 

 ゴゥウウウウ!!!


 数秒の間後、結界は将軍の放った風魔法を反射した。


「なにぃいいい!?」


 将軍が吠える。

 数秒間を空けて、結界はその声すらも彼に響き返す。

 

 ――彼の風は、今や私の奴隷。


零の月(ルーナ・ネガティオ)――」

 

 私はすっと手を伸ばすと、新たな魔法を発動する。


 宙にぽつりと黒い月が浮かんだ。

 瞬間、空が暗転し、月が風の流れを狂わせる。

 真空に近い空気が将軍の息を奪い、足元が崩れる。


「ぐ、ぅ、あ……が、ああ……!」


 犬笛将軍の膝が地に着いた。

 その顔は恐怖に染まり、唇が震えている。


「……これであなたはオシマイ」


 パチン、とウィンクをして、死にかけの将軍に勝利を告げる。


「負けを認めなさい」

「くそっ、くそ……」

 

 将軍は、「はい」とは答えられなかった。

 ただ地に伏し、敗北をかみしめるしかなかった。


「神は奇跡を起こした! この土地は今日から我々のものだ!」


 モグラの勝利宣言に、信者たちは沸き立つ。

 私の信者は犬笛将軍に土地を奪われた者が多くいる。

 その者たちに土地を返させることで、私という神へは畏怖だけでなく感謝もせざるを得なくなる。


 地盤が固まってきたわ。

 けれど、うきうきした私の気持ちに、冷や水をかけるような声が聞こえてきた。

 

「やっぱりアリシェラの言う通り、殺しておけばよかった……」


 ――アリシェラ、私を貶めた妹。

 

 まさか、将軍と繋がっているなんて。


 ***


 一方そのころ、ノルクラッド帝国。

 

 セラフィマ追放後、皇太子の婚約者の座にはアリシェラが収まっていた。

 

「ノルクラッド帝国に闇魔法の使い手――魔王が出たとの知らせです!」

「なんだと!?」

「しかも悍ましいことに、原住民はその魔王を崇めるサカガミ教団なるものまで設立しております」

「神を恐れないのか! 野蛮人共め!」


 魔王出現の報に慌てふためく宮殿。

 アリシェラもまた、取り澄ました顔の裏で焦っていた。


(失敗したわね、あの馬鹿犬)

 

 皇太子たちは追放だけで気が済んだだろうが、アリシェラは妹だからこそセラフィマの脅威を知っている。

 自分の名を穢すことなく確実に殺せるよう、わざわざヒゴク人に天啓の儀までしてやったのに。

 

(やっぱり暗黒令嬢(レディ・ヴァリアール)、ただじゃ死なないわね)


「……討伐いたしましょう」


 こうなれば、自分で殺るしかない。

 アリシェラは思い悩んだような顔を取り繕って皇太子に宣言する。

 

「おお、聖女よ! なんたる正義心!」 

 

(アンタたちみたいな雑魚じゃ無理だっつーの)


 たくらみなど知らない皇太子は、勇気を振り絞ったようなアリシェラの姿を褒めたたえる。


 でも、考えようによっては悪い話じゃないわね。

 

 あいつを確実に殺せて、企みも隠ぺいできる。

 その上、魔王を討伐した完璧聖女の称号まで手に入る。

 

 あいつの闇魔法は厄介だが、それでも私の光魔法の能力の方が上。

 暗闇を這うドブネズミみたいな魔法と比べて、私の光は神の如くすべてを照らす。

 ヒゴクなんて未開の土地に行くのは嫌だけど、さっさとぶっ殺してしまいましょう。


「殿下、私に兵をお貸しください。必ずや魔王を討伐して参ります」


 

 ◆ ◆ ◆


 

「セラフィマ様~お茶の準備ができましたあ♡」


 蒸し暑い気温の中、むさ苦しい男の甘ったるい声があたりに響く。


「あら、ありがとう」

「お茶うけに干し柿もどうぞ♡」

 

 犬笛将軍はいまや、私の奴隷と化していた。


 あの戦いの後、私は彼を許し、癒しを与えて神直属の側近として引き立てた。

 「なんでこいつが教祖より神に近いねん」なんてモグラはぐちぐち言っていたけど、もちろんこれにも理由があるわ。


 【ステップその8:信者をランク分けする】

 個人レベルの研鑽を怠らないための仕組み。

 ランクを設けることで「上を目指す」という明確な目標を与えるの。

 次に何をすればいいかが明確だと、頑張ろうって思うじゃない?

 

「まあ、将軍はちょっと別枠よ。魔法を使える人間を野放しにはできないわ」

「おいアンタ、魔法のこと誰にも言ったらあかんからな」

「もちろん言いません! スラーヴァ・ヴァリアール《暗黒令嬢万歳》♡」


 ……将軍が女性っぽい喋り方になったのは想定外だけど。

 幹部もできると組織としてかなり形になってきた気がするわ。

  

 神=セラフィマ

 教祖=モグラ

 筆頭幹部=犬笛将軍


 モグラが書類に書き記しているのを見て、思わずくすりと笑みがこぼれた。

 こんな風に彼と共犯関係になるなんて、初めて会った日には思いもしなかった。


「なんや、字が下手なのはしゃあないやろ」


 あまりに見つめていると、モグラは恥ずかしそうに文字を隠してしまった。


「違うわよ。教義に従ってるだけ」

「教義って……」

「あ、知ってますよ。せーの――」


 将軍の言葉で、私たちは息を合わせる。


「「神は「隣人を見つめ、助け合いなさい」あなたの隣に「愛しなさい。愛されなさい」」」


 気持ち悪!!!


「ちょっと、バラバラじゃないの!」

 

「やだ! 外しちゃったあ」

「しゃあないやろ。あえて黙っとったけど、だいたい同じ内容やねん」

「そ、そんなことないわよ!」


 声の揃わない歪さに、私たちはきゃあきゃあとはしゃぎあった。

 

 とっても楽しい――けれど、この時すでに兆しはあった。


 私たちの心も、今の言葉と同じくらい、バラバラになっているって。


 ***


「オレも、キセキ。将軍ミタイなの、欲しい」


 例えば、奇跡を望む信者に対して。


 【教祖】絶対禁止

 「神の真似をしたらアカン」


 【筆頭幹部】貢献値を詰むことにより会得可能

 「幹部になったらできるわよお♡」


 【神】神による人事考査によって要検討

 「あなたがいい子なら、いつかできるわ」

 

 私たちの答えはバラバラだった。

 教義や経営は徹底して同じ方針を取ろうと心掛けているものの、こういう突発的な質問には弱い。


「かみさまはなんで北からきたの? あたしたちと同じヒゴク人じゃないの」


 【教祖】

 「この土地が一番荒れてるから、浄化に来てくれたんや」

 【筆頭幹部】

 「北は神様の国なの。救いが必要な俺たちのために、わざわざ降りてくれたのよ」

 【神】

 「神は人じゃないのよ」

 

 

 ……そうなると当然、こうなるわ。

 

「教祖様、結局何が一番正しいんだ?」

「なあ、いつになったら浄化してくれるんだよ!? もうこんな蒸し暑い場所はこりごりだ!」

「なんで犬笛将軍がセラフィマ様の近くにいられて、俺は駄目なんだよ!?」

「アンタが答えを捻じ曲げてるんじゃないか? セラフィマ様と直接話す機会をくれよ!」 

 

「あー……それはやな……」

 

 信者たちは混乱し、教祖のモグラに詰め寄った。

 私とモグラだけのアジトにすら詰め寄って、めいめいに質問攻めにする。

 

(ああ、まずいまずい……)


 闇魔法で隠密しながら、私はハラハラと状況を見守っていた。

 帝王学で学んだ宗教設立セオリー通りにやっても、実戦は何があるかわからない。

 

 詰め寄った信者たちの言葉尻が荒くなっていく。

 本来は小さな疑念のはずなのに、集団でいることで不安が伝染し、だんだんと怒りへ変わっていくのが見える。


【よかった、やっと縁が切れる。暗黒令嬢(レディ・ヴァリアール)


 心臓がぎゅうと痛んだ。

 あんな思いはしたくない。

 私はもう……ここを失いたくない。

 

「まず質問を掘り下げようや。本当に気がかりなことを理解して――」


月影舞踏(ルーナ・ダンス)

「!?」

 

 私の魔法で、足元からウサギや熊の形をした小さな影が跳ね、くるくると踊りだす。


「~ 月の光は夢のように流れて、あなたの心は踊りに生きる♪」

 

 人の注意をそらすだけの、無害な魔法。

 穏やかな旋律は怒りをやわらげ、踊る影は心を癒す。


「セラフィマ様の奇跡だ……」

「疑うな、ということか?」

「ちがうだろ。この影は俺たちを表している。団結しろと言っているんだ」


 よかった、大成功だわ。


 詰め寄ってきた信者たちは怒りもおさまり、いい具合に解釈をして去って行ってくれた。


「ふう。危なかったわね、モグラ」

「…………」

「口が3つあるのはやっぱりよくないわ。今後私と将軍は裏にこもるから、信者の対応はあなたが――」

「……なんのつもりや」


 私は姿を現すと、モグラを慮る。

 だがモグラは吐き捨てるようにつぶやいた。


「何って、信者の気をそらして……」

「信者は回答を求めてるのに、なんで誤魔化すようなことするんや!」

「し、信者たちは冷静に話をできる状態じゃなかったじゃない」

「それぐらい不安てことやろ!」


 モグラが怒るのを、私は初めて見た。

 

「俺かて、はじめは金目当てやったけど、アンタが本当にこの土地を想ってくれるから、真剣に向き合おうとしとる!

 でもアンタは……結局自分が逃げることしか考えてへんのか!」


 それは私にとって、とても受け入れがたい言葉。

 私もかっとなって、売り言葉に買い言葉で言葉尻が荒くなる。

 

「こんな些細な亀裂でも組織は簡単に壊れるの! この魔法は組織の安定のためよ!」

「魔法? なんで言葉をかけてやらん!? アンタの声はどこにあるんや!」


【貴様の言葉など誰も信じないぞ!】


 追放時に投げつけられた言葉が忘れられない。

 出会って間もないモグラに、私の何がわかるって言うの……

 

「そんなの……誰も聞いてくれないじゃない!!」


 私は初めて、弱音を吐いた。

 言ってしまえば自分の惨めさに涙が出る。

 みっともなくぼろぼろと涙がこぼれ、それをぬぐうこともできずに床を濡らした。

 

 私の突然の涙に、モグラの興奮もおさまったらしい。

 

「セラフィマ――」


 モグラが私の肩に手を置いて、何かを話そうとしたときだった。

  

「セラフィマ様、モグラ!! 帝国軍の襲撃よ!!!」

 

 ――終わりは、突然やってきた。


 ◆ ◆ ◆


 アリシェラ率いる魔王討伐軍は、船旅を経てヒゴクに着港していた。

 突然の来訪にヒゴク人の反感は非常に強かったが、異を唱えられる程の勢力はどこにもない。

 かくして帝国軍は、魔王討伐と言う体で堂々と異国に侵攻を果たしたのであった。

 

(暑い! 臭い! うざーーーーーい!!!!)


 でも、ここは最悪!!!!

 じめじめした空気でドレスの中が蒸す。

 

 イライラするのはそれだけじゃないわ――

 

「ああ、もうっ! 光が反射してうまく行かない……!」


 私はさっきから遠隔視の魔法を使用して、あたりの情景を空間に映して偵察している。

 でもここは太陽が強すぎて、土着の魔素が私の光魔法を妨害し、映像が乱れまくり。

 ブツブツととぎれとぎれの映像で手当たり次第の土地を探索して……やっとお姉さまを見つけた。


 あいつはどうやら喧嘩してるみたい。

 男と何事か怒鳴りあった後――


 【そんなの……誰も聞いてくれないじゃない!!】


 惨めったらしく涙をこぼしていた。

 無様~~!!

 この顔を追放するときに見たかったわ!!!

 

「ああ、そうだ」

 

 私は天才だから、お姉さまの惨めな姿を見て最高の策を思いついた。 

 

「この無様さ、信者共にバラしてやればいんだわ」


 ◇ ◇ ◇


 山向こうに帝国軍が見える。

 

 掲げられた旗の元にいるのは、60人ほどの小隊。

 白を基調にしたローブは薄青と金糸で彩られている。

 雪に溶け込む色は、ノルクラッド帝国は突如現れる死の使い……だが、色にあふれたこのヒゴクでは逆に視認しやすい集団だった。

 

「なあ、あれ……セラフィマ様の国の人だよな」

「あれがセラフィマ様の仰ってた「終末」なのか?」

「俺たちは救われるんだ……!」

 

 ……信者たちの言葉にズキリと胸が痛む。

 私がでっち上げた言葉を、彼らは真剣に信じていた。


「世界終末は、セラフィマ様によりもたらされるもの! あれは我らの信仰心を試す障害に過ぎぬ!」


 あんな喧嘩をした後なのに、モグラはもう教祖の顔に戻っていた。

 そして私を褒めたたえる……私は、ただの嘘つきなのに。


「セラフィマ様の御身はこの犬笛将軍が必ずお守りする!」

「皆は勝利を祈り、心静かに待つように!」

 

 将軍の頼もしい言葉と、モグラの指令に信者たちは沸き立つ。

 普段ならこれでおしまい。

 神は直接言葉をかけたりしない……でも、私は……

 

「待って」

「っ……セラフィマ、様……?」

「私はみんなに……言わなければならないことが……」


 私は、私の声で、伝えたいことがある――


 その言葉を口に出そうとしたとき、空間に光の柱が現れる。

 これは――光の転移魔法……!

 

「ああ、やっと繋がったわ――」


 光の柱の中から桃色の髪の女性が出てくる。

 間違いない、彼女は私の妹であり、私を追放した黒幕。


「……アリシェラ」

 

「なんだ……突然現れたぞ」

「これも奇跡か!?」


「フン、転移魔法も知らないなんて。これだから野蛮人は」

 

 突如現れた女に、信者たちが騒ぎ立てる。

 まずい、私の闇魔法とは対にある光魔法を見せたらばれてしまう……

 

「神様! この者は何なのですか――」


「あははははは!! 神ですって! アンタたちまだこの噓つきを信じてるの!?」

 

 ……私が、嘘つきだってことが。


「この女は神なんかじゃないわ! ただ母国を追放されただけの、暗黒令嬢(レディ・ヴァリアール)!」

「そん……な……」


 アリシェラの暴露に、私ができる事は何もなかった。


「アンタたち野蛮人は魔法なんて見たことないでしょうけど、奇跡はただの魔法!

 神から与えられたって体で、教会が管理している帝国の固有武装でしかないのよ!!」

 

 それは、私も知らない情報だった。

 魔法は神が与えてくれる天啓ではないの?

 それなら、私を長年苦しめてきた……この闇魔法は……

 

「この女は、後妻である義母に疎まれてハズレを与えられた忌み子!

 家族にすら愛されなかったはぐれ者よ!!」


 ……そこから、陰謀だというの。

 

「信じちゃってバカみたい! この野蛮人が!」

 

 すべての声が遠くなる。

 アリシェラの甲高い声もぼやけて聞こえる。

 何も感じないはずなのに、涙がこぼれる。


 ああ、ダメ。

 神は泣いたりなんか……しちゃいけないのに……


 世界でひとりきりになったようだった。

 喉が詰まって、見えないロープで首を絞められているよう。

 ああ、このまま……首を絞めて死んでしまえたら……楽になれるのに。

 

 「セラフィマ」

 

 すべてがぼやけた世界の中、モグラの声だけははっきりと聞こえる。

 握りしめた拳を包む、大きな手。


「サカガミ教団教義その3:「愛しなさい。愛されなさい」、やろ?」


 モグラは……穏やかに笑っていた。

 

 彼は私の手を握ると、私の隣に立つ。

 すると後ろに大きな気配を感じる――将軍は、私の一歩後ろに控えている。

 

 私の周りには、人がいた。


「教祖モグラと、裏切者のクソ犬……。健気ねえ、もうそいつは終わるのよ?」


「だから一緒にいるのよ、クソ聖女さん♡」

「ちゃんと見張っとらんと、すぐ歌いだして時間食ってまうからな」

 

 覚悟を決めよう。

 全てを失ってもいい、憎まれてもいい。

 私はみんなに聞いてもらいたい。


 私の声を。


「そうよ、私は神なんかじゃない。この土地で土に足をつけ、山を歩き、熱い風の下で歴史を学んだ……」


 

「ただの人間よ」


 

 ざわ、ざわ……と信者たちが静かに騒ぐ声が聞こえる。

 それでも、私はもう怖くなかった。

 

「あはは!! やっと認めたわね!!」

 

 アリシェラは鬼の首を取ったように喜んでいる。

 

「さあ、降伏しなさい馬鹿ども! この偽の神に変わって、私たちが正しい教えを――真の魔法を教えてあげるわ!」

 

 ――その言葉に反応したのは船長だった。


「アンタら……俺たちが本当に神なんて信じてるとでも思ってるのか?」


「「え?」」


 思わず私とアリシェラの声が重なる。


 船長の声を皮切りに、信者たちは口々に喋りだす。


「神だなんて最初から思ってねえよ! 俺たちのこと馬鹿だと思ってんのか!?」

「ノルクラッド帝国とちょっと貿易してりゃ、セラフィマ様が適当ぶっこいてんのなんてわかるんだよ!」

「それでもセラフィマ様の元にいるんだ! 彼女は俺たちの目線で、俺たちと生きてくれた!」

「お前たちみたいな傲慢な権力者が一度もやってくれなかったことだ!」

 

 信者たちの思わぬ援護に、アリシェラは言葉を失っているようだった。


「救えない馬鹿どもね……これだから……」

「それ以上は言わせないわ。彼らを侮辱することは、私が許さない」


 わなわなと震えて罵言を吐こうとする口へ向けて私は手をかざす。

 臨戦態勢を取る私の姿を見てアリシェラは心底バカにしたように笑っていた。


「なあに、それ? 本気で私とやる気?」

「そうよ。あなたも杖を構えなさい」

「止めとけばあ? お姉さまのザコザコ闇魔法と、私の光魔法じゃ格が違うもの」

「それはどうかしら?」

「違うつってんだろ。ママが、私がお前をぶっ殺せるように与える魔法を弄ってくれたんだから!!」

 

 杖を掲げたアリシェラの瞳が、狂気のように輝いた。

 背中のマントが風に舞い、太陽の光がその身をまばゆく照らす。


光刃連槍ブリリアント・ランサー!!」


 キィン! と音を立てて、十本を超える光の槍が生まれ、空を裂いて飛んできた。


「……っ!」


 ――速い。

 身を翻して避けようとするが、光の軌道は読めない。

 一撃が腕をかすめ、黒いドレスが裂けた。

 

「ほら見なさい! あんたの闇魔法なんて、私の光には敵わないのよ!」


 空から降り注ぐように光の槍が連続して撃ち込まれる。

 地面に穴が開き、爆ぜた光で大地が焼け焦げる、小石を撥ねさせ、草木を揺らす……

 

「ふふ、どう? 逃げるしかできないくせに、神なんて名乗っちゃってさぁ……!」


 けれど――


「……終わり?」


 私は焼けた地に膝をつきながら、顔を上げた。


「何が……?」


「気づいていないのね。あなたの光魔法、撃つたび威力が下がっているのよ」


 アリシェラがハッと辺りを見回す。

 たしかに、信者も動物も草木でさえ、傷ひとつ付いていない。


「なにそれ……そんな、そんなわけ……!」

「このアゾン山では、周囲を囲む山々に光は拡散され、光の魔素が満ちる度に威力は激減する」

「う、嘘よ……そんなの、知らないっ!」

「知ろうとしなかったからでしょう? だから、お姉ちゃんが教えてあげるわ、本当の闇の力を……」


 黒い影が足元から沸き立つように広がっていく。


虚無の牢(ナイトゲージ)


 黒い茨のような魔力が地面から生え、アリシェラの足元を縛る。

 立ち込める影が、彼女の光を吸い取り、動きを鈍らせていく。


「う、動け……ないっ……!」


「このアゾン山は闇の魔素が満ちている。ノルクラッドでは忌み嫌われた闇の力は、強すぎる太陽に灼かれたこの地では強力になるのよ!」


 私が手をかざすと、全ての影がアリシェラに集中する。


終焉の闇閃(ダークネス・ブレイク)!!」


 黒い稲妻が地を走り、まっすぐにアリシェラを貫いた。

 爆音とともに砂埃が巻き上がり、光がかき消される。


「うああああああああああああッ!!!!」


 叫び声がこだましたあと、静寂が訪れた。

 地面に崩れ落ちたアリシェラは、杖を落とし、涙と泥にまみれている。


 勝負は決した。

 

 私はアリシェラの髪の毛を掴んで顔を上げさせると、とびきり意地悪な声で囁いた。


「……尻尾を巻いて帰りなさい、負け犬」


「いい気になるんじゃないわよ……。私に何かあったら、帝国が本隊を差し向ける手筈になってる。次に来るのは、光魔法の使い手だけじゃない……こんなチンケな土地、全部奪い尽くしてやる!」


「あら、誰が来たって無駄よ」


 絵に描いたような負け犬の言葉に、私は黒い笑みで返す。


「帝国は、この地の民が何に怒っているか知っている? どれだけの数の部族がどこにいて、どんな武器を持つか知っている? 険しい山の果てしなさを知っている? 山の合間にある、入り組んだ道の全てを把握してる?」

「そんなの……知りようが……」

「私は知ってるわ。この土地を愛しているもの」


 私の言葉に、モグラの言葉が返ってくる。


「俺も、神を愛しとる」


 その言葉で、私は全てから救われた気がした。

 

「消えなさい。あんたはこの地から【追放】よ」

 

「クソッ! クソッ! ほんとに本隊を呼んでやる! こんな土地、蹂躙してやるんだからあ!!!」

 

 アリシェラは捨て台詞を吐いた後、真っ赤な顔で逃走した。

 

 私たちは勝ったのだ。


「スラーヴァ・ヴァリアール《暗黒令嬢万歳》!!!」


 信者たちが声を上げてくれる。

 全てを暴露した私はもう、神ではないのに。


「神じゃなくても、みんなアンタがええんや」

「モグラ……」

 

 私は人に戻った。

 そして、モグラと抱きしめ合い、彼の腕の中で泣いた。

 私がずっと欲しかった温もりが、今ここにあった。


 ◆ ◆ ◆

 

「――これが、神話の物語」


 聖典を持った伝道師の語りが終わる。

 彼は石造りの民家の玄関先で神話を読み聞かせていた。


「なにが神話だい。実話じゃないか」

 

「そうなの♡ ご存知の通り、帝国軍は宣言通りヒゴクに戦争を仕掛けたけど、地の利を利用されて再び敗北。莫大な賠償金で借金を背負うことになり、経済は崩壊したわ」

「おかげでうちの人も無職だよ。こんな忌々しい話しないどくれ。ほら、出てって」

「そんなこと言わないで。この話は、「愛と信仰はあなたを救う」と教えてくれるのよ」

「へえ、ならヒゴク侵攻失敗後の不景気もどうにかしてくれよ」


 伝道師の言葉に住民は白け顔だ。

 バカにしたように手を振って、伝道師を追い払おうとする。


「もちろんできますとも。この国にはじきに終末が訪れる。その時にあなただけが助かる方法を、教えてあげるわ」


 だが、伝道師の言葉に住民の顔色が変わる。

 救われるのはあなただけ――その言葉に彼女は大きな興味を持った。

 

「……どうすりゃいい?」

「まずはあなたも、サカガミ教団に入信しませんか?」

 

 ***


 一方そのころ、ヒゴクを統一したサカガミ教団は侵攻の準備をしていた。


(わたし)はヒゴクに救いを与え、魔法を与えた! そしてこれから、新たにノルクラッドの土地と、黄金の城を与えましょう!」

「進軍や! ノルクラッドを落とすで!」


 肥沃な熱帯の土地だけではなく、北方の巨大資源国家すら手に収めようという神の言葉に、信者は雄叫びを上げる。

 

「|О(オー), Боже(ボージェ), это(エータ) прекрасно(プレクラースナ) !

 (愛してるぜ、神様!)」

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!

もし「ポンコツヒロインが暴れまくる」「包容力カンストお兄さん」がお好きでしたら、

現在連載中の長編ファンタジーにも、きっと刺さる場面があると思います!


『海神別奏~悪役令嬢代行おじさん~』

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もしよければのぞいてみてください!


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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ面白かった!セラフィマの開き直りっぷりと、そこからの神化(!?)展開が最高。カルト教団をノリと戦略で本気で作ってくの笑えるのに、モグラとの関係がどんどん深まっていくのもエモい…。ギャグも感…
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