私を信じなかった。それがお前の大きな罪
とある王国に、ルヘルというそれはもう、美しい王太子がいた。
金の髪に青い瞳。歳は18歳。輝くようなルヘル王太子は、王立学園で皆の憧れだった。
ルヘル王太子は、常に正しくありたいと、いつも思っていた。
婚約者のエルドリア・レデック公爵令嬢には、大変な王太子妃教育を受けている苦労を思い、気遣い、交流のお茶会では楽しい話題を提供して彼女を労わるようにし、王立学園内では共に昼食を食べ、懸命に交流してきた。
エルドリアはとても美しくて、流れるような銀の髪に青い瞳は、ルヘル王太子の心を掴んでいて。5年前、彼女と初めて顔合わせをした時に、彼女が自分の婚約者だなんて、なんて幸せなと思ったのだ。
ルヘル王太子の初恋であった。
しかし、この5年、交流が上手くいかない。
エルドリアと仲良くなった気がしない。
世間話しかしたことがない。
彼女の好きな物を聞いても。
「君の好きな花はなんだ?」
「何でも好きですわ」
「君の好きな宝石はないのか?」
「どれもとても美しくて、どれも好きですわ」
話がまったく広がらないし、彼女の好みも解らない。
共に出席するパーティのドレスをプレゼントしても、礼を言われただけで、嬉しそうでもなく。エスコートをして型通りのダンスをしてそれで終わり。
自分のどこが駄目なんだ?やはり政略だから??
エルドリアと親しくなりたい。政略だけど、エルドリアと仲良い夫婦になりたい。
強く強くそう思って、更に親しくなるために、
「エルドリア。一緒に勉強しよう」
「家庭教師に教わっているので必要ありませんわ。王太子殿下の貴重な時間をわたくしに費やす必要はありません」
「でも」
「わたくしに気を遣わなくてよいのです」
何故だ?何でなんだ?凄く高い壁を感じるんだが。
その原因が解らない。
浮気なんて一つもしていないぞ。
ほら、浮気をしたら、私は美しいから、例の屑男を拉致する、とある騎士団にさらわれてしまうじゃないか。
いやいや、その前に私は曲がった事が大嫌いだ。
この王国を将来、治める為にも、品行方正でなくてはいけない。
国民の手本になるのだ。
それはそうと、婚約者と親しくなれなくてどうする?
サプライズをする事にした。
王立学園に通う馬車から出てくるエルドリアを待ち伏せして、真赤な薔薇の花束を差し出した。
エルドリアに向かって、
「いつも頑張っている君に、薔薇をプレゼントしよう」
「有難うございます」
受け取ってくれたが、ちっとも嬉しそうじゃない。
どうしてだ?何でだ?
姉であるリリア王女が、王太子妃教育で王宮に来ていたエルドリアに聞いてくれた。
「弟は貴方と親しくしたいと、思っておりましてよ」
「申し訳ございません」
「親しくなった気がしないといつも悩んでいるのよ」
「わたくしが至らないせいです。申し訳ございません」
「何が気に食わないのです?」
「わたくしが至らないせいです。申し訳ございません」
慌てて、エルドリアを庇いに行く。
「姉上。エルドリアは悪くありません。私が」
「しかし、わたくしは心配しているのです。ルヘルはいつも悩んでいるではありませんか」
「私は大丈夫ですから」
エルドリアと二人きりにしてもらう。
エルドリアに謝る。
「申し訳ない。姉上が」
エルドリアは首を振り、
「わたくしがいけないのです」
「私は君と親しくなりたいと思っているよ」
「王太子殿下、わたくしは」
「言いたい事を言ってごらん」
「浮気をする人は嫌いです。貴方はとても美しいから、浮気をするに決まっていますわ。結婚後、子が産まれなかったら側妃とか娶るつもりでしょう。わたくしはたった一人に愛されたいのです。ですから、貴方の事を好きになることはありませんわ」
「へ?いつ私が浮気を?確かに子が産まれなかったら側妃を娶らないとならない立場だ。仕方ないだろう?私は国王になるのだから」
「嫌なのです。それが嫌なのです。それに、貴方はこっそり浮気をしているでしょう。こんなに美しいのですもの。浮気をしているに決まっているわ」
「決めつけないでくれ。私は品行方正だ」
「信じられないわ」
背を向けて、エルドリアは行ってしまった。
確かにいずれ側妃を娶らなければならない立場だ。
それを嫌だと言うのなら、私はどうしたらよいのだろう。
エルドリアを追いかけて、レデック公爵家に着くと、面会を求めた。
客間でエルドリアに会って、
「君が側妃を嫌だという。しかし、私は王国の為、子を得なければならないのだ。それに、浮気なんてしていない。どうか私の立場を解ってくれないだろうか」
「解りました。でも、貴方と親しい関係になりたくないわ。浮気をする人は嫌い」
「だから、していないって言っているだろう?」
「しているに決まっているわ。美しいのですもの」
話は平行線になって。
ルヘルは疲れてしまった。
王宮に帰って、父である国王に今日の事を話した。
父は、
「今から婚約を解消する訳にもいかない。来年には結婚式が控えているのだ」
「しかし、父上。彼女は私の事を浮気をしていると疑っております。王家の役割、子を残さねばならないと、私が側妃を娶るかもしれないという事を許してくれません。そのような女性と結婚してはまずいと私は思います。彼女の事が好きでした。ただ、その、見かけが好きと言うか。親しくなろうと努力しても、まったく親しくなりませんでした。婚約を解消しましょう。父上」
初めて顔を合わせた時、その美しさに恋した。でも、実際、5年付き合ってみて、解った。
自分に疑いしかもっていなかった。
王家の役割も理解していなかった。
そんな女性と結婚なんて出来ない。
婚約は解消された。
婚約解消されて、エルドリアは、他の人に、
「わたくし、浮気をする方は嫌いですの。婚約破棄にならなくて、慰謝料も貰えなくてついていないわ」
周りに愚痴りまくった。
ルヘルは周りに婚約解消について説明しなかった。
ただ、今から新たに王太子妃になる女性を探すとなると、良い女性が残っているだろうか?王太子妃教育が間に合うだろうか?
そんな中、姉リリア王女が、
「貴方から見て年上になるけれども、わたくしと同級のルディリアはどうかしら。彼女は相手の公爵令息を婚約破棄しているわ。とても優秀で、素晴らしい女性よ」
姉の勧めと、両親の賛成により、ルディリア・トレス公爵令嬢と会ってみることにした。
茶の髪が地味なルディリアだが、話してみて話題が豊かでとても楽しい。
「好きな花はありますか?」
「わたくしは、薔薇の花が好き。真っ赤な薔薇が好きなのです。王宮の薔薇は素晴らしいですね。王妃様が育てていらっしゃるとか。本当に華やかで」
「母上は薔薇の花が大好きなんだ。今度、庭を散策しよう。見せてあげるよ」
「まぁ、とても光栄ですわ」
他にも王国の事、街の事、色々と楽しい話で盛り上がった。
茶会ってこんなに楽しいものなのか。
ルディリアに確認してみる。
「もし、君と結婚したら、私は子を作らねばならぬ。君に子が出来なかった場合、側妃を娶る事になるだろう。君はそれでもよいのか?」
ルディリアはきっぱりと、
「王家の血筋を繋いでいく事はとても大事ですもの。わたくしに子が出来なければ、側妃と子を作って下さいませ。貴方は国王陛下になるお方。当然ですわ」
「有難う。君は私が色々な女性と付き合っているように見えるか?」
「王太子殿下はとても美しくて、皆、素敵だと言っておりますわ。でも、女性と付き合っている噂を聞いた事がありません。もし、殿下が色々な女性と浮名を流しているとしたら噂になりますでしょ。秘密に付き合っているとしたら、噂にはなりませんが。わたくしが見た限り、殿下はとても、真面目な方に思えます。色々な女性とお付き合いなんてあり得ませんわ」
自分を信じてくれる、ルディリアの事を好ましく思った。
国王と王妃である両親の許可の元、ルディリアと婚約を結ぶ事にした。
ルディリアは優秀だった。
王太子妃教育も難なく進み、この分では予定通り、一年後に結婚出来そうである。
とある日、二人で王立学園を歩いていると、元婚約者のエルドリアに声をかけられた。
「わたくしが結婚するはずだったの。でも、王太子殿下は浮気者で、先行き側妃を娶るっていっているわ。貴方はそれでいいの?」
美しいエルドリア。初恋の相手、エルドリア。でも、彼女はあまりにも愚かで。
きっぱりとルヘル王太子はエルドリアに、
「私を信用してくれない君と婚約を解消して良かったと思うよ。それに王家の血を絶やさない為に側妃を娶るという事も、ルディリアは理解してくれている。君がこんなに愚かだとは思わなかった。王太子妃教育で何を習った?確か3年前からだったな。王太子妃教育が始まったのは。何故、私に嫁ぐ覚悟をしなかった。私は君と心を寄せた夫婦になる為に努力した。
君の好きな物を知ろうとした。君と親しくなりたかった。でも、君の心は私に無かった」
エルドリアはきっぱりと、
「貴方が浮気をするからいけないのだわ」
「浮気をしているってどうして決めつける?」
「だって皆、王太子殿下に憧れているのです。貴方は男だから、ふらっとするでしょう」
「君とは話が通じない。私は、ルディリアと婚約出来て良かったと思っているよ」
ルディリアがにこやかに、
「わたくしは、王太子妃となり、この王国の為に働くわ。わたくしはルヘル王太子殿下を愛しております。尊敬もしております。わたくしはルヘル王太子殿下と共に王国の為、全てを捧げる覚悟があります」
きっぱりと宣言してくれた。
嬉しかった。ルディリアへの思いが溢れる。
ルディリア。愛しているよ。私は君と一緒に王国の為、この命を捧げよう。
エルドリアは悔しそうに、
「不幸になるわ。お気の毒に」
そう言って、その場を去っていった。
ルディリアに向かって、
「嬉しかったよ。君の言葉。共に王国の為、頑張って行こう」
「ええ、共に頑張りましょう」
手を差し出せば、ルディリアは嬉しそうに手を添えて、
午後の光が廊下に差し込む中、歩いて行くのであった。
エルドリアは結婚しなかった。
婚約者候補が現れても、相手に対して、そっけない態度を取って、ありもしない浮気を追及して。
頭のおかしい令嬢として有名になった。
結局、修道院へ行き、そこで質素に暮らした。
ルディリアと一年後に結婚した。
ルヘル王太子は、ルディリア王太子妃と共に、王国の為に必死に働いた。
共に並んで共に駆け抜けて。王国は二人の努力で繁栄した。
二人の間には二人の王子に恵まれ、側妃を娶る事もなく、仲の良い夫妻として有名になった。
春の日差しが降り注ぐ王宮の庭、
可愛い子供達と庭で遊ぶルディリア。
それを見て、心から幸せを感じる。
ルヘル国王は、側近からエルドリアが死んだという報告を受けた。
「エルドリア、私は愛するルディリアと共に、子にも恵まれ、幸せに暮らしているぞ。お前の私を信じられなかった心、それが無ければ隣にいたのはお前だったかもしれぬのにな。まぁいい。お前と別れたお陰で最高の女性に出会えた。感謝をしている」
そしてぽつりと呟いた。
私を信じなかった。それがお前の大きな罪‥‥‥