ドライな母さん
「よう、アル。相変わらず元気そうで何よりだ。にしても、なんだ今回の依頼は。厄災の分身体を倒すとかいうバカげた物を、普通子供に任せるか?」
「子供に任せられないから、あたしらが来たんだろーよ。にしても、アル。随分と強くなったそうじゃないか?この街に入ってから、死神殺しのうわさがどこかしこからも聞こえたよ。学園の生徒が単独で死神を討伐したって」
「あぁ、あれね……。実際のところ俺じゃないんだけどね……」
「そうなのかい?じゃあ誰がやったんだ?」
「うーん、説明もめんどくさいし、見てもらったほうが早いかな」
(ベル、今変われる?)
(あぁ、かまわないが、あの小娘にも見せてよいのか?)
(うん、どうせ隠し通すこともできないだろうしね)
(そうか、わかった。じゃあ変わるぞ)
「よし、変わるから見といてね。祖霊魂転」
「アル?どうした……....。なんで、どうしてあんたがここにいる?……世紀末の虐殺犯ベルグランド」
「あんたが、あの惨劇の主人公で吸血鬼の始祖?。数万年前から実在するといわれていた、本物の化け物ってこと?まさか、アルの中に眠ってたなんて。てことはあれかい?私のご先祖様もいるのかい?」
「あぁ。私とルキが彼の中で眠っていたんだ。悪かったね、彼の成長の邪魔をしてしまった」
成長の邪魔?どういうこっちゃ、ベルはいろいろ俺に教えてくれてたはずだけど、それは何なんだろうか。
「彼の中にいることで、彼の肉体的成長や魔法の成長を遅れさせてしまった。すまないね。まぁおかげでかなり身体を元に戻すことができたよ。ありがとう、二人とも」
「それで、何の用?私の子供の中にいるのであれば、早く出てってもらいんだけど」
「申し訳ないが、まだそういうわけにはいかない。私はやらなきゃいけないことがあるのでな。今回の怪物の処理もその一つだ。依頼内容は聞いているだろう?この敵がどれほど強いかということも」
「聞いてるよ。だからどうしたってんだ?あたしはその子の親だ。あんたみたいな化け物をうちに宿したままでいてほしくはないんだよ。何もしないと誓うなら構わないが、一度でもその子に手を出してみろ。
今すぐあんたの首と胴を引き裂いてやるからな」
「大丈夫だ、安心しろ。それについては同じ気持ちだ。自身の肉体を、依り代を。それよりも何より、
自分の子孫を自らの手で殺すことはない。無論、お前たちもな。さて、もう良いだろう。あまり気分の良いものではないしな。かわれ、アル」
(はいはい。それとベル、後でいろいろ聞きたいことがあるからね。嘘ついたらそのまま消滅させるよ)
(あぁ、悪かった小僧。それについては、また後ほどな)
「ってなわけで、死神もとい、リーパーを倒したのはあの吸血鬼の始祖、ベルだ。……えっと、二人とも……?」
「アル。お前に話してなかった吸血鬼の神話がある。それは、神話というより御伽噺といったほうが正しいとまで思えるほど、現実にはあってはならないような話だ。
とある古の時代。一人の吸血鬼によって、とある大陸が滅ぼされかけた。その吸血鬼は、ほかの大陸では英雄として称えられ、銅像も作られた。だが、このような声も上がった。
「いくら何でもやりすぎだ」「滅ぼさなくてもよかっただろう」「人殺し」「なぜ殺した」
という、英雄を非難する声だった。最初は気にするほどでもない勢力だった。だが、人間の心は軽くすぐに手首は回る。次第に力をつけたその勢力は、敵国のいる大陸を滅ぼし勝利をつかみ取った英雄をただの虐殺犯とみなした。
そしてその吸血鬼はその大陸からも追放され、その地を去ることになる。……問題はここからだ。
ただの追放で済めばよかった。最初は吸血鬼もおとなしく身を引いた。だが、その素直さに人間は漬け込んだ。
「これだけ簡単に身を引くのだから、本当は弱いのではないか」
「本当に大陸を滅ぼせたのか。そんなわけがない。うそつきは悪だ」
大陸を滅ぼしてないかもしれないという、なぜか生まれた虚偽の事実説。それにより、吸血鬼は人間からの攻撃を受けた。吸血鬼はこう訴えた。
「私がその土地を滅ぼしていないのであれば、私は虐殺犯として追放を受ける理由がないはずだ。それなのになぜ私が攻撃を受けなければならないのだ」と。
だが、人間たちはこう言った。
「嘘をつき英雄という身分を手にしたお前はただの嘘つきであり悪だ」と。
まともに事実確認をしなかった人間たちは、吸血鬼を悪だと思い込み彼の大事なものを奪っていった。
家には火をつけ、金を奪い取り、魔物に家を襲わせ、土地を荒らさせた。
吸血鬼は異議を唱えこそしたが、手を出さなかった。手を出してしまえば、自分の命よりも大切な妻と子が殺されてしまうかもしれないからと。
だがそれは違った。早く手を打たなければ、すべてを奪われるだけだったのだ。そして人間はついに禁忌を犯した。彼の最愛の人物である妻の心臓を槍で刺し殺し、見世物のように彼の家の前に貼り付けにしたのだ。
これに、彼の心は耐えきれなかった。ただその場で泣き崩れ、なぜそばにいなかった。なぜ助けてやれなかったと嘆いた。
そしてその嘆きは次第に妻を殺した人間への憎悪と復讐心へ変貌を遂げる。
泣き叫び、怒りをあらわにした。そして復讐を誓った彼は、その場で大魔法を放ちその国を滅ぼしてしまった。そして、妻を失った苦しみ、憎悪、復讐心。これが具現化し、人の負の感情を巻き上げ力にする存在ができてしまった。それが、今回の依頼の化け物でもある、ファントムという存在だ。
そしてその話が歪んで伝わり、彼の話は虐殺犯として子供を寝かしつけるための御伽噺として伝わったわけだ。
まぁ大体はそのまま起きたことが伝わっているが、それでもまだ吸血鬼が悪だという話を伝えている場所もあるんだ」
……なるほどな。ベルは結構壮絶な人生を歩んできたわけだ。もし俺が妻を殺されてしまったら。……華と亮を失ったらか。
その犯人だけは絶対に許さないだろうな。地獄の果てまだ追い詰めて、二度と生まれてきたくないと思わせるだろう。
あの二人を失う、奪われる。それだけはさせちゃいけないな。
「さぁさぁこんな暗い話はいったんおしまいだ。確かに知っといたほうがいい話ではあるが、これ以上深堀したってご先祖様が暴れだすだけだぞ。そんなことよりだ、アル。久しぶりに一戦交えようか?」
「……え、こんな感動的なストーリー聞いた直後に?」
「あぁ。だってどうせ、その化け物倒さなきゃいけないんだから」
……いくらなんでも、ドライすぎるよ。




