6)人魚姫は、学ばない
人魚は基本的には気ままに遊泳しているので、人間のように頻繁に夜会を催すことはない。家族にも年に1回会うかどうかなのだから、一所に決まった時間にみんなで集まることなどほとんどないのだ。
更に私は北海から離れて暮らしているから、家族にすら会う頻度は更に少ない。
それでも時々、我が父、海王の気まぐれで夜会が開かれることがある。その時は、1ヶ月前から北海に帰らなければならない。食べるものから身につけるものまで、常に女官に世話される大層息苦しい1ヶ月間。
夜会が終わってから帰るのにもまた、何だかんだと言われ、世話をされて数日かかる。
それに比べれば、今日の夜会の数刻など笑顔で乗り切れる。
これは北海王家の姫としての、公務だと思おう。侍女に磨かれ、顔に何か塗られ、着飾られながら、呑気に構えていた。
まさかその数刻後に、海に逃げ帰ることになるとは知りもせずに。
◇ ◇ ◇
王子様が用意したというドレスを着て、私は夜会に参加した。
人魚のヒレのようなラインの美しいドレスは、腰の辺りから裾に向かって宝石の欠片が縫い付けられている。動く度にキラキラと光って、私の鱗みたい。
嬉しくなって、裾を少し揺らしてみたりしていると名前が呼ばれた。
まばゆいシャンデリアの光の下、しずしずと国王夫妻の元へ進み出る。
カーテシーをすれば、裾の宝石が光を浴びて本当にきれい。嬉しくなって微笑みながら顔をあげれば、国王夫妻が歓迎のお言葉をかけてくれた。優しくハグまでしてくれて、その温かさに家族を思い出す。
人魚は広い海の中、それぞれが思うままに生きる。それはとっても自由で楽しいけれど、ほんの時々、胸のどこかに冷たい水が流れる気がする。
それは孤独という感情で、自由は孤独と背中合わせなんだって、長生きのウミガメが教えてくれたことがある。
孤独が嫌なら、多少の制約を受け入れるしかない、と。そして私は、自由を選んだ。
ウミガメの話を思い出しながら、王子様の隣へと促され彼の隣に立つ。
そこら中が美々しく、そして花の香りに満ちている。人々が身に着ける装身具は煌めき、色とりどりのドレスの色はサンゴ礁のように華やか。
その様子を高砂から見られるなんてラッキーだわ、などと呑気に考えていたのがまずかった。
「我が息子、ゴタール国第一王子セオドア=イルム=ゴタールと、北海王家第二王女のアリア姫が婚約を結んだ。大変喜ばしいことだ。今宵は潮風の気持ちよい夜になりそうだ。皆も存分に楽しむがよい」
国王の挨拶の最後に、驚くべき発表がなされたのだ。
驚いて王子様の顔を見上げると、彼は口の端をくいっと上げて私の腰に回した手に力を込めた。会場内には笑顔と祝福の声が広がり、彼はそれに応えるように手を振る。
まさに物語の中のような光景。ここに立っているのが、私でなければ。
困惑しながらも、昼間再会したときの彼の言葉を思い出す。
『今、君がここに来て、今夜の夜会に出席するという事実に意味がある。』
それはこういう意味だったのか。
夜会に出て、婚約を発表する。
だからこそ、夜会に今、私が居ることこそが重要だった。そして私が、ここで抗議の声をあげるような無作法をしないことまで、きっと彼の計算にはあったのだろう。
また騙された!
くっと奥歯を噛みしめて王子様を見上げると、彼はニヤリと笑ったのだった。