主導権の争い
……は?まったくもって意味が分からないんだが。主導権を渡すっていうのは、つまり俺に一度死んでくれって言ってるんだろうか。
「まぁ、その通りだ。お前のいる世界を救うために、お前の仲間を救うために、主導権を譲り死んでくれってことだ」
この人も地味に心呼んでくるし。何なんだ異世界。プライバシーの侵害だらけだ。
「んなこたどうだっていい。お前は、この体の主導権を譲るのか?それとも、ここの始祖二人に対して足搔くか?」
……。正直なところ、譲って確実に華と亮、それからほかの仲間たちが助かるならそれでいい。本当に確実で、絶対失敗せず。尚且つ俺じゃ絶対に敵わない相手ならば。その場合だったら、悔しいが仕方ないと思える。
……でも、違うじゃないか。俺が死んだ世界で、せっかく転生した世界で、またあの二人に会えたのに。
一度救えなかったけどまた三人そろって会えたのに。俺が死んで解決?ふざけるのも程々にしてほしいな。
二度と離すもんか、二度と離れるもんか。あいつらとは、何があっても離れないし離さないって決めたんだ。それを破るのは、男が廃るよな。
「申し訳ないが、敵がどれほどの強敵で、俺がどんなに本気で戦っても勝てない相手だとしても、この体を渡すことはできない。俺はもう、仲間の元を離れるわけにはいかないんでな。どんな敵が来ようと、俺は持てる力のすべてを使って抵抗する。たとえそれで自分が滅びても……だ。」
「あぁ、そうか。残念だ。なら、あまり手は出したくなかったが。こっちも世界がかかってるんでな。実力行使させてもらうぞ」
そういうと、フェンリルと呼ばれていた男は高速で俺に突進し、喉を掻っ切ろうとしてきた。とっさの攻撃に反応が一歩遅れた俺は、ぎりぎりのところでかわし後ろに跳ね除けた。
「すごいな……。魂を切り裂く覚悟で襲ったのに、まさか躱されるとは。これなら、もう少し力を出して戦っても大丈夫そうだな。そう簡単に死ぬなよ、小僧」
そう言い放つと、さらに速いスピードで俺の耳をかすめた。まだ反応できるレベルだが、あと何段階ギアが上がるかわからない。気を付けないとな……。
「避けないのか?それとも、もう反応すらできない段階まで来てしまったのかな?」
そう煽りながら、フェンリルはまた攻撃を仕掛けてくる。すべて受け流し、うまく避けた。だが、このままだと勝てる見込みはない。俺もどこかで攻撃を当てなければ、ジリ貧で負ける。
「そうそう、言い忘れていたがこの中で致命傷レベルのダメージを受けた場合、身体にも影響が出る。死にはしないが、心へのダメージが深く残り、その肉体は廃人と化すだろう。もう一度戻りたいなら、俺を殺す気で来ることだな!」
また一段階、ギアが上がった。移動速度だけじゃない、攻撃の速度も上がっていく。さっき食らったかすり傷も治ってないということは、ここじゃ再生が作用しないということ。つまり、被ダメージに怯えない特攻もできないわけだ。
……どうすればいい。ぶっちゃけ、勝つのは絶望的だ。再生がないということは吸血鬼の能力も制限がかけられているのだろう。リーチもパワーも劣っている俺が勝つのはかなりの難題だ。
いや、待て。何かがおかしい。なぜここまでじりじりと追いつめてくる?普通なら、速攻をかけて主導権を奪うのが最適なはずだ。でも、俺に中々ダメージを与えないのには理由があるはずだ。
今、この体の主導権を持っているのは俺だ。俺がここでダメージを受けた場合、俺ではなく体の方にダメージが残る。つまり、俺に大打撃を撃ち込んだ場合、この体は生ける屍と化し、主導権を取り返そうがただの抜け殻になる。つまり、アイツは今俺に攻撃を仕掛けたくない。できるならば穏便に行きたいということか。
……リスクがでかすぎる。もしこの考察が違っていた場合、俺は負ける。でも、そうでもしないと価値はない。一世一代の大博打だ、覚悟決めろ最上凜!
「来い、負け犬野郎!」
「貴様、遊んでやっていたというのに生意気な!!ぶっ殺してやる!」
そういうとフェンリルは、今までにない最高速で俺に突進し、右手で腹を突き抜こうとした。だが、
爪が腹部に届きそうなところで、攻撃は止まった。
「何故避けない?」
「お前らが、俺を殺せないからだよ」
一瞬フリーズしたフェンリルの隙を見逃さず俺は足にすべての力を込めて、彼の腹に全力で蹴りを入れた。
「クッ……ガハッ……なぜ……わかった……」
フェンリルは腹を抑えてその場に片膝をついた。
「攻撃を受け流しているときに思ったんだ。本当に主導権が欲しいなら速攻をかけて俺を殺し、奪い取るだろうなと。だが、あんたはそうしなかった。つまり、俺をすぐには殺せな理由があった。そうだろ?」
「ああ、その通りだ。それ以上そいつに喋らせるな。回復に少し時間がかかりそうだ。待ってやってくれ。その間に、少し私と話をしよう」
そういうと吸血鬼は俺を呼び寄せた。




